第33話 合同演習3


大地についた掌からマナを少しずつ流し入れ、囁きを広げるように、喚びかけながら唄う。

魔物を刺激しないよう声は最小限だが、大物を喚ぶつもりはないので十分だろう。



緩く編んだシアの三つ編みを、小さな精霊たちが引っ張ったり、潜り込んだり悪戯をし始めた。


「ふふ。あなたたちも少しだけ力を貸してくれる?」


ぽわり、と目の前に漂い出た精霊が返事をするように明滅した。




シアは攻撃性のある術は使えない。だが、追い払うだけなら彼らの力を借りて、この地を浄化してしまえばいいのだ。


小さな子や少しだけ大きめの子たちが、実際目には見えない黒い靄を、まるで汚れを拭き取るように清めてくれる。


どうだ、どうだと近寄ってくる光に一つずつ礼をしていると、地面についたまま雨に濡れたシアの手に重なる大きな存在を感じて、顔を上げた。



「・・・・・・えっ」


『助力しよう、森の民の娘よ。ここは我等が住まう森』



触れていた手に重さはまったく感じなかったが、大人の3倍の大きさはある、見上げる程の半透明の狼の手がシアの上に重なっている。



言葉による意志疎通が出来、その尾は2本。

・・・・・・上位の精霊だ。



「御身の周りを騒がしくしてしまい申し訳ありません。ご助力に感謝いたします」

『よい。後で唄を捧げよ』


屈んでいたシアを鼻先で起こすと、ぐぐっと伸び上がり、お腹に響くような低音の遠吠えをする。


ざざざっと足元から波打つように衝撃波が光と共に広がっていく。



目の前のモモリスが足を上げて驚いているので、精霊の姿は見えずとも、この光は見えているようだ。


『これでよかろう。森の民よ、唄を楽しみにしているぞ』


狼の精霊に改めて礼をすると、光の粒子となって空気に溶けるように姿を消した。





シアの耳に周りの喧騒が戻ってくる。


「驚いたな。こんなあっさり魔物を退けることが出来るのか。って、うわ。泥だらけじゃないか!」


あちこちからも驚きと歓喜の声があがっている。

狼精霊の言葉通り、浄化が済み、魔物たちは昇華したか追い払われたらしい。


「あぁ、この雨の中で膝をついていたのか。ひとまず着替えを」

「シア!!!」



モモリスの声を遮って飛び込んできたジズが、両腕にシアを閉じ込める。


「ジズ・・・」

ようやく安堵できる腕の中でほにゃりと笑うと、両頬を痛いくらいに挟んで上を向かされる。


「精霊術を使ったんだな。体調は?」

「大丈夫だよ。上位精霊が出て来て驚いたけど、あまりマナを持っていかないでくれたの。もう魔物はいない?」

「ああ。きれいにいなくなってる。迷宮の出入口で足止めされて、来るのが遅くなった。ごめんな」



色んな感情が溢れて、涙がこぼれそうになって慌ててジズの胸に顔をぐりぐりと埋める。

小さく笑ったあと、汚れるからと断ったシアを問答無用で抱き上げたジズは、何故か呆然とこちらを見ていたモモリスに向き直る。


「シアを守ってくれてありがとな。ほら、アンタも行くぞ」

「あ、ああ」



ベースキャンプまで戻ると、地下迷宮に潜っていた面子も皆、戻ってきたようで、随分と賑わっている。


きょろ、と辺りを見回していると

「アイツはこの騒動の原因解明中。シアは少しテントで休めってよ。ほら、こいつも一緒にな」

ポケットに入れていた水色の鳥を、ジズがシアの手にのせる。


ちょんちょんと跳ねるとシアの頬に羽毛を寄せた。


『・・・シア』

「うん。おかえりなさい」

『後で必ず行く。少し休んでおけ』

「うん」


再び話し出した鳥が涙が出る程嬉しい。


『ジズ、頼んだぞ。モモリスはこっちに集合だ』


ジズに抱えられたままテントに向かい始めたが、モモリスはその場に立ち止まったままだ。


「モモリスさん?・・・モモリスさーーん!!」

「っえ?あ、な、なんだろうか」

「行かなくていいんですか?集合かかってましたよね?」

「っは、そうだ。行かなくては。で、ではまた」


若干足を縺れさせて走っていく方向は、集合場所とは逆ではないだろうか。



「・・・大丈夫か、あいつ」

「どこか怪我したのかしら」

「頭でもぶつけたって?そーゆうんじゃねぇと思うぞ」





着替えを済ませ、ジズとまったり話しているうちに少し寝てしまったようだ。


馴染みのある安心できる体温に抱えられている。優しく髪をすく手を掴まえてシアが頬をよせると、微かに笑いが零れた。


「お疲れ。がんばったな」

「ヴォルク、お仕事は?」

「休憩だ。こんなに働くつもりじゃなかったんだが」

「ふふ。滅多に参加しないからこうなるのかもよ?」




すっかり外は夕闇に包まれ、雨上がりの星空がきれいだ。


ジズが持ってきてくれた夕餉を食べながら、3人で焚き火を囲む。


「上位が出てきたか」

「手伝いに出てきてくれたの。大きな狼の精霊だったよ。・・・あ、そうだ、唄を捧げる約束なの」


訝しげな2人に狼精霊からの要望を告げると苦い顔をされる。

「ここでかよ」

「精霊の癖に強欲な」


さすがにシアも見世物になるつもりはないので、森の奥で行うつもりでいたのだが、昼間の襲撃もあり安全面を考慮すると、あまりベースキャンプから離れないほうがいいとのこと。



せめてもと、テントの張られていない、端のほうから少し森へと進むと、適度に空間の開けた場所に出た。ヴォルクが魔物避けの結界をはりおえたのを確認すると、ポケットから碧の石を取り出し月光に翳した。


「待て。なんだそれは」

「喚ぶときに使えって預かったの」

「ふむ。召喚石にしては呪が刻まれていないようだな。だが、ただの石には思えないが」

「モモリスさがれ」


眼鏡をかけ直してまじまじ見ていたが、ヴォルクに邪険に追い払われている。


・・・・なんで彼もいるんだろう??


