第22話 名前を知りません2

「シアちゃん!やっと会えたね!」


夕刻の鐘が鳴り終わるのとほぼ同時に彼はやって来た。

屈託なく話しかける笑顔は親しげだが、会話すら殆どした覚えがない。



そしてまだ名前も知らない。



「こんにちは、あの名前は」

「シアちゃんってかわいい名前だよね。ピンクのふわふわで綿菓子みたいな君にぴったりだと思うよ」


いや、私のじゃない。


「オレ、約束通り大会で優勝したんだ。あの日は会いに行けなくてごめんね、本当は一緒にお祝いしたかったんだ」

「い、いえ。優勝おめでとうございます」

「ありがとう!恋人になってからもシアちゃんの好み通り、もっともっと強くなるからね。早速だけどデートに誘いたいんだ。お休みの日教えてよ、どっか行きたいとこある?なければオレのおすすめの場所案内するよ!」


怒涛の勢いの彼にタジタジになっていると、ジズに背中をトンと押される。


「あの!あのごめんなさい!!」

「ん?何、当分お休みないの?そりゃひどいね、

オレ文句言ってきてあげるよ」

「そうじゃなくて。お付き合いできません、ごめんなさい。それと私べつに強い人が好きな訳じゃないんです」


「えー、なんで?強い男が好きなんじゃなかったの?もしかして魔導士の人と付き合ってるってホント?やめておいた方がいいよー、あいつら全然体動かさないからヒョロヒョロだし、弱っちぃし、いざって時シアちゃん守ってもらえないよ?絶対オレのが強いし頼りになるって。オレにしておきなよ、ね?」


・・・全然話が通じない


「オレのことはこれからたくさん知ればいいからさ。じゃあとりあえず今夜ご飯でも食べに行こうよ、ね?」


呆然としているシアに伸ばされた手を

「はい。そこまで」

結構な勢いで叩き落としたジズがシアの前に出た。



「なんだよ、アンタ関係ないだろ」

「大アリだ。そもそもシアの話聞く気あんのか、お前。お断りされてんの、わかってるか?」

「オレとシアちゃんのことだろ、ひっこんでろよ」


一気に空気が剣呑になる。


何を見越したのか、クランハウス内に彼を招き入れてのやり取りなので、ロビーの片隅から

「お!やるかやるか?」

「俺らのシアちゃんへの扱いが雑だそ、お前」などとヤジを飛ばすメンバーもいて、彼の表情がどんどん険を帯びていく。


「お前、強さばっかり自分の売りにしてるけど、

シアの周りはお前より強い奴ばっかだぞ?魔導士の奴なんか最たる奴だ」

「はん、はったりだろ。っつーかそこにアンタも含んでるわけ?」



「・・・試してほしいのか?」


多分ジズのこの一言が引き金だったのだ。



ものすごい勢いで仕掛けたはずの攻撃はジズに掠りもせず、片手でいなされている。


何度も何度も攻撃を繰り返しても払われるばかりで、反撃もしてもらえず、何度目かの足払いで派手に転んだ。


「くそが!ちゃんと闘えよ!」

掴みかかった手を払われ、顔面にまともにジズの拳が入り、床に沈んだ。


一撃だった。




「おーい、大丈夫か?」


のっそりと身を起こしたその顔はひどく赤く腫れ上がっている。

「たたたた大変!鼻血、鼻血でてます!」

シアが慌てて差し出したタオルを無言で受け取ると、顔を俯けたまま

「アンタ・・・・強いんだね」

と、小さく呟いた。



「オレ、前はギルドにもクランにも入ってて。オレ以外の奴あんま強くなかったから討伐依頼の殆どを回されてたんだ」


(独白始まっちまったぞ)

(っしーー。ジズ、聞いてあげてよ)

首をこきりとまわしたジズは面倒臭そうにため息をついて彼を見下ろした。


「新人だったから言われるがまま受けてたら、いつの間にかオレ結構有名になってて。そしたらいい気になるなって嫌がらせされるようになって。やってもやっても金は入ってこないし」

「・・・・あー、災難だったな」


ジズは彼の前にしゃがみ、なんだかんだ話しに付き合っている。


「逃げるように辞めたクランもギルドも、オレがもっと強かったらやり返せたんじゃないかって・・・だからもっと強くなるために修行の旅に出たんだ」

「修行の旅とか。ぶっっっ。思い切ったな、お前。つか、その前に相談できる奴はいなかったのかよ」


ラナイが冷却魔法で冷やしてくれたタオルを差し出すと、今度はお礼を言って受け取った。


「強くなったのを確かめるために大会に出たんだ。昔の友達に当たって攻撃を躊躇したら利き腕怪我してさ。軽傷だったけど、念のため行った救護テントでシアちゃんに会ったんだ。オレにじゃないけど話し声聞こえて」

「お前と話したんじゃないのかよ」

「ジズ、しー」


『完璧に見える人だって失敗するし、ダメなところあるの当たり前でしょ?私はそういうところが、その人らしさだと思うし、だからこそ愛おしく思えるんだ』


「それ師匠、ふがっ」

生活力皆無な師匠のことを、ジズ鳥と話してた時の会話だと言おうとしたが、にやにや笑うラナイに口を塞がれてしまった。

「今いいところだからシア、ね?」


「この人ならオレを丸ごと受け止めてくれる筈だって、見たらすごいオレ好みだったし。テントにいた人にシアちゃんのこと聞いたら、いつもクランの誰かといるから、守ってくれるような強い奴が好きなんだろう。弱い奴じゃ側にいるのも認めて貰えないって聞いて」


