第21話 名前を知りません1

「あら、シアってば彼のこと知らないの?」



建国祭は終わったが王都は依然として人が多く、ギルドに舞い込む依頼と言う名の祭後のトラブルに対応するため、クランメンバーは忙しくしていた。


救護テントでの仕事の後、2日間お休みをもらったシアは、庇護者付きではあったが十分に祭りを満喫した。


ちなみに、建国祭中は休憩もろくにとれないはずのヴォルクも、半日きっかり休んでいたのだが、逆に何かしでかしたのでは、と気が気でなかった。



人もまばらなクランハウスの食堂で、ラナイから大会の告白劇の件を聞かれていたのだが。


「有名な人なんですか?」

「そうねぇギルド内では、かしら」

「2年くらい前にクラン『風の刃』に入り、新人とは思えない強さだとかで有名になったんです。が、1年程で脱退。ギルド自体からも抜けたので何かあったのかと、当時はけっこう話題になりましたね」


2年前ならシアも既にここで働いていたのだが、全くその話題を知らない。

「今回、体術の大会で優勝したのは彼でしたか。もとギルド員ですから少し反則な気がしますね。では出掛けてきますのでシアは気を付けて」


若手を連れて依頼に出掛けがてら、詳しく教えてくれたレッカスに手を振って見送る。


「何があったか知らないけど、彼、王都に来てたのねぇ。で今はシア狙ってここに突撃してきてると」



シアが休んでいた2日間とも、件の彼がシアを訪ねてきているらしい。困ったのは、シアと付き合う前提で色々話をしている、と聞いたからだ。


とはいえ、ヴォルクとの関係を知らないクランメンバーでも、ジズの過保護は重々承知しているので、だれも彼の言葉をまともに受け止める者はおらず、門前払いされている。



「今日も来るかしらねー」

「会ってちゃんとお断りすれば大丈夫ですよね。あ、ジズ!お帰りなさい」

「おー、ただいま」


7人程まとまって帰ってきたメンバーにそれぞれ労いの声をかけタオルを手渡していく。なぜか皆びしょ濡れだ。


「わんちゃん見つかったの?」

「すげー大変だったっすよ、ラナイさーん」

「あの犬ども、見つかって逃げた先で水路に落ちちゃって」

「捕まえては暴れて溺れる、の繰り返しで」


タオルを首にかけたジズがラナイに依頼完了報告を済ませ、一人一人に使用した術のアドバイスや連携の良さなど伝えている。


いつもの光景ではあるのだが、ラナイはしみじみと

「ジズはさぁ、ホント立派になったわよね」と呟いた。


びしょ濡れメンバーは一度着替えに帰宅するようだ。ジズも自分の執務室で着替えてくる、と階段を上がりかけ、何故か戻ってくるとシアの肩の上の水色の鳥を指で弾いた。


『なんだ』

「いつアホがくるかわかんねぇんだから、ちゃんと護衛しろよ」

『お前に言われるまでもないが?』


ジズの指がシアの目尻をぬぐう。

「あんま啼かせんなよ、少し腫れてるぞ」

『ふん。その腫れはシアに治癒を嫌がられたんだ』

「またアホな治癒の仕方でもしようとしたんだろ」


「ふふふたりともその話おしまーーい!!」

なんて話題をラナイの前でするのだ!!



シアの頭をポンポン叩いて、笑いながら階段を上がっていくジズをラナイが呆れたように見る。


「シアの目の腫れなんて気付かなかったわよ、私。過保護はひどくなる一方ねぇ。本当、ここに入ってきた頃とは別人だわ」

「ジズ、そんなに変わりました?」

「変わった変わった!概ねシアがきっかけだけどね」



ジズがクランに入ったのは、ギルド登録直後だ。


とにかく何事にも一生懸命で前向き。それ故に空回りしてしまうことが多いのが、15歳という年齢的にもギルド登録したてとしても普通なのだ。


「でもねー、ジズの場合はちょっと違ってね」


物怖じしない積極性と人懐こさこそ微笑ましいが、依頼となると冷静な態度で精度の高い分析力を発揮。また高度な術式を組み合わせた戦闘スタイルは、熟練のギルド員と比べてもまったく遜色ない。


田舎から出てきたばかりの初心者、という肩書きとの違和感から、悪い意味で目立っていた。


「だからね、魔法関連の常識はずれな発言や、小さな失敗でここぞとばかりに揶揄われちゃって。悔しそうに唇を噛み締めているのをよく目にしたのよ」



クラン内でのジズの立ち位置がかわったのが、半年ほど遅れてのシアの入団だ。


希少なエルフが傭兵ギルドに入団、ということだけでも本来驚くべきことなのだ。シア自身は半分しかエルフではないと謙遜するが、精霊術も製薬の知識量も豊富で、それを出し惜しみせず教えてくれる優秀なメンバーだ。


