第32話 合同演習2
2日目は少し雲行きがあやしいが、皆、早朝から動き始めているようで、シアがジズに起こされた時には既にヴォルクはおらず、かわりに枕元にいた水色の鳥が朝の挨拶をした。
今日はハーバードは迷宮に潜るらしく代わりの護衛だというが、騎士団がいるから云々はどうなったのだとシアは首を捻った。
何となく周囲からの視線を感じたが、肩にのせた鳥のせいだろう。実際、居残り組の護衛をする魔導師団員が震える手で
「それが噂の副長自作の鳥さん・・・」
と、触れようとし、ジズに叩き落とされていた。
「シア、あまり天気が良くないから、今日は森の奥へ採取には行くなよ」
「あいあい。いってらっしゃい」
心配顔なジズを送り出すと、ベースキャンプをぐるりと見回し、森へと意識を向ける。
雨が降り始めたようだ。
『どうした、シア』
「うん。なんかちょっとヤな感じがする。恵みの雨の日にしては、少し空気が淀んでる気がするの」
『シアが言うならそうなんだろう。他の監督官に警戒を促しておく』
「ありがと。ヴォルクも気を付けてね」
肩の上のヴォルク鳥を濡れないように手のひらで包むと、医療テントへと急いだ。
降りだした雨は、昼過ぎになると大分雨足が強くなっていた。
「迷宮に潜ってる人たちは大丈夫なの?」
『入り口に許可制の排他結界があるから、雨が入り込むことはない。夕刻、ここに来るまでにずぶ濡れになるだろうが、気にする奴はいない・・・・ん?』
ヴォルク鳥がテントの入り口まで飛んで戻ってくる。医療テントは個人用のものとは違い、かなりの大きさだから外の様子がわかりづらいのだろうか。
「何かあったの?」
『2グループほどこちらに戻ってくるな。まだ迷宮からは出ていないがすぐに来るだろう』
ヴォルク本人は迷宮に潜って監督をしているはずだが、どうやら帰還の報告が後回しになっていたようだ。
『2グループがもつれあって、落下系の罠に嵌まったそうだ。医療担当も怪我をしたので帰還を決めたようだな。今、医療責任者に式鳥をとばして連絡した。シア、手当ての用意をしておけ』
ヴォルクの言葉通り、程なくして医療テントの入り口が騒がしくなった。
大きな声で怒鳴っている声に聞き覚えがあって頭が痛くなる。
(なにしてるのガッシュ君・・・・)
「だから単独行動はよせってあれほどいっただろ!」
「何故貴様に従わねばならない。平民風情が立場をわきまえろ!」
「おいおいお前ら二人ともウルセェよ。こっちは巻き添えくって怪我してんだ、騒ぐんなら外でやりな。小隊長さんよ、騎士団の教育なってねぇんじゃねぇの」
「すまない。キミ、身分は関係なかろう。ギルド員の彼を貶すのはやめたまえ」
よりによって、ハーバードが問題ありと指摘していた2グループだ。
重篤な怪我をしたのはガッシュたちのグループの医療担当と、騎士。もう1つのグループのギルド員と女性騎士2人の総勢5人だ。
5人は治癒術を施すため奥へ連れていき、残りのメンバーに怪我がないか確認していると、ぐっと腕を引かれる。
「っちょっと離して下さい、なんですか?」
「お前、何故私から治療をしない。身分の上下も知らないのか」
「てめぇ!シアから手を離せよっ!!」
「キミ、やめたまえ!」
伯爵家の次男坊だとハーバードが言っていた騎士が、シアの手首をギリギリとしめてくる。
「まったく、常識も知らぬ馬鹿どもばかりだな。おい女、突っ立ってないで早く治療をしろ!」
「ふざけんな!!お前、かすり傷だろ!!」
「あの、腕を離してください。そろそろ・・・」
・・・ヴォルクの守護が発動しますよ
パチンッ、と紫電を放って弾かれた腕に次男坊は、ぎゃ!!っと悲鳴を上げてのけぞった。
「うわ、痛そう。ヴォルク、出力あげすぎじゃない?」
『ずいぶん下げてやってる。当然の報いだ。シア、俺も一度ここにくるが、少しかかる。待てるか?』
「ここに来るの?大丈夫だよ・・・・きゃあ!」
こそこそと肩の鳥とやり取りをしていると、唐突に背後から肩を掴まれる。
シアの肩ごと鳥を掴んだのは、小隊長と言われていた黒髪眼鏡の騎士だ。
「君、この鳥は?」
「え?あの、、」
『その手を離せ、モモリ』
モモリ・・・モモリってあの果物の?
