第18話 建国祭1

イシェナル王国の建国祭は、もともとは王都にあった魔法学校で、建国に尽力した3人を称えて魔術・体術・知識を競った大会から派生したと言われている。


今でも祭りのメインイベントは特設会場での大会で、3つの部門に分け、2日間を掛けて大々的に行う。


参加者に人種は問わないが、国内に在籍していることと、ギルド員など職業として従事する者には制限があり、中級ランク未満のみ参加できる。


では高ランクのギルド員は暇かといえばそんなことはなく、自警団、騎士団、魔導師団と合同で街の歩哨や警備、大会開催の手伝いなど大忙しなのだ。


毎年の持ち回りで大会初日に模範演習を行うのだが、今年は魔導師団とギルドで一緒にやることになっていた。



「うちからはジズ君がでるんだったね。合同練習はもう終わってるのかい?」

「師団とは2度あわせただけなので、後は他のクランの参加者と練習してます。俺はそれ以外は自由行動でいいんですよね?」


祭の期間は前後夜祭を含めて計5日間。

クランメンバーはシアも含めて、2日間は何かしらの仕事をすることになっていた。


「え。ジズさん、それだけっすか」

「喜んで変わってやるぞ?」

「オレ、まだ魔術ぺーぺー剣士なんで。遠慮しまっす!」


事件での怪我の後遺症もなく、すっかりいつも通りの元気なトーヤは、なんと講師を目指すことにしたらしい。ジズについて魔術を学びつつ、魔法剣士としてランクアップを目指している。


「後はいつも通り、バース君が皆の予定を組むからね。既に建国祭期間中の依頼を受けている者も、休みや自由時間の希望があれば早めに伝えるように。悪いが皆、今不在のメンバーにも伝えておいてくれるかな?」


クランメンバーは総勢27人。今日ここに集まっているのは3分の2程度だ。建国祭まであと5日と迫り、ギルドには店の手伝いなどたくさんの依頼が舞い込み、『梟の巣』のクランメンバーも駆り出されていることが多い。



