第20話 建国祭3
シアは今、特設会場を後に、師団員のハーバードをお供に帰宅中だ。
急遽、王宮で外賓との会談の警護に駆り出されてしまったヴォルクは、当然迎えになど来られるはずもなく、本来は騎士団の領分なんだと愚痴をこぼしながらハーバードにシアを任せたのだ。
『くだらん上っ面だけのやり取りで、なぜこんなに時間をかける』
「この声、こっちにしか聞こえてないよね?大丈夫だよね?」
小鳥の姿で愚痴ってもかわいいけど、お願いだから真面目に警護してね、ヴォルク。
「副長、外賓ってエンタート共和国のメイジャー外相では?」
『ハーバードの知り合いか?』
「まさか違います。外相には2人、娘がいるんですが、どちらも未婚で10代後半なんですよ」
『知ったことか』
穏やかで細身のハーバードは糸目をさらに細くしてシアに微笑んだ。
「まあ、副長にはこんなに可愛らしい人がおりますからね。とはいえ、対外的には優良物件な貴方と、何とかして繋ぎを取りたいのでは?」
「あ、ヴォルクとその外相の娘のどっちかを結婚させたいってことか。魔導士の実力があって、レーベルガルダの身分があって、顔もいいもんね。優良物件って確かにそうですね!」
『・・・・・シア・・・』
水色の鳥が頬にピタリと体を寄せてくる。
ふあふあする。
『こいつの性格知ってるタヌキが絶対止めるだろうな。まだ国を崩壊させたくないだろうし』
「え、崩壊させるレベルなんですか」
『あんたが知ってる副長と、シアの前での鳥の行動を見比べてみろって。別人だろ?で、こっちが本性だぜ』
ぺっと足蹴にされた水色のヴォルク鳥が黄色のジズ鳥に仕返しをしてるのだが、ぜひ肩から降りてくれないかな?
『そういえばシアに告ってきた奴どうしたんだ』
「結局来なかったもんね。やっぱり人違いだったんじゃないかな?」
『さすがにそれはないだろ』
「親切な誰かに止められたのではないですかね」
ハーバードの意味深な微笑みに気付いて小鳥たちが目を交わし合う。
『どっちに賭ける?』
『余計に火をつけた、の一択だろ』
『だな』
街はさらに活気づき、気を付けないとすぐに人にぶつかってしまう混みようだ。大会の打ち上げでもしているらしい喧騒があちこちの酒場から聞こえてくる。
ジズはこれからソーニャと晩御飯がてら、街に出てくるらしい。邪魔はしたくないので、ジズにはごねられたが小鳥もお休みさせておく。
「お住まいはこの辺ですか?たしか副長と一緒に住まわれてるんですよね」
ハーバードがなぜか腑に落ちないような顔でシアと、肩の上のヴォルク鳥を交互に見る。
「すみません。勝手な印象で、こういった場所にお住まいだとは思わなかったのです」
中心街からは離れているが、どちらかと言えば賑やかな場所で、若者向けの少しお洒落な飲食店が立ち並ぶ裏通りだ。
確かに、ヴォルクが選ぶ住居なら真っ先に避けそうな場所だろう。
『ハーバード、ここには家までの経由門を設置してあるんだ』
「経由門、ですか」
あ、この話するってことは、けっこう信用されてる人なんだ、ハーバードさん。
着いたのはよくある集合住宅。4階の角部屋だ。
「ここなんです、一応は。どうそ入ってください」
玄関を開けて入室を促すと、恐縮してはいたがヴォルクから許可も出てるので好奇心が勝ったのだろう。
「すみません、ではお邪魔して・・・これはまた、」
玄関を入ってすぐ右の小部屋へ案内すると、その手前で思わず、といった感じでハーバードが足を止めた。
その床一面には複雑な陣が書き込まれている。
「ハーバードさんもどうぞ?」
術式を解析しているのか、視線が床に釘付けのままのハーバードを陣の中央に引っ張り、魔力を流す。
「我が家へ」
一瞬視界がぶれたあと、目に飛び込んでくるのは白い小薔薇のアーチと、花が咲き乱れる庭だ。
色とりどりの花が無秩序に、だが煩雑でなく両側に咲く小路のむこうには、深緑の屋根の乳白色の屋敷が見える。
