第27話 今の私になるまでに3


ヴォルクが最近、何かに悩んでいるようだ。


じっとこちらを見つめてくるくせに、声を掛けようとすると身を翻してしまうので、何に、かはわからないのだが。


「なんだ珍しく喧嘩かい?」

「まるで心当たりがないんだけど。多分ね、私が思うにおじ様が犯人じゃないかしら」

「僕がかい?」



いつ見ても仕立ての良い三つ揃いのスーツに身を包んでいるハロルディンは、ネリーと暮らし始めて数年は裕福な商人だと思っていた。


生活力皆無なネリーがまともな買い出しが出来るわけもなく、自給自足できない物は全てハロルディンが届けに来ていたからだ。



今では三大公爵のひとりで宰相補佐をしている、

本来荷運びをする人でないことを知っている。

そして、こんな風に気さくに会話が出来る人でもないのだ。


が、身分に気がついて口調を改めたら、大の大人が泣いてすがったので、すぐにもとに戻してしまった。



「おじ様、この間いらした時、ヴォルクと二人でお話ししていたでしょう?思えば、そのつぎの日からおかしいから、話の内容が原因だと思うのよ」


なぜかヴォルクはハロルディンに対して異様に警戒する。

ネリーいわく

「身近にいる大人の男で、年も30代。顔はそこそこでも身分があって高位の役職についてて仕草がスマートで親しみやすい。まぁ、警戒すんだろうねぇ」


とのこと。何のための警戒なのかは誤魔化されてしまったが、子供な自分と比べちゃうんだろ、と要約して説明された。


なんのこっちゃ。


だが、そんなハロルディンと2人きりで随分長いこと話し込んでいたのだから、内容が気にならないではない。かつ、その後の変化があの通りでは。



「たしか少し前にもあったでしょう?」

「あれは違うよー。ネリーが、シアについて出る以外自分から外出しないキノコだって揶揄ってたから、体がヒョロヒョロだと、いざって時にシアちゃん守れないよーって話しただけでさ」

「突然、早朝から鍛練し始めたから、どうかしちゃったのかと思ったんだから」

おかげでぐんぐん伸びた背はもうすぐシアに届いてしまう。




話をしながら、運んできた飛竜からどんどん荷を下ろしていく。

と、持ち上げた荷でやけに重たいものがあり、箱を抱えきれずよろけると、慌てたようにハロルディンが箱ごとシアを支えた。


「ごめんごめん、これ箱一杯に本が詰まってるんだよ。重たかっただろう?」


視線を感じて2階の窓を見上げると、シャッとカーテンが引かれた。

「ヴォルク?・・どうしたんだろう。

ねえおじさま、何のお話をしたの?」

「魔法学校への入学を勧めたんだよ」



魔法学校は魔法魔術の全般を学ぶことが出来る、

建国当初からある学校だ。

入学は10歳以上と決まっているが、それ以外の制限はなく門扉は広い。ただ、在学中に使用する魔道具の材料や素材などは高価なものも多く、専門的な部門を学ぶには研究費も嵩んだ。


また、頻繁に行われる試験は難度が高く、分野ごとで違いはあれど、下地となる知識を持たない者は脱落することが殆どだ。卒業となると難度が更に高くなる。


結果、学徒はある程度生活に余裕があるか、後援を受ける程の才能の持ち主に限られていた。

それでも、卒業後は宮廷魔道具士や魔導師団から官僚といった、高位職に就くことができるため、人気の学校だった。



「来年になれば入学年齢になるだろう?実力は問題ないとして、彼はもっと多くの人と関わるべきだからね。そうして感情を揺らさなくては」

「魔力の制御の練習をさせるためですか?学校でなんて、危なくないの?」

「制御具もつけてるし、今のうちならまだ学校の教員でも抑えられるよ」


年齢と共に増え続けているらしい魔力がどこまで増えるのかはわからないが、対策をするなら今のうちなんだろう。


「彼もね、そのための入学であることも納得してるし、学校でしかで学べないこともあるから興味をもってはいるんだよ。ただね・・・全寮制なんだ」



シアたちが暮らすここはイシェナル王国の端の方だと聞いている。家の周りに広がる森がどこまで広がっているのかシアにはわからないが、チロの背に乗り上げて背伸びしても終わりが見えなかった位は広いのだと思う。