ジョナムが解散を促すと、皆慌ただしく依頼をこなしに出ていき、残ったのは幹部メンバーのみ。



「ラナイさん、お子さんは大丈夫なんですか?」

「今回は1日だけに免除してもらっちゃった、みんなごめんね」

「まだ3歳と5歳でしょう?仕方ありませんよ。旦那に任せるわけにもいきませんしね」


そんなレッカスも2児の父だが、10歳を越えてからは親は煙たがられるんだ、と嘆いていた。


「シアさん、シアさん。ラナイさんの旦那って?」

小さくこっそり、聞いてきたトーヤに

「あら!トーヤは知らないんだっけ」

と、いい笑顔で返したのは当のラナイだ。


「目の前にいるわよ、ねっ?」

「へ??」


「改めまして。ラナイの夫のジョナムです。今後とも夫婦共々よろしくお願いしますね」

優雅にお辞儀をすると、悪戯げに微笑んだ。


「っええええええええええー!!」

「うるせぇ」


絶叫するトーヤに、ジズの拳骨が落ちた。





「あれ、シアさん1人なの?珍しいね」

「おつかいかね?道はわかるかい?」

「パン屋の手伝いに入るのはいつ?明後日か!買いに行くからねっ」


1人で道行くシアにあちこちから声がかかる。

前夜祭を夕方に控えた街は、ものすごい人混みだ。


所狭しと並んだ露店は取り扱っているものも様々、食欲をそそる匂いもあちこちから立ち上ぼり、祭へむけての熱気が高まっていた。


普段であっても迷子になること必須。こんな人混みの中では一人歩きなどあり得ないシアには、ちゃんとお供がいるのだ。


「ままぁ。おねえゃんの鳥さんほしいー」

「あら、ずっと止まってるなんてお利口な鳥さんたちね」


すれ違う親子の会話に苦笑する。今、シアの肩の上には2羽の鳥がいる。


もちろん、ただの鳥ではない。



建国祭の間はあちこちでトラブルが多発する。

シアが巻き込まれないわけがなく、だがヴォルクやジズは忙しくしていることが多い。


1、2年目は公爵家でほぼ軟禁。

3年目はラナイの幼子の世話をクランハウスで。

4年目に意気揚々と出掛けた先で荷物と共に馬車に放られ、隣街まで強制遠足となった。


『おい、なんで今階段降りたんだよ。降りんな、真っ直ぐだ、まっすぐ』

『前方で騒ぎが起きてるようだ。次を右に曲がって迂回しろ。違う、右だ』


5年目の今回、3日間を掛けてヴォルクとジズで何やら難しい術式の設計、組立をし、シアの見守り(監視)役として出来上がったのが、この鳥さんたちだ。


2人の意思を反映して動いてしゃべって、小言もいう。


もとはシアの部屋にあった置物の小鳥に術式を添付しているので、水色と黄色の2羽で、一筋だけそれぞれに黒紫と琥珀が入っている。



魔力を練り上げる式鳥とはちがい、もとの置物の重さがあるのだが、それが本物の鳥を連れて歩いているようで、ご機嫌で2人の待つ特設会場に向かった。



そもそもは、今日の昼過ぎのことだ。


クランハウスは建国祭の間は、メンバーの休憩所になる。警備の合間の飲食や、軽傷の手当てが出きるように、細々としたものを用意するのもシアの仕事だ。


シアの周りをちょんちょんと跳ねる鳥たちに気付いたのはバースだった。


可愛い見た目の、可愛らしくない監視役なのだと説明すると、術式マニアの彼は使用術式が気になり手を伸ばし、高速のつつきに慌てて引っ込めた。


「すごい高性能かつ、なんて緻密な造りなんだ」と、うっとり眺めるのはやめていただきたい。


「おや、可愛らしい護衛ですね」

「マスター、どうしました?」

顔を出したジョナムにバースが声を掛けたが、用があるのはシアのようだ。


「シア嬢に折り入ってお願いがあるんです。大会の会場に詰める予定だった治癒士のひとりが、酔っぱらいの騒動に巻き込まれて負傷しましてね。急遽補充する必要があるんですが、こんな時ですから何処にも余裕がなくてね」


建国祭の間は、体調不良者や怪我も多く、どこの医者も治癒士もめいいっぱいなのだ。


「シア嬢は薬草の知識があり、簡単な手当てなら出来るでしょう?手伝いに行ってもらえないでしょうか」


素人同然のシアでも大丈夫なのか不安ではあったが、会場にいるネルザから指示してもらえる、と聞いて手伝いを決めた。


『いつまでだ』


話す、とは聞いていても驚いたのか、バースが目を見開いて水色の鳥を見ている。

「本当に話すんだ、すごい」


「ヴォルク君かな?明日だけですよ、明後日は他で都合がつくようだからね。予定どおりソーニャのパン屋で手伝いしてもらいますよ」

『シア、この後こい』


首をかしげるのを見越したように

『おい、それじゃ伝わんねぇよ。シアは会場を下見した方がいい。夕刻になれば俺達の手が空くから、案内してやれる。こっちに来れるか?』

と、もう1羽の黄色の鳥が話す。


「ジズのほうも話すのか!すごいな!!」

「夕刻までに会場に行けばいいのね?道案内は鳥さんたちがしてくれるんでしょ?よろしくね」



そんなわけで、肩の2羽にアレコレ言われつつも無事に特設会場まできたのだ。


普段は野外演奏会などで使われる、木々にかこまれた広大な敷地を3つに分けて各会場を設営してあり、それぞれからちょうど中間地点に救護用のテントや案内受付がある。


「2人はどの会場に出るの?」

「俺もヴォルクも魔術大会のとこだよ」

「一緒なんだね!ちょこっと見に行けるといいなー」


視界が定まらず気持ち悪い。と、会場で出迎えたジズに置物に戻されてしまった鳥たちは、2羽とも今は鞄の中だ。


「模範演習は大会前だから、まだシアは忙しくないんじゃないか?ネルザに聞いてみな」


救護テントで準備していた何人かに挨拶をした後は、ジズについて各会場までの道順を覚える。

「明日はとにかく人がすごいと思うから、人の流れに流されないようにしろよ」

「うぅぅん、それはあんまり自信ないなぁ」


「わるい遅くなった」

会場を覆う結界も、危険人物が会場に入り込めないように弾く仕掛けも、魔導師団の仕事で、ヴォルクはその最終確認をしていたはずだ。


「お仕事、大丈夫なの?」

「もう終わりだ、後は明日その場で対応する・・・どうした?」


シアを背に隠すように動いたジズに、ヴォルクも隠されたシアも「ジズ?」と問うと、ヴォルクの背後である、会場入り口にむけて顎をしゃくった。


「うわ。・・・師団の人?」

そこには、折り重なるようにしてこっちを見ている師団の面々が。


振り向いたヴォルクが小さく「暇人どもめ」と呟き、向かっていこうとする手を慌てて掴んで声をはる。


「あの!この前の任務の時はありがとうございました。これからもヴォルクをよろしくお願いしますね」


自己紹介したあと、ぺこりとお辞儀をしたシアに、頭上からため息が二つ。

「だって、この前の時は挨拶もしてないんだよー」


師団の面々からは、「あの副長の手を掴んで止められるなんて」「かわいいなぁ、しかも礼儀正しい」

「女神かっ」「急いで終わらせたの、これが理由かよー。羨ましくなんかないぞー」など色々な呟きが、わりとはっきり聞こえてるけどいいのかな。


「おい、師団あんなで大丈夫なのか?」

「・・・シア、いくぞ」


ヴォルクに手を引かれて歩きだしたが、マイクが話していた好感度云々を思い出した。

「あっあの!!明日は救護テントでお手伝いさせてもらうので、何かあったらいらしてくださいね」


もっとヴォルクがみんなと仲良くなれますように。


願いを込めて、師団員に手をふると、みんなぶんぶん振り返してくれた。


「みんなイイ人たちだね」

「だとよ」

ニヤニヤ笑うジズと苦虫を噛み潰したようなヴォルク。

余計なお節介だったかな、と見上げたシアのおでこに口付けが落ちてきた。



もう間もなく、前夜祭開始の合図の花火があがるはずだ。高まる高揚感の中、今年は3人で一緒に見れる幸せに頬が弛んだ。

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