第17話 お茶会もしくは公開処刑2

「じゃあ、今のシアちゃんの姿になったときの裏話ね」

「詳しい任務内容は話せないけどザバナ山の方への遠征だったって後で聞きました」

「国境域じゃない!またえらく遠いとこ行ってたのねえ」


マイクがシーっと、唇に指をあてる。

「2人とも、ここでは特定地名を言っちゃだめだよ?」

「あ、すいませんっ」

「あら、ごめんなさい。で?」


「あの時はホント大騒ぎになったんだよー」





4ヶ月に渡って綿密な計画のうえの任務の大詰めの日だった。カーリング団長を筆頭に対象の制圧と

確保はほぼ完了し、残務処理と撤収準備を行っていた。


マイクは捕虜から抜き取る情報を精査しつつ、各方面への種まきの算段を立てていた時だ。



たまたま隣に立って団員へ指示を出していたヴォルクがピタリと動作を止めた。


虚空を見つめた一瞬後、舌打ちと共に猛然と何かの術を組み立て始めた。呆気に取られる団員に、術を組み立てながら残りの指示を一気に捲し立てている。


動揺する団員の気配にマイクが目をやり、異様な魔力の奔流に気付いたカーリングがこちらに足を向けたのとほぼ同時。



突如、団員のひとりが絶叫しながら首を掻きむしった。



狂ったように奇声をあげながらもがくその首に、じゅうじゅうと皮膚を焦がしながら、焼け爛れたような魔方陣が浮かび上がる。


「憑かれていたか、まずいな。急ぎ捕縛と治癒をしろ!」


がくがくと震えながら口から血を撒き散らす様子に、カーリングが指示をだした。が



「シネ。シネシネハジケトベ」



ぶわり、と魔力が膨れ上がった。



「いかん!総員結界をはれ!!!」

カーリングの怒声に誰もが大惨事を覚悟した、瞬間。




「カーリング、悪いが先に抜けさせてもらう」


手のひらの一振で全ての事象がキャンセルされた。




ヴォルクはついでのように魔術で拘束をすると、

なにか叫ぼうとした団員を蹴倒し昏倒させた。


「・・・あ?ああ?抜けるってなんだ、説明しろ。つうかお前、今何やった!」


珍しく焦りを滲ませ、再度虚空を見たヴォルクが片足で地を踏み鳴らす。

現れたのは見たこともない高濃度の魔方陣だ。魔力が立ち上る煙のように可視化され、術式のうえを揺蕩っている。


「おい!!!ヴォルクなんじゃそりゃ・・」

「説明は後でする」


渦巻く魔力が術式の中に吸い込まれる、とヴォルクの姿も忽然と消えていた。



全てが一瞬の出来事過ぎて、皆呆然としたまま固まっている。



「わー、なんですか今の、転移?初めて見た術式ですよー」

マイクがウキウキしながら術式の証跡をたどろうと近づくと、カーリングにぐっと首根っこを掴まれた。


「おいなんだ今のは。つうかあいつはどこ行きやがった!」

「ええー。見たまんまですよー。片手間に魔物に憑かれた団員の暴発術式全部消去して、転移してサヨナラです。さすがに行き先はわかりませんよー?」


「なんだあの魔力は!まだあんなに隠してやがったのか!!!」




「もうね、あの鉄面皮な副師団長を焦らせたのは何事だ、って帰路は大盛り上がりでねー。その上、団長のとこに届いた式鳥が1週間休むって啼くもんだから、団長の怒気で飛竜が怯えて飛ばなくなっちゃってー」


あああああ


ラナイが目をキラキラさせて聞いている横で、シアは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


憑かれた団員は無事だったよー、と朗らかに言われても。いや、無事で良かったけれども。



「なのに理由が分かった途端、あの団長が『あの子が原因じゃなぁ』なんて大人しくなったもんだから、更に紛糾してねー。ヴォルクさんの女か?団長の隠し子かって、みんな直接本人に聞く勇気がないから余計にすごい騒ぎでねー」


そういえば3日休暇をとったあと、仕事から帰ってきたヴォルクが、やたらウロウロしてる団員がいて目障りだったって話してたよ、これか。これか!


