第19話 建国祭2

大会は2日間とも大盛況だった。



魔導師団とギルドの合同模範演習は、各会場ごとに趣向が違っており、他の演習を見れなかったことを悔やむ声や、大興奮でどんな内容だったのかを教え合う人たちで溢れていた。


ちなみにヴォルクやジズの出た魔術会場は、魔術書から紐解かれていくように、円形やリボン状の魔術陣が複雑に交差する中で、術符で発現した蝶や花吹雪が舞う、幻想的なものだった。


シアも舞い落ちる花びらを掴もうとし、指が触れるとキラキラと光の粒子となる様子に、うっとりしつつ何度も掴んでは楽しんだ。




シアは結局、2日間ともこの救護テントでの仕事になった。というのも初日にシアと、2羽の小鳥に癒される人が続出したためだ。


初日の朝早く、治療に使う消耗品の用意をしているシアの肩の上にいる鳥がなんであるのかすぐに気付いたのは、救護テントの警備にあたる魔導師団のハーバードだ。


魔術バカも集まるこの会場で、魔導師団副師団長手製の魔道具があると知れれば大騒ぎになる、とこんこんと忠告され、2人に小鳥の姿で大っぴらに話しかけないよう注意した結果、言葉のかわりにちょこまかと動いて世話を焼くようになった。


2羽の小鳥はもちろん、その鳥たちに話しかけ、微笑むシアも、かわいい小動物を愛でている気分でほのぼのとし、いつもは試合後の興奮が冷めず暴れる患者が、大人しく治療を受けると大好評になってしまったのだ。


