第15話 宰相タヌキ


セージグリーンと灰白に、こっくりとした深い茶色で纏められた部屋は、いつ見てもシアの心を踊らせる。

落ち着いた色味でも地味にならないのは、細やかで繊細な意匠が施された家具や、装飾が華を添えているからか。


ハロルディン=レーベルガルダ、イシェナル王国の現宰相の本邸にお呼ばれしているシアは、微笑ましくこちらをみていた当主に、にこりと微笑み掛けた。



「いつ来ても素敵ですね!」

「ずっとここに居てもよいのだよ?」


目の前の、好物ばかりが並べられたテーブルも。


左隣のヴォルクからシアの皿に大好きなパテが乗せられる。遠慮なくいただきます!


「お食事もすごく美味しいです!」

「ここに住んじゃえば毎日たべられるのだよ?」


まだ体調が万全でないシアのために用意してくれた、酒精のない果実水も。


右隣のジズがグラスに追加して注いでくれる。


「この時期にモモリーの果実水が戴けると思いませんでした!」

「早くうちの子になりなよ、シアちゃん」



「黙れ、狸」

「毎度懲りないな、おっさん」

「君たちばっかり、いっつもズルイよ!隣、交換してよ!」


身分や立場を考えれば不敬もいいところだが、この面子にとっては毎度お馴染みのやりとりだ。





クランで誘拐事件の報告会のあと、いつもと同じように市場通りに迎えに来ていた目立たない馬車にジズと二人で乗り込み、いつもと同じく邸の門前で待っていたヴォルクと合流。

5年前から頻度の差や時間帯の違いこそあれ、繰り返している訪問だ。



「それにしてもシアは本当に可愛くなっちゃった

ねぇ。おじさん懐かしくて懐かしくて」

「20歳前後くらいの見た目に戻ってると思います。あ、ちょうどヴォルクを養子にしたときくらいですね」

「えええー。ヴォルクのことはどうでもいいかな」


元々は師匠の知人で、シアたちは師匠と暮らし始めた時から知っている人だ。

生活能力がないに等しい師匠が森の中のお家で生きてこられたのは、きっとこの人のお陰だと思っている。


あの頃も今も、立場上大っぴらにはできないが、3人の事を気に掛け、手を差しのべ続けてくれる大恩人だ。



「色々報告も受けてるけど、シアは今、困ったことはないかい?」


シアの両隣に座っているヴォルクとジズからせっせと世話を受けているので困ってない、と言おうとすると


「ナンパがひどい。以前に増して目が離せない」

「ヴォルクの執着と拘束が酷くて面倒臭ぇ」


「君たちには聞いてないけどね?」


ふむ、とじっとシアを見つめたハロルディンの瞳に心のうちを見透かすようだな、と思う。


「じゃあ。今、シアが抱えているのは誘拐事件関連の不安かな?」


「・・・・そうですね」





今日の、クランの報告会でのことだ。


最後までわからなかった、アルマとベイカーの接点だが、これは現傭兵ギルド長からの報告で明らかになった。


生き別れた妹がいるので探してほしい、と依頼があったのだという。外見の特徴は詳細に指定するが、妹であるはずなのに年齢指定は曖昧な依頼だった。しかも異様に依頼達成報酬額が高い。


「明らかに不審な依頼ですので、本来であれば受理しません。が、担当した者が、前日にジズさんを理由に想い人に振られたらしく、腹いせに困らせてやろうとしたようです」


オレンジかピンクの髪で色白の細身の子。


きっとシアの事がすぐに思い浮かんだのだろう。過保護に構っているシアに何かあれば、ジズが困るだろうといったところか。


「アホですか」

「申し訳ない。しかもそれを、その場に居合わせたアルマが聞きつけ、介入したようです」


アルマ自身もシアへの確執だけでなく、高額な報酬を手にする必要があったのだ。


「彼女、ギルド登録は15歳になってすぐなの。なのに2年たった今、クランに入団してるのには理由があってね」

「入団前は父親と、その仲間とパーティーを組んで仕事してたのだよ。魔力保有量は多くないアルマは戦闘には参加させてもらえず、雑用やら世話係として働かされていたようでね」


そのパーティーが魔物討伐に失敗し、戦闘に参加させてもらえなかったアルマ1人が生き残った。


「博打好きの父親には借金があったの。借金返済のため、1人でウロ覚えの術符使って依頼を受けようとするアルマを、ギルドが心配してうちに寄越したのよ。でもうちで受ける依頼じゃ返済が間に合わなかったみたいね。とはいえ、彼女自身も倹約してたとは言えないけどね」