そんな風に街の人に思われてたのかと、シアは頭をがくりと下げる。


「あー、はいはい。わかったわかった。とりあえずお前、ギルド入り直せ。んで、うちのクランに入ってこいよ。いちから叩き直してやっから」


タオルで押さえたままの顔がゆるゆるとあがる。

「お前より強い奴なんざ、ごまんといんの。鼻にかける程じゃねぇよ。ちなみにお前が馬鹿にしてた魔導士は俺より強いよ?」

「そりゃ魔術使えば」

「違うって。俺に体術仕込んだのそいつだからな」


これにはなぜか、周りのクランメンバーがどよめいた。

「イケメン魔導士のうえ、体術もイケるだと?」

「ズルくね?弱点ないのかよシアちゃん」


ヴォルクにだって弱点はあるけど、もちろん教えないよ?それに面倒だって、積極的に体術使うことはないんだよ


「ねーねーシア。レーベルガルダ副師団長はムキムキな感じなの?」

「ムキムキ?んー、筋肉質ではありますよ。魔術も基本は体力だっ、てトレーニング自体はかかさないし」

「んふふー。イイカラダってやつなのねー」

「え!え、あ、あう。はい・・・ソウデスネ」

しまった、思わぬ飛び火がきたー。



「それとシアをしつこく口説くのも止めとけ」

「何でだよ。アンタが彼氏ってわけじゃないんだろ」

「シア、一応婚約してっからね」


ざっっと音を立てて一斉に皆がこっちを振り向く。


怖い!


「「「「はぁぁぁぁああ~~??」」」」

「シア!!聞いてないわよ!!」」


言ってないです~、ひぃぃ



シアが皆に詰め寄られてる向こうで、ジズに引っ張り起こされる。

「シアちゃんの相手、魔導師団のって聞いたことあるんだけど」

「あ?ホントホント。あいつ本当シアのことになると容赦ないから。シア口説くとなったら命懸けだと思えよ?」

「い、命懸け??」


憑き物が落ちたように呆然とした後、頭を下げる。

「なんか色々すみませんでした。・・・・オレ、出来ればここでお世話になりたい」

「おう、待ってるよ。入団決めんのはマスターだけどな」



1週間後、晴れやかな顔で入団してきたとき、ようやく彼の名前をシアは知ったのだった。





緊張した面持ちで立つ彼を前に、ジョナムが提出された書類に目を通す。


「うん、問題ないよ。ギルドから説明を受けただろうけど、うちのクランは討伐などの依頼達成そのものが目的じゃないから、強さアピールはいらないよ。ギルド員として一から勉強するつもりで頑張れば、君が求める強さもちゃんと意味を持つようになるよ。我がクラン『梟の巣』にようこそ、ガッシュ君」


受理印を押し、にこりと微笑むクランマスターに

「これからお世話になります」と深く頭をさげた。



クランハウス内の案内に呼ばれたのは、縦も横も大きい人でバースと名乗った。

後ろについて歩くと前が全然見えず、小さな子供になったように錯覚する。


「入口右手にシャワーがあるから、依頼で汚れたら好きに使って。臭いがついてると食堂に入れて貰えないから注意ね。食堂の隣に医務室があるけど、常駐の医者はいないから、重症のときは他で治癒して貰ったほうが早いよ。軽傷ならシアの作った薬で結構治るかな」

「シアちゃんは薬の生成もできるんだ」

「精霊術の講師もするよ。彼女、だいぶ博識で驚くよ。講習や会議とか、集まるのはロビーか3階の部屋だよ。さっきいた2階は講師陣の執務室しかないから、無駄に立ち入らないようにね」


ロビーから階段を見上げると、吹き抜けの2階の手摺にもたれていたジズが、こちらに気付いて降りてきた。


「おぅ、今日からだったか」

「さっき正式に入団許可を貰ったんだ。ジズさん、改めてこれからよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。ガッシュだっけか?今更、さん付けしなくていいぞ。バース、シアはまだ帰ってきてないのか?」

「ラナイと出掛けたからなぁ、寄り道でもしてるんだろう。式鳥を飛ばすかい?」

「いや、自分で飛ばすよ」


練り上げた琥珀の式鳥は間近で見ても粗がない。

「すごい精巧だな」

「俺のはまだ全然だよ。本物の鳥みたいな黒紫の式鳥をこれから頻繁に見るようになるって」


ジズは鳥を飛ばし終えると一緒に案内をしてくれるようだ。

のんびりと話すバースに時々ジズが補足説明を入れてくれる。


「外の鍛練場はいつでも自由に使って。でもそこで喧嘩すると、サブマスターのレッカスさんにこっぴどく怒られるからね、ご法度だよ。魔術とか魔法の練習は地下でやってね」

「地下で魔法使って危なくないのか?」


その上はちょうど、シアがよくいるという食堂ではないのか。

これには、半笑いでジズが答えた。


「そこらの魔導士じゃ全開放でぶっ放しても壊れない結界が、常時多重展開してるから問題ねぇよ」

「・・・・・は?」


聞き間違えのような単語の羅列に首を捻る。

「お前が喧嘩を売ろうとしてた相手はそういう奴なんだよ」

「シアの安心安全のためなんだって。最近まで、マスターの知り合いの魔導士がやったとしか教えてもらえなかったんだよ?もう、ホレボレする術式なんだよー。さすが副師団長だよね」

「他言すんなよ?それを見に魔導士が押し掛けても迷惑だかんな」


とりあえずそれがとんでもなく非常識な代物で、自分がそんな規格外な相手に喧嘩売り掛けてたってことは理解した。



そして、目の前のジズもその同類であろうことも。



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