「キレイよね、光を受けるとまるで宝石みたい」


月光を閉じ込めたように内側からチカリ、と光った石を両手で握りしめ、胸の前で組むんで喚び寄せ唄を詠みはじめる。


「あ!ちょっと待てってシア!その石っ・・・・・な、、、でかっっ!」




白銀に輝く巨大な毛並みが、音もなくシアの目の前に降り立った。


『ちゃんと喚んだな、森の民よ』


「は・・・話す、のか」


あんぐりと口を開けて見上げているモモリスがそう呟いているので、今回は具現化した姿が皆にも見え、声も聞こえるらしい。


借り受けた石を返そうとしたが、まずは唄を捧げるようにと言われると、ヴォルクが訝しげに片眉をあげた。

「双尾の狼か・・・シア、あんまり全力で詠うな」

「?お礼だもの、中途半端にはできないよ」



シアは持ってきた果実や木の実などを供物として葉の皿の上に置き、薬瓶から清めた水を全身に振りかけると、両手を打ちならした。



・・・・パンッ



飛び散った水滴がキラキラと輝いて降り注ぐ。


シアの清涼な歌声に惹かれるように、周囲にぽわりとした光が集まりだした。普段、只人には見えないそれらは、小さな小さな妖精や精霊たちだ。


狼の上位精霊が力場を作っているこの場では、微かな光も少しずつ輝きを増し、数が集まってくると、まるでシア自身が光を纏っているようになった。


古の精霊紋を足の運びで描き、まるで舞を踊るように唄を詠みあげ、息を吐き出し、最後に深く深く礼をした。



ほうっ、と息をついたのは狼か、人間たちか。



『見事であった。斯様な舞を見たのは随分と久方ぶりだ。小さきものたちも喜びに溢れておる』

「喜んでいただけたのなら何よりです」

『森の民の娘よ、石をこれに』


寝そべって聞いていた狼精霊の前に、両掌の上にのせ石を持っていくと、狼が上体を起こした。


見上げる顔は、遥か頭上だ。

その顔が、いや鼻先が屈みこんで石に触れ、シアの額に触れた。


『清き森の娘に祝福を』


「あ、ありがとうございます」


額を押さえたシアを、ヴォルクがものすごい勢いで後ろへ抱いて下がらせる。


『そう怒るな、小僧。この者の身に幸いとなる祝福だ。悋気もほどほどにしておけ。ではな、森の民よ。良き夜であった』


狼精霊が空気に溶けるように姿を消すと、小さな光もあちこちへと散っていった。




「あ、石」

「あの犬っころ、最初からシアに渡すつもりだったな」

「そっそれは宝玉ではないか!では、先程のはこの森の主なのか・・・・」



石はより輝きを増し、内側からちかちかと光っている。


「ヴォルク、もらっちゃダメだった?」

「・・・・・いや。帰るぞ」


大きくため息をついたヴォルクはそれ以上話すことはなく、シアを抱えあげるとテントへと向かった。




最終日は、昨日の不測の事態を考慮してヴォルクと魔導師団員5名がベースキャンプの警備についたのだが、はっきり言って過剰戦力もいいところだ。


魔道具で通信しながら、課題の最終局面を迎えている迷宮組にあれこれ指示をだしているヴォルクは、シアを抱えて離さない。

ので、薬草を摘んで帰りたいシアは腹を括った。


「ハズカシクナイハズカシクナイ」

「シア?なんの呪文だ?」

「己と戦う呪文です。はい、ヴォルク。この籠いっぱい薬草を摘みたいので、森に行こうではないですか」


ヴォルクが動くと自然と注目される。

そしてそのヴォルクに抱えられているシアは、好奇の目にも晒されるのだが、幸か不幸か、居残り医療班と魔導師団員で囃し立てる者はおらず、一様に生暖かく見守られていた。



お昼前には全グループが迷宮から帰ってきた。この日は大きな怪我もアクシデントもなく、あとはベースキャンプをたたんで帰還するだけだ。


シアはジズと共にテントを手早く片付けると、医療テントへと向かったのだが、その途中で「ぎゃん」と悲鳴が上がる。


驚いて振り替えると、仁王立ちのジズと転がった次男坊。

「おっお前、何をする!」

「きったねぇ手でシアに触ろうとすっからだろ」


この人も、ある意味ぶれないなぁ


「何かご用ですか」

「おい、女!お前に私の寵をあたえてやろう。平民の女が、光栄に思うといい!」


・・・・いや、いらないよ


「シアどうする?この馬鹿は演習終了後にタヌキから制裁を受けることは決定してんだけど、シアもやり返すか?」

「えええー。面倒だよー」


「女、まずは私の名を呼ぶ栄誉を与えてやろう!私は・・・・ぎゃあぁっひいっ!!」


次男坊は唐突に悲鳴をあげると、尻を押さえて瀕死の芋虫のようにのたうちまわった。


シアの視線の先には、トゲトゲの実を全身に纏った精霊が、次男坊のお尻目掛けて高速アタックをしている。


「うわぁ。あれは痛い」

「精霊のやつら、容赦ねぇな。はは、いいぞー、

やっちまえー」


けれど誰も助けないので、つまりは皆、気持ちは同じであったのだろう。



こうして波乱含みの合同演習は幕を閉じた。

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