ところがシアの仕事はその優秀さを発揮することではなく、クランハウスでの家事がメインだ。

頼まれれば講師としても立つが、基本的には裏方の仕事なのだ。そしてそれこそが大問題だった。



手際よく、そつなく家事はこなす。が、階段はよく落ち、なにもない場所でつまづく。買い出しにでれば迷子を送って自分が迷子になり、探し物を手伝って川に浸かり、手助けした人に求婚されて立ち往生するのが日常なのだ。


「何かある度、青い顔で飛び出して迎えに行ったり、庇ったり叱ったりしてたでしょ?なのにシアったら、ごめんねぇなんてジズの頭を撫でてるんだもの」


そんなジズの姿に、クランの誰もが不憫になった。


ジズ自身はいい感じに力が抜け、クランメンバーからは同情や興味から気軽に話し掛けられるようになり、自然と皆に受け入れられていった。


「それが今は頼れるしっかり者の講師だもの。もうこのクランには欠かせない存在よ、ジズもシアも」

「ありがとうございます。過保護レベルは下げて欲しいんですけどね」

「んふふ、可愛く若返っちゃってるから無理じゃないかしら。その小鳥さんも同意見でしょ?」


ラナイの言葉に返すことなく、ヴォルク鳥はばさりと一度羽ばたくと『例の奴が来たみたいだぞ』と告げた。





「こんにちはー!今日はシアちゃん来てますか?」


元気の良い声がシアたちのいる食堂まで響き渡る。動き出そうとしたシアを止めたのは、着替えを終え階段から降りてきたばかりのジズだ。


「ここでじっとしてろよ?」と小声で囁くと入り口に向かっていった。



「おい、友達の家に遊びにきてんじゃねぇんだ。訪問すんならせめて名乗ってからにしろ」

「あー、昨日もその前も来てたんで、つい」

「つい、じゃねぇよ。こちとら仕事中だ、弁えろ」


ジズの言い分はもっとなのだが、自分と年の変わらなそうなジズからの苦言にカチンときたらしい。


「アンタこそ誰だよ。オレが用があるのはシアちゃんなんだけど」

「ここで講師をしているジズだ。シアはお前に構ってる暇はないんだよ」

「なんだと?」


耳をそばだてて聞いていたシアだったが、険悪になる雰囲気に足を踏み出そうとし、ヴォルク鳥につつかれて止められる。


『ここにいろ』

「でも」

『ジズに任せておけ。あの程度何の問題もない』

「そうそう大丈夫よ。仕事中の子、構いに来るなんてマナー違反ね。しかも注意されて怒り出すなんて、お子様ねぇ」


ラナイにも諭されるが、そもそもちゃんと断っていないのは自分なのだ。


入り口にはさらに2人ほど集まり

「せめて休憩時間聞いて出直してこいって」

「昨日も名乗れって教えただろー」とクランメンバーはやれやれといった感じで、彼一人が怒っているようだ。


「じゃあ、シアちゃんに時間約束して帰るよ」

「夕刻の鐘が鳴ったらこい」

「っなんでアンタが決めるんだ!」

「シアのことは任されてるからな。血気盛んなお前と2人きりにさせるわけないだろ」

「っはぁあああああ??」



「おい!」

「バカお前、何してる」

焦ったようなメンバーの声に慌てて覗き見ると、胸元に伸ばされた腕を掴んで止めているジズと、驚いたように止められた自分の腕を見る彼の姿が。


『大丈夫だからそのまま静かにしてろ』

ヴォルク鳥にこつ、と頭をつつかれ、飛びしかけた声を抑える。


「・・・アンタ、講師のジズだっけか。シアちゃんとどーゆう関係」

ジズから奪い返した腕を擦って問う彼に、ジズは呆れ顔だ。


「これ以上は時間の無駄だな。それとも、このクランの妨害でもしたいのか?そうじゃないなら改めて出直してこいよ」

「っっっわかったよ!くそっっ!!」




戻ってきたジズに駆け寄ると頭にぼすりと手を置かれる。

「つうわけで今日の帰りな、シア」

「わかったけど~~」

心配で体を検分するが、もちろん怪我はない。


「予想以上にアホっぽいぞあいつ、しかも喧嘩っ早い」

『夕刻だと参戦出来んぞ。結界で遮断しての会議だ』

「あ?見てただろ、俺1人で問題ねぇよ。シア、あいつと個人的に仲良くなりたいか?」


突然の質問の意味は分からないが、未だに名前も知らない彼にあまり興味はない。

「どうして?」

「あぁいった手合は一度ぺしゃんこにしたほうがいいからな」

「ぺしゃんこ?!」

「あはははは、ジズってば容赦ないわねぇ」


愉しそうに笑うラナイに柳眉を下げたが、クランメンバーからも「あいつのためにもその方がいい」「ジズは手加減上手だから大丈夫」だと説得されてしまった。


「でもでも!最初はちゃんと自分で話をさせてね。面と向かって言えば分かってくれるかもしれないしね」

「おー、頑張れ」

『最初からぺしゃんこでいいんじゃないか?』

「もう、ヴォルク!!」



夕刻の鐘が鳴るまで、落ち着かない一日になりそうだ。

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