第26話 今の私になるまでに2


余分なことを考える暇のない生活の中で、ゆっくりとこれまでの生活や感情に折り合いをつけていき、あっという間に4年が過ぎた頃だ。



「シア、ちょっとこの後いいかい」


夕餉の片付けを終え、お茶を運んでソファーに座ると「お願いがあるんだよ」とネリーが切り出した。


「あんまり詳しいことは言えないんだけど、これから1人、子供を連れ帰ると思う」

「男の子?女の子?」

「私もわからないんだよ。多分シアより小さな子だ。この家で生活出来るように、整えといてくれるかい」



ネリーは時折、髪色を変えて傭兵ギルドで仕事をしたり、シアの生成した薬を売りに街に出ていたので、留守番には慣れている。


が、「数日かかるかもしれない」と聞いた途端に不安になった。


両親とも外出先での死だったためだが、ネリーもシアの不安をわかっていたようだ。


「代わりに頼もしい護衛をおいていくから、仲良くしてやって」

「護衛?」



連れ出された外は、森深いここでは月明かりのみで真っ暗だ。


「よっし!」


ネリーがパンッと合わせた両手を地面につくと、

眩しいほどの光を纏った魔方陣が現れた。


「おっきぃ・・・」

魅入られるように見ていると、次第に陣の中央から白い何かがゆっくりと姿を現してくる。


白い躯体は2階建ての家と同じ程。鋭い爪と背中の比翼。鱗ではなく、真っ白に輝くのはふわふわとした羽毛のようだ。



「竜?」

「おっし、いい出来!」


呼ばれておずおずと近づくと鼻先を寄せられ、そっと触れてみる。ふわふわだ。


「師匠、白い竜なんでどうやって?」

「原理は式鳥と一緒。私の魔力で練り上げたから白いのさ」


白い竜はグリーディア神聖皇国の所有している数個体のみで、厳重に管理されている。


これは見られたらマズイんじゃないだろうか。


「これがいれば大丈夫だろう?」


むしろ問題案件だと思案するシアに胸を張るネリーだったが、大きすぎるから家に入れるくらいにしてくれ、と言われ渋々大きさを変化できるように練り直した。


「ずっと小さいままでいいのに」

「大は小を兼ねるんだよ!」

「なにそれ。白くて小さいから名前はチロね」

「安直な」




ネリーが痩せっぽっちの、ひどく暗い目をした子供を連れ帰ってきたのは、それから5日後のことだった。




火事にでも遭ったのか、真っ黒に煤けていた初日はわからなかったが、ヴォルクと名乗った子供は黒紫の髪に金の瞳をした綺麗な顔立ちの少年だった。


ここに来た経緯も素性もわからない上に、浮かべるのは苦悶の表情のみで、暮らし初めてから4日後にようやく会話ができた程、喋らない。


が、シアは特に気を遣うでもなく、これまで通りの生活を送った。



家事全般はシアの担当ではあったが、我儘も言わない子供が1人増えたところで苦ではなかったし、

ヴォルクの世話はまるで必要無いほど、何でも自分で出来る子だったのだ。


ちなみに同居4日目にして初めての会話は「一緒にお風呂はいる?」と連日尋ねたシアに対して

「しつこい、1人で入れる!」だった。



20日ほど経ったある日、シアが畑の手入れをするために、ずっと小さいままだったチロを大きくし、

しゃがんで貰って上に登ったその時。


「おい!お前、そのままそこを動くなよ!」

2階の窓から身を乗り出したヴォルクがそう怒鳴ると、窓からパッと身を翻した。


必死の形相だったな、と首を捻る。

すぐに息を切らして走ってきたヴォルクに、また登りなおすのは面倒だとチロの上に乗ったまま

「なぁに~?ヴォルクどうしたの」と声を掛ける。



「お前っっ!!それっ、!!!」

「チロだよ?」

「・・・・・・・・は?」

「ん?」


どうやら、いつもシアが連れている小さな白い竜が大きくなれることも、それが本物の竜ではないことも知らなかったようだ。


「心配して来てくれたの?」

「そっ、そんなんじゃない!!」


拗ねたように顔を背けた仕草が可愛くて笑みが溢れる。と、



