第30話 今の私になるまでに6



ヴォルクが作り出した個人用の転移陣は、主に魔導士向けに簡易転移陣という名で発表され卸されると、発案者の公表を控えたまま、瞬く間に広まっていった。



今では使用者は限られるものの、一般に知られた移動手段のひとつとなっている。


懸念されていた通り犯罪への利用もあったが、魔力食いの仕様のため、かえって犯人特定に役立つほどだった。





14歳で遅めの入学をしたヴォルクだが、みるみる頭角を現し、16歳で魔導士資格を得るとすぐに魔導師団から声がかかり、17歳で卒業を待たずに入団。


前副師団長の汚職左遷などもあり、異例の21歳という若さで副師団長に就任した。




10日に1度の魔力供給のペースは、間隔が狭くなることはあっても、20日以上あくことはなく、ヴォルクから与えられる熱が冷めることもなかった。



若く、有能で、美貌の彼を周りが放っておくはずもなく、時折ハロルディンから聞く話だけでもそれがうかがい知れた。


こっそり悩んだりやきもきしたこともあったが、シアの様子のおかしさにヴォルクが気付かぬわけもなく、心情を半ば無理矢理吐露させられたあと、普段よりも時間をかけて、身を持って彼の想いを知らされた。




それでも、副師団長に就任したお祝いに何が欲しいかと尋ね、シアの将来が欲しいと言われて素直に喜べなかったのは、誰もが羨む彼に引け目を感じてしまったことと、自分の年齢を痛感してしまったからだった。



15歳で成人となるこの国では、29歳のシアは立派な嫁き遅れで、仕事すらネリーの手伝いしかしたことがない、箱入りだと自覚している。


だから、まだもう少しこのままの関係でいたいと、やさしい彼に甘えたのだ。



30歳で師匠に森の家から追い出され、王都で2人で住むことになっても、この関係の名前を変えることにずっと足踏みしていた。






とう様との約束の言葉を時々口にする。


「精霊には感謝を忘れず、魔法は加減を忘れず」

「いつも笑顔で上を向く、だろ。どうしたシア」



ソファにいたシアを、ヴォルクが膝の上に横抱きに乗せて座る。

頬に添えられたヴォルクの手のひらが珍しく温かい。


「すっかりヴォルクも覚えちゃったね」

「シアの大事な約束の言葉なんだろう?何か不安なことがあるのか?」



3日前、デデノアで浴びた薬で若返った体は、ヴォルクが練り上げた階層の網目に歪みをもたらした。


体の中で不安定なマナの濃度を補助するために、いつも以上に魔力を供給してもらいつつ、この3日間はヴォルクも仕事を休んで付ききりで体調の変動を見てくれている。



「ねえ。ヴォルクは私が相手で本当にいいの?」

「まだそんな事言ってるのか、シア」


もともと、ヴォルクからの魔力供給も、せざるを得ない状況から始まったこともあり、その責任と行為に引き摺られて、自分への想いを勘違いしてしまっているのではないか、その思いがどうしても消えなかった。



自分と言う存在が足枷になるのではと怖かった。

隣にたつのが自分でいいのか自信がなかった。


けれど、そんなシアの不安はお見通しで、それでもと求めてくれるのだ。




「初めての時に責任はとるって話しただろ。俺がシアを繋ぎ止めたいから責任をとるんだ。誰にも渡したくないから、縛ってるんだ」



心変わりが怖かったから、関係を変えることを受け身のまま有耶無耶にしてきた。


けれど、助けを求める名前は彼以外にはあがらないくらい、シアにとっての特別な人だと今回、痛感した。



若返り、自分がこんなにも年齢差を気にしていたのかと突き付けられ、だからこそヴォルクは若返ったことをこんなに喜んだのだと思い知らされた。


若くなったこと。そのものでなく、シアの気持ちに踏ん切りがつく切っ掛けになるだろう、と喜んだのだ。


もう、俺のほうが年上だから言い逃れできないなって、ズルい言い方で。




「ヴォルク、私もう逃げないよ」

「・・・シア?」


頬に添えられたヴォルクの手に自分の手を重ねて見上げる。


「大好きよ、ヴォルク。責任なんてとらなくていいから、私とこの先も一緒に生きてくれる?」

「・・・・婚約の話を進めていいんだな?」

「うん。ずっとずっとはぐらかしていて、ごめんなさい」



王都に出てきてすぐに婚約の話はでていたのだ。

もう5年も待たせている。


急かすでもなく、変わらずシアに愛情をむけてくれる彼に。

今更だけど、真摯に心を返そう。



探るように深く見つめるヴォルクの瞳は、ほんの少しだけピンクの光彩が混じっている。

シアの色だ。



「生涯の伴侶として、改めてこれからよろしくね。あ、若返ったから多分こどもも、、、わっ!」


苦しいくらいに抱き締めてくるヴォルクをそっと抱き返す。



「ヴォルク、一緒に幸せになろうね」

「シア」

「好きよ、大好き。たとえ元の年齢に戻っちゃったとしても、もう誤魔化したりしないわ。ヴォルクだけが特別な大好きな人よ。・・・あ、愛してるわ」




この後、自力でベッドから起き上がれない程に抱き潰されて、ちょっと早まったかな、と思わないでもなかったが。



笑顔で見上げたその先に、何の含みもなく、幸せそうに笑うヴォルクの顔が見られたから。



これから先をたくさん約束できるから。



だからシアは幸せなのだ。



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