あやふやなのは「そう設定してる」というネリーの言葉があるからで、本当にそうなのか幻影なのかは定かでない。


とにかく、ここから学校まで通うのは現実的ではないだろう。それに、多くの人と関わることも入学の目的なら、寮生活の方が利があるはずだ。


「寮じゃダメなんですか?」

首をかしげたシアに、男心をわかってないなぁ、と愉しげにお土産の菓子を1つ口に入れてくれた。






そんなある日、悩める少年なヴォルクが幼子の手を引いて森から帰って来た。


「落ちてた」

「落ち、、え?」

「じずは2しゃい、おなかへった」

「え?」


あちこち擦りきれたボロボロの衣服に泥だらけの体。大きな怪我はないが、痣だらけだ。風呂で暖かいお湯に驚いていたので、質素な生活環境ではあったのだろう。


貪るようにご飯を食べると、シアにべたりとついたまま眠ってしまった。


「ヴォルクが落ちてたっていう場所まで行ってみたけど、特に何の変化もないのよね。結界も綻びてないのにどうやってこの子、入ってきたんだか」

「俺が引っ張りこんだ」


ジズと名乗った幼子のほっぺをつついていたネリーが、ああん?と低い声を出してヴォルクを睨んだ。


「結界に穴開けたんかい」

「野獣に襲われかけていた。外側にいたこのガキのところまで薄く伸ばしただけだ。すぐもとに戻してある」


薄く伸ばすって、そこ詳しく。と2人は魔術構築談義に入ってしまう。


「師匠、明日近隣で迷子が出てないか確認しておいてくださいね。私はもう休みますね、おやすみなさい」

「おい、シア待て。なぜそれを連れていくんだ」

「それ、って。もう、一緒に寝るからだよ?」


ジズは今日初めてここに来たのだ。年齢的に目が覚めて混乱するかもしれないし、1人寝は避けた方がいいだろう。


「・・・・俺も一緒に寝る」

「なんでアンタ、俺がって言えないのかね」


ゲラゲラ嗤うネリーにヴォルクが苦虫を噛んだような顔になるが、結局3日間ほど3人で一緒に寝たのだった。



ジズはある集落の口減らしとして捨てられたらしい。悩めるヴォルクにとってはちょうど良く気が紛れるのか、割りと面倒を見てくれた。


天真爛漫で元気な子供に振り回されるうちにあっという間に時が流れ、ヴォルクの魔法学校入学についてちゃんと話をしてない、と気がついたのはハロルディンから「そういえば今年の入学申請は締め切ったようだ」と聞いた、約1年後のことだった。



「はろる、しあからはなれろ」

「おお、すっかりこいつもシアの護り手になったな。坊主、この箱何が入ってると思う?」

「・・・・おかしだ!」


ぴょんぴょん飛び跳ねて、箱を奪ったジズが「ありがといただきまーす」と言いながら走り去っていった。


「よし、買収完了。頼りない護り手だなぁ」

「ふふ、まだ3つですもの。おじさま、ついこの間もいらしたのに珍しいですね?」

「今日は折り入ってシアに話があってね」



居間のテーブルにどさり、と置かれた紙の山の一番上を手に取ると、ふんとネリーが鼻をならした。

「よくもまあ、こんなに集めたね」

「これでも厳選したんだよ。僕だって妥協したくないからね」


シアも1枚手に取ると、そこには絵姿と経歴などが書かれている。

「これて、釣書?」

「あたり」

「師匠、結婚するんですか」

「アンタだよ」



「わっ、わたし????」



20部ほどあるだろうか、これ全てがシアのための

釣書だと言う。

「シアも18歳だろう?先の事を考え始めるべきだよ。とはいえ、体質のこともあるし、僕の娘にするつもりでいるから、ヘタな男にはまかせられないからね!」


何やら初耳な内容に目をパチパチさせていると、

ネリーが頬杖をして息をついた。

「ここでずっと子守させるわけないだろ?アンタが結界士の母親のように、誰かの役にたつ仕事をしたがってることはわかってたんだ。精霊術を使うにしろ、薬師としてやっていくにしろ、ハロルの養女になれば立場的にもやりたいことの選択肢が広がるだろう?」

「僕の娘になるのはいやかい?」

「そんな。嫌ではないわ。でも」


ネリーがそこまでちゃんとシアの事を見て考えてくれていたことは純粋に嬉しく、確かに公爵で宰相補佐であるハロルディンの養女になれば、今以上の経験を積むことも、やりたいことも見つかるだろう。


けれど


「結婚って、・・・どうして?」


「もちろん、シアの気がのらなれけばしなくてもいいんだよ」

「アホ!いいかいシア。つまりはここを出でいくんだよ。今みたいに私が頻繁に香気の調整をしたり、有事の際に対処してやることはできないんだ」


「ここを、出でいく」


「アンタをうんと大切に想う気持ちと、対処できるだけの力をもった人が必要なんだ。わかるね?」

「ネリー、シアだって突然で驚いてるんだよ」


真剣なネリーの表情がシアの胸に刺さる。



「ネリーはヴォルクが入学するこの機会に、シアにも自分の将来を見つめてほしいと願ってるんだよ。シア、今すぐここで答えを出さなくてもいいんだ。今日はもう帰るから、ゆっくり自分で考えてみてごらん」



柔らかいハロルディンの言葉に、それでも真剣な響きが混じる。



「・・・・・わかりました」


目頭が熱くて、顔を上にはあげられなかった。



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