第29話 今の私になるまでに5


「シア、シア。そろそろ起きなくていいのか?」



前髪を撫でるようにかきあげられ、いっそ心地よく微睡んでいると、ぎっ、とベッドが沈みこんだ。


シアを囲むようにつかれた腕に、はっと身を起こすより早く唇が落ちてきた。



「~~~~~~~~~!!!」


吹き込まれる魔力の熱に翻弄され、息継ぎに口を開くと、より深く口付けられる。



「まだ慣れないのか?」


満足気に笑みを浮かべたヴォルクが、赤くなった顔を枕に埋めてぐったりとしているシアの髪をすいた。


8歳も年下の、まだ少年なはずのヴォルクに翻弄されっぱなしだが、まるでやり返せる気がしないし、あの日から続く毎日の行為にもまるで慣れなかった。






魔女会議から帰ってきたネリーは、シアを見た途端に鬼の形相でヴォルクに詰め寄り、あわや取っ組み合いになるところだった。


「なんでこんな時は魔法じゃなく物理攻撃なの!」

「シア、こいつから受けた説明を私にもしてごらん」



既に夜も遅かったので、ジズを寝かしつけたあと、改めて書斎に集まって説明を求められる。


ヴォルクは黙って書棚に凭れて立っているが、目で大丈夫かと問われたので頷いておく。


「ほらほら、視線で会話してないで説明しな説明」



シアの結婚話から始まった5日前の出来事を、順を追って話す。暴発させたくなくて無理をしたこと。結果、自分の身におこったこと。あまり感情を含ませないよう、淡々と説明し終えるとネリーが深くため息をついた。



「で、私に替わってヴォルクが香気の制御をすることになったってわけね。シアはちゃんと術のこと理解して、今の状態を納得してんの?」


「はい。術のことは、今までの師匠の覆いは、厚さのある頑丈な一枚の蓋で閉じ込めていたようなもので、薄膜を何層も重ねた今の方が、補修がしやすく強度も高いと聞いてます」



実際はこの説明ではよくわからず、パイ生地のようなものだと教えてもらった。1枚ずつ効果を少しだけ変えた薄膜を網目状に何層も重ねているのだそうだ。


そして、枯渇寸前だったシアの魔力はそのままに、ヴォルクのもので賄うほうが反作用がないのだそうだ。



ただ、階層を作り終えるまでは、継続して施術する必要がある。


「えぇと、それで毎日少しずつ、口から直接魔力をいれた方が微調整がしやすく、確実で、私の負担が少ないんだって聞きました」


顔を赤らめながら話し終えると、ネリーはがしがしと頭をかきむしり、もう一度大きなため息をついた。




「あの、、師匠?」

「あーーーーーー。術の効果はシアの状態を見れば問題なく、前より性能が上がってることはわかるよ。シアがちゃんと理解してることもわかった。ただねぇ・・・・・おいこら坊主」

「なんだ」

「今回のは突発的な事故だってことを疑いやしないが・・・・・・この術式いつから考案してた?咄嗟に組立できるような簡単なもんじゃないだろ」


そうなのか、とヴォルクを見ると、にやりと口角を上げてネリーを見返していた。


「いつかはアンタのから変えようと思ってたからな。さすがにシアの承諾を得られる保証はなかったから、まぁ、ちょうどいい機会ではあったな」


「自分だけの魔力で染めるつもりかい。アンタ大概だね・・・・シア、きちんと線引きしないと、どさくさに紛れて、全部こいつのいいようにされるよ。で、ヴォルク、学校はどうするつもりだい」