「あら。じゃあこの間の囮捜査でお披露目になっちゃったってわけ?」


「そうそう!いつも手段を選ばない冷静沈着なヴォルクさんが結構感情的に囮捜査を拒否してたから、これはもうあのときの相手だ!ってみんなピンときちゃってさ。実はあの任務の参加立候補者が半端なく多くてさー。くじ引き始まる寸前で団長と副長両方の雷が落ちてね。すごかったんだよー」


ぷふふー、と堪えられてない笑いをもらすマイクがどんどん追い討ちをかけてくる。


・・・お披露目。私、どんな目で見られてたの


「ま、かくいう僕もそうだったんだけどねー。思い返せば休暇後からやけにピリピリしてたし。いつもに増してさっさと帰ってたのは、シアちゃん若返っちゃって可愛さ倍増しちゃったからなんだよねー。いやー、初めてヴォルクさんが身近に感じられたんだよー、親近感?」


「・・・ヨカッタデス」


「いやでも本当にそうなんだよ?僕だけじゃなくてね。頼りにはなるけど、取っつきにくかったからさー。人間味がでたって団員からの好感度、だいぶあがったんだよー。」

「わかる、わかるわー。部外者の私ですら思ったもの。あぁ、ちゃんと男の子だったのねーって」


「大切にされてる(の)ねー」


突っ伏した顔が絶対赤くなっている。

なにこれ公開処刑なの??


ぴるる、と追加でやってきた琥珀の式鳥が、頭をつつくが顔があげられない。ちょっと待っててー!




「んふふ。実に有意義なお茶会だったわね」

ご機嫌でクランハウスに帰るラナイに、念のため確認したが、やはりすでにマイクの印象は朧気になってしまったという。恐るべし師団の諜報部員。



なかなか帰ってこないシアたちを心配したジズに小言をもらう前に、念のため、マイクと会った経緯から話の内容までを大まかに伝える。


帰り際「今度の合同演習にはシアちゃんもぜひ来てね」と誘われたことも伝えると、おでこを小突かれた。


ひどい


「ラナイも今回は反省してくれ」

「悪かったわ、さすがに諜報部員だとは思わなかったのよ。ノリは良かったし、シアの事も分かってて話をしてるって感じだったし。・・・ちょっと迂闊だったわ」


どんなに親しみ易く、気軽に話しやすいと感じても、相手は有能な諜報部員。しかも魔導師団の団員だ。

話題も印象も、操作されていると思ったほうがいい、と。


「シアは特に興味を惹いてしまったようですから。出来るだけ1人での接触は避けてくださいね」


レッカスにも笑っていない笑顔で釘を刺された。



ちなみに、マイクと会ったことは当たり前のようにヴォルクにバレていた。


恥ずかしくて居たたまれなかった、と話していたときは、にこやかにだったのに、みんなからの好感度上がって良かったね、の一言にすっと真顔になった。


だから慌てふためいて、失言を誤魔化すためによりによって合同演習の話をしてしまった。


「シアが行く必要はないだろ?」

「まだ参加したことないし、医療班として参加してもいいかなぁ・・・なんて。ヴォルクがいなくてもジズは参加するだろうから、だいじょ・・う・ぶ、じゃないのかな?」


「ふぅん、ジズがいれば大丈夫。ふぅん」



その後は散々、ヴォルクのココロの狭さを身をもって実感させられる事になった。が、ひとまず行けることにはなった。



いつもはサボって裏方にまわってばかりの演習にヴォルクが参加するとなって、師団側が大いに盛り上がったそうだが、何はともあれ、まずは建国祭を無事に終えてからだ。

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