「きっきっ貴様っ!その名で呼ぶな!!」
『お前の名だろう、モモリス=シスレー。シアの肩から手を離せ。痛がっている』
「あ、すまない」
シアの肩からはあっさり手を離したが、鳥を鷲掴みにしたままだ。
「ヴォルク=レーベルガルダ。なぜ鳥の姿になっている」
『阿呆か、ただの術式添付の傀儡だ。モモリス、そっちの馬鹿どもを抑えておけ。迷宮内で異常事態が発生中だ』
「異常事態?なにがあったのだ」
『迷宮内に本物の魔物が出現中だ。対処は問題ないが原因がまだ不明だ』
鳥に顔を寄せて話をしている姿は、すこし可愛らしいが、ほのぼのしている場合ではなさそうた。
「ヴォルクも皆も大丈夫なの?」
『問題ない。が、外に出すわけにはいかないからな。迷宮の出入り口は閉じた。この鳥の回線も一時切るぞ』
迷宮内のあちこちで出現しているらしく、先程ヴォルクが、来るのに時間がかかる、といったのはこの対処の為だったのだ。
『まだ未確認だが、人為的の可能性が濃厚だ。護衛はうちの団員をおいてあるが・・・・モモリス、こっちを頼む。シア』
「はい!」
『念のためジズを向かわせている。が、何かあれば必ず呼べ、いいな』
「うん・・・・気を付けてね」
ただの置物に戻ってしまった水色の鳥を、驚いて握りしめたままでいるモモリスから返してもらう。
「あ、と。君はシアさんだったかな」
「はい。クラン『梟の巣』からの参加で、医療班として同行しています」
「君が・・・・あの劇薬の妖精か」
・・・・妖精?いや、エルフです。それに
「劇薬???」
「あー、いやこちらの話だ。と、外が騒がしいな」
嫌な胸騒ぎを覚えて、外の様子を見に出ようとすると「自分が行く」と引き留められた。
「周辺の森からも魔物が湧いて出たようだ。迷宮内の騒動と連動しているなら、早めに片付けた方がいいだろう。私たちも外の魔導士に加勢するぞ」
モモリスはテント内にいた軽傷の者達に声をかけ、連れて出るようだ。
「医療従事者や戦闘能力のない者はこのテントから出ないようにな」
「わっわ、わ、わたしは行かないぞ!」
「おっ前なぁ!!」
「私は怪我人なのだぞ!外は大雨ではないか!おい、そこの女!早く私を治療しないかっ」
モモリスは次男坊にズカズカと近寄り、むんずと首根っこを掴むと外へと放り投げた。
「よし。皆いくぞ」
「へぇ~~。アンタ騎士団の割に面白いね。あ、ちょっと待って待って」
さっさとテントの外へ出たモモリスに、慌ててガッシュや他の人達も出ていく。
雨音に紛れてはいるが、先程より外の喧騒が大きくなっている。
魔物の対処に当たっているのは、騎士団員以外はベテランだ。大丈夫、大丈夫と繰り返す。
・・・小さな鳥の存在がないだけで、こんなに不安になるなんて
「しっかりしろっ」
両頬を叩いてカツを入れると、これから増えるであろう怪我人の対応に向けて、準備を整えようとした、のだが。
「ひぃっ!た、たすけてくれ!」
先程出ていった(放り出された)ばかりの次男坊が、全身泥だらけで、よりによって魔物を背中につけて逃げ込んできた。
「お、お前!私を助けろ!ひっ」
「こっち来ちゃダメです!この先は重傷者がいるんですよ!!」
「知ったことかっ!何してる、早くこれを取ってくれ!!!」
奥へと逃げ込もうとする次男坊の背中には、子供の大きさほどのトカゲ型の魔物が張り付き、首に舌を伸ばしている。
「もう!!!」
シアは手近にあった傷薬を何種類か混ぜ合わせトカゲに浴びせる、と、女性の金切り声のような奇声を発してボタリと背中から落ちた。
「ほら今です!斬ってください!」
「ししし知るか!もう、狙いはお前だっ」
次男坊が身を隠すように、トカゲの前にシアを突き出す。赤黒く光った縦長の瞳孔がシアをとらえると、ばっっと躍りかかってきた。
シアは迷わず身を翻し、テントの外へと走った。
走って逃げながら、助けてもらえそうな人を探すが、小型のすばしっこい魔物の群れの討伐に手を焼いているようで、シアを助ける余裕はなさそうだ。
逃げる途中であちこちから小さな魔物の襲撃があったが、ヴォルクの守護に弾かれてシアに被害はない。
が、このトカゲの大きさでも攻撃を防げるのかは、わからない。
息が切れて走るのが遅くなるのを見計らっていたように、足首にトカゲの舌が絡み付いた。
「きゃあ!!」
舌で吊し上げられた体が、今度は突如下に落ちる。
衝撃に備えて固くした体は、誰かの腕に抱き止められていた。
「何をやってるだ、君は!なぜ出てきたんだ!!」
モモリスはシアを地面に下ろし、背後に庇うとトカゲを一閃した。
「あ、ありがとうございました」
「いや。で、どうして・・・・悠長に聞いている暇はないな。まったく、ちょこまかと小型が煩わしい」
辺りを飛び回っているのはデデノアの廃墟にもいた吸魔蝙蝠だ。これを一体ずつ斬り伏せるのは大変だろう。そして魔術を使うには人と魔物とが入り乱れすぎている。
「あの、少しだけお時間いただければ私が何とか出来ます」
「君が?」
ここは本来、魔物など出ない、清浄な豊かな森の中だ。
「はい。精霊や妖精の力を借りてみます。ただ、呼び掛ける間、私は無防備になるので、守っていただきたいのです」
もうすっかりマナは安定している。
低級クラスの力でも量を借りることができればなんとかなる。
「精霊術か・・・・よし、わかった。ただ無理はしないでくれ。アレから頼まれた手前、私の失点になる」
「はい。ではお願いします」
地下迷宮から程なくジズも来てくれるはずだ。それまで自分が出来るとこはやらなくては。
少し森の奥へと進み、大地に手をついてしゃがむとそっと目を閉じた。
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