第31話 合同演習1


木々や草葉の朝露が、登り始めた陽光を受けてきらきらと輝いている。清涼な空気をめいいっぱい吸い込むと体の中から洗われていくようだ。


緑豊かな森の中、巨木の根が複雑に絡み合い抱きつくように張り巡らされた、大きな岩の裂け目の穴は、今はまだ封じられている。


ここは国の管理下にある地下迷宮の入り口だ。




傭兵ギルドと魔導師師団、騎士団との合同演習は、まだ夜が明けきらない早朝の集合で、騎士団の転移門でここへの移動となった。


迷宮近くの森が開けたところにベースキャンプを組み、ここを拠点として行動することになる。



「うへー。あちこちに強そうな奴がいて目移りするや」

「おいバカッシュ、アホみたい開けた口閉じとけよ」

「ガッシュだよ!」

「2人とも装備に不備はない?」



この迷宮では罠はまだ活きているが、魔物はいない。よって、魔導師団の中堅どころが敵役となるのだが、ここぞとばかりに作り込んだ魔法を披露できるので、楽しんでいる師団員もいるのだとか。



3日間の演習では、ギルド、魔導師団、騎士団の混成で8人ごとのグループに別れ、迷宮内の指定された目的地に向かいながら課題をこなしていく。


気質的にウマが合わない組み合わせや、得意魔術の偏りがあるなど、現地で指定されるグループは嫌がらせのような組み合わせが多いらしいが、そんな面々といかに協力していけるかも試されているのだ。



「オレ、騎士団の人と一緒にやんの初めてだよ!スッゴい楽しみなんだ!」


傭兵ギルドは、レベルで参加制限がかかっており、本来ガッシュは参加できないのだが、なんと大会の優勝特典での参加だ。


逆に騎士団は新人の参加が義務付けられており、この演習という荒波に揉まれると、今後に色々役立つのだそうだ。


「騎士団は貴族の子息が多いからな。甘ったれを叩き直すのと、杓子定規な行動しかできない奴を臨機応変に動けるようにするきっかけ作りだろう」とは、ヴォルクの言だ。


確かに、ギルド員は若くとも経験値のある中堅どころだし、魔導師団員は入団直後から実戦投入されているだけあり、どちらも貫禄がある。


対してピカピカの防具と白い団服が煌めく騎士団員は、不安そうな者、やけに張り切っている者、なにやら馬鹿にした表情の者など、なんとなく落ち着きがない。



「ジズのところは女性の騎士さんもいるんだね」

「ああ。そっちはまだましな感じだな。もう1人のひょろっこい男のほうは威勢ばっかで、ありゃ初日でくじけそうだ」


なんだか騎士団の野外研修に付き合っているようにも思えるが、ギルドでは後進の教育にこの日の経験が役立つのだそうだ。



「シア、あの鳥を連れて歩くのか?」

「ハーバードさんが一緒にいてくれるから連れていかないよ。騎士団がいるし、目立たないようにしたほうがいいって」

「あー、だな。俺達は夕刻までは地下に潜ってるけど、何かあればちゃんと呼べよ?おれでもヴォルクでも」

「あいあい。怪我しないように頑張ってきてね」



シアたち医療班は、地下迷宮に潜る彼等と行動を共にするグループと、ベースに残るグループに別れている。シアは問答無用で居残り組だ。


こちらは薬草の収穫と製薬がメインだが、念のためハーバードのような師団員が警護として3人ほどついていた。



「ヴォルクたち監督官も迷宮に潜るんですか?」

「うちの敵役と連絡をとりつつ、仕掛けの出来を確認しないといけませんからね。あとは最終日には副長自ら、何かトラップを仕掛けるようですよ」

「怪我人がでないといいんですけど・・・・・」


ハーバードに付いてもらいながら森で採取した薬草は、希少なものも多くあった。さすが国が管理している迷宮周辺、質もよい。


「シアさんの精霊術を見るのは初めてですが、なんともきれいなものですね」

ハーバードの他にも、精霊術での製薬を初めて見た何人かが、すごいすごいと褒めてくれる。


「ありがとうございます。魔力を使うやり方とはまるで違いますもんね。私はハーフエルフなので力は弱めなんです。純血のエルフであれば、もっときらきらと光輝くんですよ」

「これ以上ですか、想像がつきませんね」


エルフ自体、今は数が少ないから、術を見る機会もそうそうないのだろう。


シアも錬金術を用いた製薬は初めて見た。こんな風に普段では知り合わない面々と、情報交換や術の研鑽ができるのは、とても有意義で、あっというまに時間が過ぎていった。




太陽が傾き始める前には、食料となる獲物の調達も済ませる。ポツポツと地下迷宮から帰還し始めたので、医療班の数人は治療にあたるが、重篤な怪我人もいないようなので、シアは炊事を担当することにした。



食事が出来上がるまでは、各グループで今日の進捗や改善点を振り返り、明日の計画を立てているのだが、その様子はだいぶ違いがあり、リーダー役が仕切り黙々と進める静かなグループや、すっかり打ち解けたのか肩を組んでなにやら話し込んでいる者もいる。