手伝う予定だった、ソーニャのパン屋にはジズを派遣したから問題ない。むしろ2人の仲が発展したか気になっている。





問題が発生したのは2日目の午後戦が始まろうという頃。



「惚れました、付き合ってください」


ハニーブロンドの癖っ毛の10代後半くらいの彼は、日焼けした肌によく映える真っ白な歯をみせて、にっかりと笑いながら小さな野の花をシアに差し出した。


「えっと。。誰かとお間違いでは」


彼は知らない人ではない。昨日ここで痛めた足を治療している。その時当たり障りのない会話はしたが、それだけのはずだ。


「一目惚れしました。強い男が好きなんだって聞きました。オレ、体術大会で優勝してくるんで、付き合ってください」


テント中が息を潜めて見守っているが、シアは大混乱だ。


「あ、あの、強い人が好きなわけじゃ、、」


『お知らせします。これより午後の部を始めます。各会場とも出場者は全員お集まりください』


「やべ!集合かかってるんで、オレ行きます!貴女のために頑張ってくるんで応援してね!」


突然やってきた彼は、出て行くのも突然だった。



「シア。鳥すっごい暴れてるけどいいの?」

「押しきられちまったな~、姉ちゃん」

「若いっていいなぁ。あいつ相当強かったし、見た目も悪くないし、いいんじゃねぇの?付き合っちまいなよ」


2日目午後は準々決勝から、つまり大詰めだ。救護テントの中は、出番を終えた怪我人な参加者が恋の行方で盛り上がる一方、師団員はなぜか顔面蒼白だ。


「シシシシシシシアさん、副長はなんて?」

「若気の至りってことで大目に見てくれますかね」

「ジズも聞いてたんでしょう?シア、頭の上、平気なの?」


ネルザの視線はずっとシアの頭上だ。なにせ告白途中から2羽ともバシバシ羽を叩きつけている。



そっと包み込んで黄色い鳥から話しかける。

「ジズ、来なくても大丈夫だからね。最後の片付けまでちゃんと手伝ってあげてね」

『ヴォルクが暴れて抑えられなかったら呼べよ?』

「あいあい」


さて水色の鳥だ。

「ヴォルクも来ちゃだめだよ?」

『なぜだ』

「まだお仕事途中でしょう」


イライラと動き回るけど、小鳥の姿じゃかわいいだけだ。

『あいつ誰だ』


・・・そういえば名前も知らないことに気づく。

隣のネルザも、ハーバードたち師団員も首を横に振った。


「知らない人だよ」

『なぜすぐに断らない』

「動揺くらいさせてよ。びっくりしてる間にいなくなっちゃったんだってば。見てたでしょう?」



どの会場からか、わぁ!と歓声があがる。午後戦が始まったようだ。


「ちゃんと自分で断るよ。それよりヴォルク。

今日、帰りは遅い?」

『迎えにいくか?』

「後片付けとか色々あるから決まった時間じゃないんだけど、大丈夫なら一緒に帰りたいな」

『わかった。用意ができた頃にいく』



固唾をのんで見守っていた師団員たちがほっと胸を撫で下ろす様子に苦笑する。

「お騒がせしました」

今は鳥たち2羽とも肩の上で大人しくしている。


「いえ。副長のお相手がシアさんのような人でよかったです」

「副長相手に話題をすり替えるなんて、すごいです」

いや、すり替えというか、ご機嫌とりというか。


「シアは見た目によらずちゃんと躾もできるのよね。狭量で独占欲の強い男の好き勝手にさせちゃあダメよ」

ネルザが恰幅のいい体を揺らして笑う。

「さて。思い込みの激しい若い坊っちゃんがシアに振られに来る前に、もうひと踏ん張りよ。ほら、ここに残ってるとあんたたちにも手伝ってもらうよ!」


ネルザの発破に居座っていた元怪我人たちがバラバラとテントから出ていく。


大会後も会場はそのままで、他の行事に使ったり、チビッ子の遊び場になる。救護テントも規模を縮小して残すので、警備についていた師団員にも手伝ってもらえば、片付けはあっという間だろう。



会場からかひときわ大きな歓声が上がる。


「優勝しますかね」

「ふふ、名前も知らない彼ですか?」


まずは誰ですかって聞きましょうか、と笑いあう。

それまで腫れ物にさわるような態度だった師団員と仲良くなる切っ掛けにはなったので良かったとしよう。





優勝したら、などと言っていた彼は確かに優勝したらしい。せめておめでとうと祝ってあげようと思っていたのだが、片付けが終わっても現れなかったため、シアたちが帰ってしまった、その裏で。



誇らしげに表彰され、高揚した気分で意気揚々とシアのもとに駆けつけようとした例の彼は、お祝いに駆けつけた友人やたくさんの人に揉みくちゃにされ、救護テントまで辿り着くことなく、街中の酒場まで連行されていた。


それを影から誘導していた魔導師団員がいたかどうかは定かでない。


件の彼は、がっちりと腕を絡めてきた女性たちを無理にほどくわけにもいかず、また、どんちゃん騒ぎの主役としてもその場から抜け出すことはできなかった。


そして彼の告白劇を聞いたという、クラン「梟の巣」メンバーの1人から、シアの恋人の話を聞くこととなる。



「魔導師団副師団長?嘘だろ」

「ここだけの話にしろよ?俺も直接見たわけじゃないけどな、クランハウス内ではもっぱらの噂だよ」

「いや嘘だろ、さすがに」


鼻で嗤ってまるで信じていないような彼に、さらに畳み掛ける。

「しかもだいぶ溺愛してる感じらしいぞ。ちょっかいだしたなんて知れてみろ、お前し返されるぞ」


「はん!だとしても魔導士だろ?魔法ばっかでほっそい、へなちょこの奴が多いじゃんか、オレ負ける気しないけど?」


酒も入っているせいで、だいぶ気持ちが大きくなっていたんだろう。強さにのみ拘り、そう豪語する彼を、可哀想な子を見るように肩を叩く。

「俺はちゃんと忠告したからな?」

「おう!任せておきなよ、オレぜったい彼女をモノにしてみせるからな!」


・・・かえってヤル気を出させてしまったようだ。

魔導師団の団員から、それとなく忠告しておいてくれ、とお願いされはしたが所詮は他人事だ。


あとでジズに相談しておこうと思いながらグラスに残った酒を呷った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る