「行くさ。が、すぐじゃない」




ヴォルクは後日、ハロルディンも交えネリーと3人で何かの条件付けや要請をだしたようだった。


結局、ヴォルクの魔法学校入学は4年後となり、

かわりに頻繁に式鳥がとんでくるようになった。

何をしているのか、毎日のように森の結界の外へ出ているようだが、2日続けて外泊することはなく、口移しの魔力補給も続いていた。



ヴォルクが何のために何をしていたのかを知るのは4年後の、入学3カ月前のこと。


やんちゃ盛りのジズが、師匠に修行という名の旅に連れ出されることが決まった頃だった。





「3カ月もだなんて、急にどうしたんです?」


離れたくない、行きたくないと駄々を捏ねている

ジズは、ソファーに座ったシアの背中にべったり貼り付いている。


「楽団の興行の間の警備の依頼がギルドにあってね。一緒に組んでるパーティーに術符使いの上手い奴がいてね、ジズに覚えさせようと思ってさ」

「警備なのに子連れでいいの?」

「仕事さえすれば構わないってさ。まぁ、楽団側にもちびがいるから、子守もしてもらいたいんだろ。色んな国も廻れるし、見聞を広めるにはちょうどいいだろう?」


まぁ、師匠が組んでるパーティーなら、魔物が群れできても問題ない安心さだが。


「いいなぁ、私も行ってみたい」

「魔女の口車に乗っちゃダメだぞ、シア!ごはんの世話とか出来ないから、街をまわる依頼ならちょうどいいってだけなんだぞ!」

「術符のかっこいい使い方、教えてもらえるんでしょう?帰ってきたら私にも教えてね、ジズ」

「いいぞ!あ、違う。オレは行きたくないの!

っわ、よせバカヴォルク、ヤメロ!!」


ソファーの隣に座ったヴォルクに、シアの背中から毟りとられて、ジズが手足をバタつかせて抗議する。


「頑張ってきてね」

まだ7歳のぷにりとした頬をつつくと「シアまでヤメロ」とぷく、と頬を膨らませ、余計に笑みが溢れた。





「んじゃ留守番よろしく。何かあったら式鳥飛ばすんだよ。・・・ヴォルク、この期間にナントカ出来なかったらキッパリ諦めな」

「問題ない」

「ないことあるかい。いいかい、無理強いしたら許さないよ」


朝靄に包まれた庭先で、チロに括りつけられバタバタ暴れているジズは、まるで拐われていくようだ。


「ジズ、怪我に気を付けてね」

「しあぁぁ」

「師匠をよろしくね」

「しあぁぁぁああぁあぁぁぁ」


手を伸ばしてきたジズの頬に、無事の祈りをこめて、いってらっしゃいとキスをして見送った。





その日、2人だけの静かな夕食を終えると、大切な話があると書斎まで手を引かれていく。


シアの腕などくるりと掴めてしまう大きな手のひらに、あと1年でヴォルクも成人なのだと改めて思う。


頭一つ上にある表情の乏しい顔は、少年と青年の間の危うい美貌で。それで男性的に微笑んだりするから、見慣れたはずのシアでも最近はよく、どきりとさせられる。




「俺は3か月後には魔法学校に入学する。シアも知っての通り、全寮制だ。帰ってこられるのは基本的には避暑期と新年祭の年2回だけだ。けれどシアの香気制御のための階層は出来上がっているが、日々の魔力補給はこれからも必要なんだ」