ハーバードは驚きに目を見開いたまま数歩踏み出すと
、ぐるりと辺りを見回し、暫くすると出てきたばかりの庭の東屋に敷かれている転移門の陣を振り返った。
「声と、魔力波の認証で起動する転移門ですか。こんな高度な術式を個人で普段使いとは。・・・しかし何故わざわざ?」
原因はシアだ。
師匠から森の家から追い出されるにあたり、独り暮らしは総員一致で反対された。当時ヴォルクは師団員の寮暮らしだったため、ジズのもとに転がり込むつもりでいたのだが
『シアがこっちに出てくると聞いて、早々にこの家を用意した馬鹿がいてな』
「もう、そんなこと言って。私の体調的に自然の多い清浄な環境の方がいいだろうって、ハロルディンおじさまが考えてくれたんですよ」
「この屋敷はレーベルガルダ公が直々に用意したんですか。どうりで素朴な造りの中に、あちこち手の込んだ意匠が紛れているはずです」
レーベルガルダ名義の屋敷だから自分がいた方がいいだろう、と当たり前のようにヴォルクが一緒に住み始めた。以来、通いの庭師がいるだけで2人暮らしだ。
とはいえ、シアがクランハウスまで通うには問題がありすぎる距離だ。
徒歩はもちろん、馬車などでもシアの問題体質を考えると不安が大きかった。
かつ、現役宰相とシアの関係を勘繰られないためにも、この屋敷に居を構えたことを大っぴらにするわけにはいかなかったのだ。
結果、ジズが経由案を出し、ジョナムが用意したあの部屋から転移することになったのだった。
「買い出しとかもしやすくて便利なんですけど、この転移門に慣れちゃうと、他のが使えなくて困ってます」
「あぁ、シアさんは酔いやすいんですか?確かにここまで揺り返しがないものに慣れてしまうと、通常の門は揺れて辛いでしょう」
とはいえ、これが特別製すぎるのだ。
ヴォルクに続き、宰相である公爵がここまで大切にしているシアとは何者なのだ、とハーバードは胸の内で思う。
『ハーバード、ここを知っているのはごく限られた者だけだ。分かっているとは思うが口外するな』
「それと有事の際には対処しろ、ということですね」
でなければ、経由門までは見せまい。
「彼女は狙われているのですか」
屋敷へと何かを取りに行ったシアの後ろ姿を見つめる。
『まだ不確定なことが多すぎる。が、若返ったことが原因で引き起こしている現象も含め、以前より偶発的な事故に巻き込まれる可能性が高い。常に側にいてやれればいいが、そんなわけにもいかないからな』
「では、その護り手の1人として選ばれたことを誇りと思うことにします」
『悪いな。頼んだ』
東屋の転移門から、師団の拠点にも飛べると聞いて、ハーバードは有り難く、使用して帰ることにした。
『履歴的には街のアパートからの転移記録となっているはずだ。報告の際に間違えるなよ?』
屋敷から走って来る途中でつまづいたシアは、包みを死守した代わりに膝にアザをつくっている。
「偶発的事故率高すぎる」と呟き治癒をしてくれたハーバードに首を傾げた。
「今日は送っていただいてありがとうございました。この後、師団の拠点に戻られて報告などのお仕事されるんですよね?少しなんですけど、これお口に合えば」
水色の鳥を肩にのせ、はにかみながら包みを差し出したシアに礼を言い、その場を後にした。
包みの中身は、ナッツなどがごろごろ入った、食べごたえのあるクッキーで、疲れて報告書を仕上げる体にドライフルーツの僅かな甘味がちょうどよかった。
普段クッキーなど口にしないバーナードが、明らかに手作りであるそれを食べる姿に、同僚がざわめいたが
「副長のシアさんに貰ったんですよ、いいでしょう」
の一言に、1枚ちょうだいバトルが繰り広げられることになったのだった。
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