第28話 今の私になるまでに4
「はぁ~、めんどくさい」
「もう、まだそんな事言ってる。忘れ物はありませんか?」
今日から5日間、魔女集会といって、10年に1度、
各地に散らばっている魔女が集まり、ネリーいわく『生存確認』するんだそうだ。
場所は秘匿されているが、チロに乗っていくので
それなりに遠いのだろう。
「あーーー。書斎に書類一式忘れた」
「んもう!!!あれ?昼食を入れた籠はどうしたんです」
「・・・・・・どこだろ」
早朝の出立に寝ぼけ眼で渋々用意をしていたネリーは忘れ物だらけだ。
「シア、書斎は俺が行く」
「ありがとヴォルク。師匠、ほかにはもうないですか?」
激減してしまった魔女の集会は特別な結界内で行うため、あとからは式鳥を含め、連絡のとりようがないのだ。
「いいかい、くれぐれもヘマすんじゃないよ。私は助けに来られないからね」
「5日間でしょう?大人しくすごしてますって」
「ヴォルク、アンタもだよ!」
「うるさい、早く行け」
バタバタと慌ただしく飛び立った姿を見送り、そういえば5日もヴォルクと2人きりなのは久しぶりだと気付く。
ジズはハロルディンの元で、街の生活に触れてお金の使い方を知ろう!ツアー中だ。
ここではお金を使わないから、必要な体験なのだ。
ヴォルクの入学の件も話をできていないし、自分の結婚や将来のこともじっくり考えるいい機会かもしれない。
「シア、話がある」
けれどその日の夜、固い顔で切り出したのはヴォルクの方だった。
連れていかれたのは書斎だ。
この家の書斎はかなり広く、むしろ書庫といってもいい。天井までの書棚と、仕舞いきれず隅に山積みにされた本。
書き物机はネリーの私物で埋め尽くされており、
シアはいつも窓際のソファーで本を読んでいた。
「これ」
ヴォルクが崩れた書類の山の中から引っ張り出して渡してきたのは、先日ハロルディンが持ってきた釣書だが、あの日渡された分は自分の部屋に持ち帰ってある。
と、いうことはあれ以外にもまだあって、ネリーがここに持ち込んだのだろう。
「今朝、ネリーの忘れ物を探しに来たときぶつかって見つけたんだ。これ・・・・シアのなのか」
「うん、この間おじさまが持ってきたの。でも、まだ何も決めてなくて」
「結婚・・・・するつもりなのか」
「そうね、年齢的には結婚を考える年なんだと思う。でも」
「いやだ!!!!」
びっくりした。
シアに注意をするときに声をあげることはあっても、こんなふうに自分の気持ちを叫ぶヴォルクは初めてだったからだ。
「俺は学校に行くために離れるのだって嫌なんだ。なのに、どうしてシアから離れようとするんだ!
どうして知らない男と結婚なんかっ」
「ヴォルク、まだ何も決めてないのよ」
「シアに怪我させたくなくて、制御を完璧に覚えるために学校に行くんだ。もっと色んな知識を身につけて、どんな場合でもシアを守れるようにって。
俺は・・・俺はずっとシアと一緒にいたいから」
「ヴォルク」
「シアが好きだからだっ」
顔を背けたまま、固く握ったヴォルクの拳に力がこもる。
・・・・彼はいつから、こんなに自分に想いを向けてくれていたんだろう
普段の大人びた口調ではなく、からだ全体で気持ちを伝えようとしているヴォルクに、シアも姿勢をただす。
「ヴォルク、私はね。ずっとずっとこのままでいられたらいいな、って思ってる。でも同じくらい、何かをやってみたいとも思ってた。もっとたくさんの人と関わって、自分の力で何かお手伝いができたらいいなって」
自分に力があるのなら試してみたい。
母のように強く、父のように優しさをもって、広い世界を見てみたい。
「でも、マナの香気のことで諦めてたの。師匠やおじさまは、やってもみないで諦めちゃう私にきっかけをくれたのよ。まぁ、結婚は正直全然考えてなかったから、本当に驚いたけど」
「一緒に頑張ろう、って言っただろう」
「一緒に頑張っていくために、別々で頑張らなきゃいけないときが今なんだと思うの」
「一緒に頑張るって、この家の一員としてじゃないんだ!!俺は家族としてじゃなくて、1人の女性としてシアが好きなんだ」
顔を上げたヴォルクの金の眼がシアをまっすぐ射ぬく。
「でも・・・シアは俺が想うようには俺のことは想ってないだろ?」
ヴォルクはかけがえのない、大事な人だ。
でも、恋愛感情を抱いたことは、、、ない。
大人びた落ち着いた言動をしていても、8歳下のまだ少年だと。シアに固執気味とわかってはいても、孤独感からの執着だろうと、向けられ続けた好意を真剣に受け止めなかったのは、シアの怠慢だ。
彼はまだ10歳。
だからこそ、まっすぐに向けてくれていた想いそのものに偽りはなかったのに。
「年齢差を考えれば恋愛対象外だとわかってるさ。でも、俺はそう見てほしい。シアがいいんだ。シアじゃなきゃ嫌なんだ!離れてる間に誰かにかっさらわれるなんて絶対に嫌だ!!!」
「ヴォルク、瞳が」
金の瞳が光を帯び始めている。
・・・魔力が暴れだしているのだ
「もっと俺だけに笑って欲しい、ずっと一緒にいたい。シアに幸せになって欲しい。俺が!俺がしたいんだ!!」
「ヴォルク、駄目よ。ちょっと落ち着かないと魔力がっ」
高濃度の魔力がヴォルクを取り囲むように渦をまき始めた。
・・・どうしたらいい?