出会ってすぐから毛嫌いされていたのは・・

「アルマからしたら、依頼に参加もせず、守ってくれる誰かに甘えている私は、許せなかったのでしょうか」


「だとしても、それはアルマの勝手な理由だろ。

シアの事情を顧みる事なく批難するのは違うだろ」

「今回のは特に、彼女の思い込みと逆恨みがほとんどよ、シアが気にすることないわ。それにどんな理由があろうと犯罪に手を染めたのは自己責任だわ」


そんなアルマは、ベイカーから手に入れた魔血石に仕掛けられていた呪術をまともに浴びた。全身の皮膚が溶け出す呪いを魔導師団預りで治療中だ。


そして正式にクランからも、ギルドからも脱退させられたのだ。





「あの時は魔薬のせいで記憶が曖昧なんですけど。ベイカーとは別に、私自身に興味をもって接してきた人がいたはずです。そしてその人は捕まってないって聞きました」

「アルマのように、誰かを巻き込んでしまう次があるかもしれない。それが怖いかい?」

「・・・はい」


膝の上でぎゅっと握った手は、上からヴォルクの手が包みこんだ。


「ベイカーの場合はたまたま容姿が似通っていたから、私が狙われたんだと分かっています。でももう1人の人は、私個人を認識しているようでした」

「うーーーん。相手が何を目的としてるかがハッキリしないから、余計怖いのかもね。調べるのはヴォルクも、もちろん僕も頑張るから、シアはもっと違うことに気を配っておこうか」

「違うこと・・・・?」



「うん、とりあえずトラブルに巻き込まれない努力をしようね」



ぐっっっ

「シアが巻き込むより、確実に巻き込まれる確率の方が大きいからね」

「色んな事に気ぃ遣いすぎなんだよ、まず自分に気を遣えって」


「おじさまもジズもヒドイ・・・ヴォルクぅ」


見上げたヴォルクは、珍しく困惑した顔で首をかしげた。

「トラブルの方から寄ってくるからな。・・・部屋に閉じ込めるか」

「軟禁はんたーーーーい!!」


いや、確実に監禁じゃね?とニヤニヤしているジズも、お籠りするなら此処にしなよと誘うハロルディンおじさまも。



深刻になり過ぎないように、茶化しているのだと分かっている。

切り分けた料理をせっせとシアの口に運び込もうとしているヴォルクも含め、守ってくれる大切な人をこれ以上心配させないように、下を向きすぎないようにしなくては。



気持ちを切り替えようと、手近にあったグラスをぐびり、と一気に飲み干したシアに3人が同時に青褪めた。


「シアそれ、ヴォルクのグラス」

「よりによって俺のを飲んだのか」

「はいお泊まりコース決定ー」


「なにこれ!喉痛い、熱い!まずいぃ」




度数の高い酒に、あっという間につぶれたシアが完全に寝入ったのを確認した後、3人がそれぞれ安堵の息を吐く。


「半ば無理矢理ではあったけど、不安を吐露してくれてよかったよ。どうしてもシアは胸の内にしまいこんでしまうからね。ちゃんと君には話せているかい?」

「いや、俺が気付いて話させなければ、話題にのせることもないな」

「変なところで甘え下手なんだよな」



膝枕をしながら寝ているシアの髪をほどいてやる。ふわふわとこぼれ落ちるピンク色の髪をヴォルクが柔らかい表情で撫でている様子に、ハロルディンが目元を緩める。


「例の話、シアから承諾もらえたって?」

「ああ、諸手続きに必要なものがあったら教えてくれ」

「え!まじか、やっとかよ」

「若返ったことで踏ん切りがついたようだ」


「手続きはある程度こっちでやっておくよ。ただ面倒なしがらみがどうしてもついて回るから、2人ともこれまで以上にしっかりシアを見てやっておくれよ」



長年の既知の間柄とは言え、男3人に囲まれても警戒の欠片もなく、念のため遮音の結界を敷いてはいるが、気配に目を覚ますこともない、安心しきった無防備な寝顔に、3人が3様に息をついた。


「シア自身にも少し、危機感をもってもらうのが手っ取り早い気がするのは俺だけか?」

「一応、危険感知は予感として感じるらしいぞ」

「シアの危険の水準は他人にも危害がでるかどうか、だろ。自分にふりかかる危険予知は、あんまアテに出来ないって」

「困ったねぇ」




次の日、公爵宅の客間で目覚めたシアは、背中からシアを抱き込むように寝ているヴォルクの寝顔に安堵の息を吐き、身を包むピラピラスケスケのお姫様ネグリジェに気付いて、気が遠くなり掛ける。


服を脱いだ覚えも、これを着た覚えもまるでない。



そして飲酒後の記憶がまったくないことに冷や汗をかくのだった。

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