では、以前のように師匠にお願いするのかと思えば、複雑に組み上げた階層を崩しかねないから無理だと言う。


「10日に1度程度、帰ってくるつもりでいる」

「師匠みたいに色を擬態させたチロを連れていくの?長距離転移門をつかっても日帰りは無理でしょう?」

「あんな目立つモノ連れて平気な顔してるのは、あの魔女だけだ。・・・・・・実は、個人用の転移陣を作ったんだ」



ヴォルクが見せてくれたのは、術符に描かれた陣形だ。この陣を魔石の中に組み込み、携帯して使用できるようにするらしい。


「これなら、どこからでも自由に転移できる。ただ、流通させるものは設置型の門ほどの距離は飛べないようにするけどな」

「作ったって・・・・ヴォルクが自分で?」




この4年の間にハロルディンとネリーと3人で煮詰めていたのはこれだったのだ。


使用者を制限し、把握可能にするため、わざと大量の魔力を消費するように改良したり、転移距離の制限を設けたのは、事件性を抑制させるためのハロルディンからの依頼だ。


これまでは魔女のネリーですら、個人での転移はできず、だからこそ飛竜型のチロに乗って移動していたのだ。


それを、わずか10歳の少年から打診されたのだから、2人の衝撃はどれ程だったのだろう。



「もしかして私じゃなく、ヴォルクがおじ様の養子になることになったのも、このため?」

「名前は伏せるが、発案者としての莫大な資産が発生するだろうからな。色んな意味で公爵の後ろ楯をおおっぴらにした方が安全だ」


シアは知る由もないが、シアへの結婚話を完全になくすことと、自分へと紐付ける布石を打つことが、転移陣提供の最初の交換条件だった。



「話を戻すぞ。これを使って10日に1度は帰るつもりだが、入学当初や外部研修などがあると間隔がもっとあくだろう。だから今までよりも余裕をもって、多めに魔力を補給したいんだ」

「多めにって、私の保有許容量はかわらないのだから、その・・・・たくさん口付けても溢れちゃうんじゃないの?」


「そうだな、だから濃度をあげたい。・・・シア」


ぐっと手を引かれ、ヴォルクの胸に倒れこむ。

金の瞳を見上げると、ゆるく編んでいた髪をほどかれ、そのひと房を掬い上げた。


「俺はずっとシアへの気持ちは変わらない。この髪に触れるのも新緑の瞳に写すのも俺だけにしたい」

「・・・・ヴォルク?」

「俺はまだ恋愛対象外?」


「えっ!」



もともと心を許している相手だ。それに加え、色香を伴うような口付けに翻弄される日々に、意識しないわけはなく、頻繁に囁かれる睦言に心が騒ぐことも増えた。


けれど、自分は既に22歳。

対してヴォルクはまだ成人前の14歳だ。8つの年の差がどうしても歯止めをかけていた。



「好き、なんだと思う。でも、ヴォルクが想ってくれる程には、まだ想えないよ」

「まだ。なら、この後を期待してもいいんだな?俺と触れ合うことは嫌じゃない?」



腰に回された腕がより一層シアの体を引き寄せる。


「嫌じゃないよ」


鼻先に唇がおちる。


「キスは?」


「・・・・・・・・・・・イヤじゃない。っわ!」


唐突に膝裏を抱えあげられ、ヴォルクの部屋まで運ばれる。あまり入ったことのない部屋をキョロキョロ見回していると「余裕だな」と苦笑され、横たえられたベッドの上でヴォルクが自分に覆い被さってようやくハッとする。



「え、え?」

「シア、濃度をあげるには魔力を直接、体の奥までいれるんだよ」


ここに、と下腹部に置かれた手に、一拍後、燃えるように顔が熱くなった。


・・・・さすがにシアでも意味がわかる。


「いや、魔力云々は口実だ。俺はただただ、シアが欲しい。シア、愛してる。俺を受け入れてくれ」




嫌ならちゃんと拒否してくれと言われても、あれこれ恥ずかしさとパニックでそれどころではなく。



途中、最終確認のように、いいかと問われた時は、止めるつもりないくせに、と思わず恨み節を溢して睨んだが、余計に煽る結果にしかならなかった。





繰り返し繰り返し、まるですがるように紡がれる睦言も


自分より少し低めの体温にも


隣で眠る無防備な黒紫の髪をすくことにも、すっかり慣れた2カ月と少し後。




「限度を知らないのかアホ坊主!!」


帰ってくるなり、怒り心頭なネリーと。


無邪気にシアに抱きつこうとして、ヴォルクに阻止されたジズから指摘され、瞳の虹彩にお互いの魔力の色が染み出ていることに、ようやく気がついたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る