このまま暴発したら、あの日傷付けたくないと涙を流した彼に、再び深い爪痕を残してしまう。
「ヴォルク」
ぎゅう、とヴォルクを抱き締めて精霊術を展開していく。唄にのせて詠みあげている余裕はない。
強引にでも祈りを響かせていく。
「1人になるのはイヤだ」
「1人になんてしない」
万象なるものよ、
お願いおねがい、力を貸して
万物なるものよ、
お願いおねがい、彼を護って
「シアと一緒がいいんだ」
「うん」
「・・・シアがいい」
こつり、と額を合わせ、自分の中から絞り出すようにマナを引き出してヴォルクの魔力を包んでいく。
この家の中ならネリーの結界か守護もあるはずだ。
これ以上暴走が広がらないように。
ヴォルクが傷付かないように。
体の何処かが軋んで何が割れるような音がする。
それでも、もっと、もうちょっとと祈りを込める。
渦巻く魔力を繭のように包み込む光が、部屋いっぱいに広がった。
「ヴォルク、、、ちゃんと話を聞くから。もっと、ちゃんと考える・・・うぐっ」
「シア、ごめん・・・・・・・・・・シア?」
収束していく光と共にヴォルクの魔力も収まっていく。
「っぐ、はぁ・・・よかったぁぁ」
「シア、どうした?・・・・・これ、シアの香り?」
ヴォルクの魔力を抑えるために、引き出しちゃいけないところまでマナを引っぱりだした。
胸の奥が誰かに握り潰されているように痛む。
呼吸を整えて落ち着こうとしたが、抱き締めていた腕に力を込めてしまったようで、心配そうに顔を曇らせたヴォルクが、身を離してシアの顔を覗き込んだ。
「おい、シア。香気が」
「多分・・・マナの香気を抑えていた覆いに穴が空いちゃったのね」
シアの体の中で、ネリーの魔力とシア自身の魔力が穴を塞ごうとかなり無茶にうごいている。
だからこんなに苦しいのかな。
「・・・っぐ、はぁっあ」
「俺が何とかする。シアの体質のことは聞いてる。対処の仕方もわかる」
今度はヴォルクがシアをぎゅう、と抱き締める。
「俺のせいで無茶させたんだな。ごめんなシア、
でも・・・・ありがとう」
今にも泣き出しそうなヴォルクの頬に手を伸ばす。
「ヴォルク・・・・お願い、できる?」
「大丈夫だ、できる。まだ香気はネリーの結界に阻まれて外まで漏れてない。が、時間の問題だ。急ごう」
父との最後のあの日を思い出すと、本当は叫びだしたいほど怖い。
もう誰も喪いたくない。
1人になりたくないのはシアのほうなのだ。
ヴォルクは窓際のソファーを部屋の中央まで引き摺ってくると、シアを寝かせ、その周りに魔方陣をいくつも展開していく。
「こんなに濃い匂いなのか。・・・酔いそうだな」
ヴォルクが小刻みに震えていたシアの手を握った。
「大丈夫だ。絶対に大丈夫だから。欠片だって他の奴にシアを渡したりしないから」
目もとを拭われ、泣いていたのかと気付く。
「ネリーが施していた術が中途半端に残ると、俺のと反発を起こすかもしれない。だからネリーのは一度全部剥がすぞ」
「・・・平気なの?」
「ああ。本来は時間をかけて覆いをしなくちゃいけないんだが、その時間がない。応急措置として一度、一気に俺の魔力をシアに入れてとりあえず覆い被せ、その後から本来の術を施す。その・・・・」
どうしてか顔を赤らめる様子に珍しいな、なんて、こんなときだと言うのにくすりと笑ってしまった。
「その、外部から間接的に魔力を注ぐには限度があるんだ。できれば直接、一気に、ある程度の量の魔力を入れたいんだ。だから」
「うん。やらなくちゃいけないなら、ヴォルクにまかせる。何でもするよ」
「何でも、とか言うな。・・・でも言質はとったからな。後から文句言うなよ」
苦しくて、身を小さくして横になっていたシアの両頬にヴォルクの手が添えられる。
「シア」
呼ばれて見上げたヴォルクが、はっとするほど優しく笑う。
「魔力を吹き込むぞ。少し熱く感じるかもしれないが我慢してくれ」
「うん」
「ちゃんと責任はとるから」
・・・・・うん?
「好きだよ、シア」
言葉と共に落ちてきたのはヴォルクの唇で。
びっくりする間もなく、熱いナニかが吐息とまじってシアの中の入ってくる。
「んう、う」
熱さから逃げ出そうと身を捩るが、頬に添えられたヴォルクの手が逃してはくれず、呼吸もままならなくてわずかな合間を見つけて息を吸い込む。
「っは、あ、んぅう」
追いかけてくるヴォルクの唇に絡めとられる。
くらくらする意識のなかで、時折首筋をなぞるヴォルクの指をやけに鮮明に感じて余計にくらりとする。
「あ、あむぅ、ん、んぅぅ」
どれほど時間がたったのか。
ヴォルクが身を起こし、シアの唇を指でなぞって微笑んだ時はほとんど意識がとんでいた。
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