「今回、問題があるのは2つのグループですね」

「問題、ですか?」


大鍋をかき混ぜていたシアに、ハーバードが視線で示す。


「ほら、1つはあそこ。騎士団の方は確か伯爵家の次男坊ですね。シアさんのところの若い坊っちゃんとやりあってますよ」

「うわぁ」


キズ一つない簡易鎧に身を包んだ騎士団員にガッシュが掴みかかり、ほかのメンバーに羽交い締めにされている。何があったのやら・・・・



「ははは、若いですねぇ。で、もうひとつはあちら」

「??なんの問題もないように見えますけど」



メンバー構成も他のグループと同じだが、変わっているとすれば、3人の騎士団員のうち1人が、ベテランな空気を纏っているところだろうか。


「あの黒髪眼鏡の騎士は、副長と魔法学校の同級なんです。かたや破竹の勢いで魔導師団に入団、今や副師団長です。彼もそれなりに優秀らしいんですが、試験に弱いらしくて、うちに入れなかったんです。今は騎士団の小隊長だとか」

「ヴォルクと仲が悪いんですか?」

「変に好かれてる、ですかねぇ」


これまでも何かにつけて絡んできていたらしく、職務の邪魔でもしたのか、ハーバードのにこやかな目は笑っていない。


今回、ヴォルクが珍しく参加するときいて、無理矢理割ってはいったらしい。


ところが自分は課題をこなす側、ヴォルクは監督側だ。


「あまり悪い感じのひとには思えませんけど・・」

「根は真面目でまっすぐな性格ですから課題はきっちりこなすでしょう。が、副長が絡むとどうもね。シアさんも余波で絡まれるかもしれませんので、気を付けてください」




「お疲れさん」

「ジズもね。課題は大変?」


夜は各自のテントに引き上げる。シアはヴォルクとジズと同じテントなのだが、ヴォルクがまだ職務中のようなので焚き火を囲んで待っていた。


ジズがミルクたっぷりの紅茶を入れてくれる。

熱すぎないように、少しだけ冷ましてから渡してくれたカップに息を吹き掛ける。野営の手際のよさや細やかな気配りは、ジズが断トツだ。


「管理されてる迷宮だからな。攻略はわけないけどグループでの課題だろ?騎士団の若い奴らと連携をとって進めるのが一苦労だな」

「ジズだって若いのに、ふふ」


くすくすと笑うと「経験値がちげーの」と返された。



「シアは困ったことないか?」

「森の中だから手助けしてくれる子も多いし、なんの問題もないよ」

「かえって惑わされるんじゃないか?」

「妖精も精霊も、小さな小さな子たちばっかりだから大丈夫だよ」


ね?と、シアに近づいてきた微かな光を帯びた丸い粒を、そっと包んで空へと還した。




シアたちのその様子をヴォルクが傍目に留めていた。


「彼女は目立ちますね」


迷宮内で魔獣まがいを作って対戦させていた部下からの報告をヴォルクに手渡し、ハーバードもそちらに目をむけた。


「エルフですから、緑溢れる場所でこそ輝くのでしょうが、そればかりでなく彼女の気質でも惹いてしまうのでしょうね」

「問題はなかったようだが?」

「私がどれだけ虫を追い払ったと思ってるんです。普段のジズ君の苦労が骨身に染みましたよ」



同じ医療班はもちろん、配膳中や、通りすがりにすら、あちこちから声を掛けるタイミングをはかっている気配があった。医療班では、やんわりと会話に滑り込んで対処し、配膳中は視線で威圧しておいたが。


「体で視線を遮ることはできても、ジズ君のようにあからさまな行動をとることはできません。綿菓子のような彼女に、ちょっかいかけたい気持ちもわからないではありませんがね」


それでも魔導師団員はヴォルクとの関係を知っている者も多く、接触を控えているのがまだ幸いなのだ。


「騎士団のヘタな貴族子息に目をつけられないといいんですが」



ヴォルクとて、シアから漏れ出ている自分の魔力が、異性を惹きつける一旦を担っていることも承知している。

「まだシアが大っぴらにしたがらないんだが、、少し牽制しておくか」



各団の監督官へ式鳥を放ち、報告書をハーバードに預けると、シアたちへと近づいた。



皆、魔導師団副師団長のテントの前で焚き火を囲んで話し込んでいるシアたちは気になっていたのか、ヴォルクの動きを目で追っている。



ヴォルクは、衆目観衆の中とは気付いていないだろうシアの前に立つと2,3言会話を交わし、おもむろに抱えあげた。

シアも慣れている様子でヴォルクの首に手を回したままジズと何かを話し、ジズから頬にキスを受ける。


甘い顔のヴォルクがテントに入る直前になにを言ったのか、顔を赤くしたシアに寄せた唇はシアの手でガードされ、その手を片手で外して顔を寄せたところでテントの中に消えた。



ざわめく観衆が想像以上に多い。

苦笑しているジズに近づき「やり過ぎましたかね」と声を掛ける。


「いや、ちょうどいいですよ。ざわめきはあいつの甘い態度が信じられないってのが大きいでしょうし。これで明日から鳥を付けさせられるんで」


ハーバードからすれば、ギルドの注目株のジズがごく自然とシアへ就寝のキスを贈ったことも、ざわめきのうちだと思っているが、敢えて言うまい。



「シアが寝入れば一度出てくると思うんで、それまで茶でもどうですか」

「茶、ですか」

「まだ仕事あるでしょう?酒はどうぞご自分で」

「ははは、こりゃ聞きしに勝るしっかり者ですな」



満天の星を眺めながら、暫しの休憩となった。

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