「シア!!!」


ずるり、と滑り落ちた体をチロに咥えられ、ぶらんとぶら下がる。


「名前呼んでくれた!」

「そんな場合か!!!」



4歳児に本気で怒られる12歳のシアを、チロを通して微笑ましく見ていたことは、ネリーだけの秘密だ。





「こうやって採取の前には赦しと感謝の祈りをこめるのよ」

シアの祈りに返すようにぽわり、と淡く光った植物に、隣に座ったヴォルクから感嘆の声が漏れる。


「きれいだな」

「私はハーフエルフだから淡い光だけど、とう様がやるとぽわ~ってもっと光ったのよ?」

「シアので充分きれいだよ」



ヴォルクはネリーに師事し魔術を学び始めると、

家にある書物を読み漁り、あっという間に様々な知識を溜め込んでいった。


元から大人びた口調だったが、6歳にしてすっかり子供らしさは忘れてしまったようだ。


「1人にすると危ないからな」と、シアが外に出るときは必ず着いてくるようになったヴォルクに喜んだのはネリーだ。


「アンタ、放っておくと書斎でキノコでも生やすんじゃないかって思ってたからちょうどいいや。シアの護衛をよろしくね!あ、でも魔術ぶっ放す時は出力最小にしときなさいよ」


それまで護衛だったチロはお役御免となり、ネリーの移動手段になってしまった。

絶対、大きな竜に乗って飛びまわりたいだけだ、とシアは思っている。





「何処まで聞いてる」


森からの帰り道、戸惑いつつ探りをいれるように

ヴォルクが聞いてきた。


「ヴォルクの力の事?過去の事?」

「両方だ。・・・あのババアから聞いてるんじゃないのか」

「師匠、だよヴォルク。大体は聞いてると思うよ」




ヴォルクは驚くほどの高魔力保有者だ。


詳細は聞いていないが実験の成功例なのだという。産まれてからも人として扱ってくれる者は殆どおらず、閉じ込められるようにして実験のみを繰り返されていたらしい。


大きくなるにつれ跳ね上がる魔力が、癇癪を起す度に暴発し、とうとう辺り一面を壊滅させるほどに爆発した。


どんな経緯でネリーに話が持ちかけられたのかはわからないが、確かに魔女でなければ引き取るのは無理だっただろう。



繋いだヴォルクの両腕にはいくつもの制御のための魔道具がついている。


「最近は魔道具に頼らなくても制御できるように、すごく頑張ってるって師匠が言ってたよ」


「それでも、また、暴発させてしまうかもしれない」

「そうだね」

「シアに、怪我をさせてしまうかもしれない」

「そうだね」

「俺は!もう、1人になりたくない・・・シアにだけは怪我させたくない」




「じゃあ、もし怪我してもすぐ治せるように治癒術覚えようか。2人で一緒に」


ぎゅっと背中にヴォルクが抱きついてくる。


いつの間にか大きくなったけれど、それでもまだ

シアの肩には頭が届かない。


「わたしも1人になるのは嫌なの、だからお揃いだね。ねぇヴォルク、一緒にいられるように、一緒に覚えようね。でもきっとヴォルクの方が早く覚えちゃいそうだね」



シアの知らない、辛く苦しいことがきっともっとたくさんあったんだろう。


シアにはわからない苦しみを今でも抱えているんだろう。



全部を話さなくても知れることはある。

全部がわからなくても、今出来ることをすればいいのだ。


「私は自慢じゃないけど、良く怪我するからね!きっと治癒術大活躍すると思うよ!」


ヴォルクはきっと、これからも苦しみの全てを吐露することはないだろう。


でも、もっと甘えていいのだ。


もうちょっと、今はまだ子供でいていいんだよ。



背中にヴォルクの熱を感じながら空を見上げる。

「さ、お腹すいちゃった。お家にかえろう?」




ヴォルクは期待どおり、あっという間に師匠のお墨付きが出る腕前になったのだが、シアはまるで適性がなく、代わりに薬学を学ぶことになるのだった。

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