第14話 誘拐事件その裏2
レッカスはクラン「梟の巣」設立当初からのメンバーで、今ではマスターであるジョナムに次ぐ年長者だ。
狼獣人だからか本来の気質か、群れを纏める力に秀で、若手の多いこのクランでは皆の兄貴分として慕われていた。
5年前、まだ少年といってもいいジズが入団。半年程遅れて、同じ師に師事していたというシアが運営の手伝いとして働きだした。
レッカスはもともと、シアへの過保護をジズに諌める側だったのだが、彼女のトラブルへの巻き込まれやすさと体調の崩しやすさが気になり、気付けばあれこれと口をだす側になっていた。
いつからか不思議に感じていた矛盾はあったのだ。
シアが体調を崩して家で休んでいても、あれだけ過保護なはずのジズは看病のために休んだりはしない。そのくせクランハウスで、包丁で指を掠めて出血しただけでも大騒ぎするのだ。
シアが纏う柔らかで瑞々しい空気と、濃密で仄暗い魔力の香気。
気にはなっていても聞けずにいた、その謎の答えが魔導士ヴォルク=レーベルガルダだとは。
魔導師団の一室が捜査拠点と実戦部隊の待機場所になっているのだが、この場にいるのはヴォルクとレッカス、ジョナムを含めても10人足らずだ。
ひっきりなしに飛び込んでくる式鳥。おそらく伝達系の魔道具を数種類手元におきながら、駆け込んでくる団員からの報告をさばき、的確で細やかな指示を出しているのはヴォルクだ。
今回、カーリング団長は別任務に当たっているため、現場の指揮は副師団長であるヴォルクがとっている。
異例の若さで魔導師団の副師団長に就いただけはあり、同時にいくつの処理をしているのかはわからないが、ジョナムたちクランメンバーへの情報共有もスムーズで、指揮は堂々と迷いがなかった。
「囮役が目的地についたようだ」
温度を灯さない金の瞳には、今は片眼鏡がかけられている。トーヤと行動を共にしているシアがもつ魔道具と、視界を共有しているらしい。
シアと魔道具でのやり取りをしながら、手では魔力を練り上げ何処かに式鳥を飛ばし、広げられた地図に印をつけた。
「居場所がわかりましたかな」
「いや、更にここから飛ぶだろう・・・まずはここだな。2人向かってくれ」
アルマとトーヤを保護してくるという。
「女の方は石を持っている、必ず押さえろ。男の方は怪我をしているようだ。医務室へ搬入、治癒をしておいてくれ。実戦部隊、参集!」
「レッカス君。申し訳ないが私はここで戻ってきたアルマを対処するよ。シア嬢をお願いできるかい」
「承知しました。トーヤの怪我の確認もお願いします」
予想通りにシア一人がベイカーに拐われ、別場所への転移を確認すると、事態が一気に動きだした。
トーヤとアルマはジョナムにまかせて、レッカスは師団と実戦に加わることになる。
「ベイカーの位置を捕捉。場所は予想通り、奴の元屋敷跡だ。囮も一緒にいる。すぐに出発するぞ」
師団の出入り口のゲートで、ベイカーの元屋敷のある首都の北部方面に転移する。用意してあった小型竜が牽引する箱馬車に乗り込むと、今後の作戦が伝えられた。
「本邸の他に、別邸が同じ敷地のなかに2つ、使用人棟の離れが1つある。これまでの被害者がその中のどれかにいる可能性が高い。保護班はその探索から始めてくれ」
「犯人がいた場合は捕獲優先ですか?」
「下っ端は捨て置いていい。石を持っていたら捕縛しろ。ただし保護班の最優先は被害者の救出だ。戦闘はこちらに任せてくれていい」
作戦の途中でも、片眼鏡で様子を見守っているのだろう、時折シアに話しかけている。その時だけ僅かに柔らかくなる表情に気付くが、団員がにまりとしながら首を横にふった。
(指摘するなってことか。もしかして本人は無自覚か?)
途中合流した団員を含めても15人足らず。うち2人は医療班なので箱馬車の中に居残りだ。
ベイカーの屋敷に着くと、作戦通りに2つの班に分かれて動き出す。レッカスはヴォルクと同じで、犯人の捕縛がメインだ。
「生体反応からいくと、数が多いのが使用人棟の離れです。被害者でしょう、だいぶ衰弱しているようで気配が弱々しいです。ほか、別邸に12~15人。高魔力保有者は確認できませんが、おかしな魔力の歪みがあちこちにあります。本邸には1~2人。こちらはおそらくベイカーかと」
汗だくになりながら集中して魔力の気配を探るのは、まだ年若い師団員だ。へとへとの様子に、少し休んでから保護班に合流するよう、ヴォルクが声をかけているのが意外だ。
「なんだ」
「いえ、部下への気遣いもするのだな、と思っただけです」
「くだらん。効率を考えれば当たり前の事だ。あんた狼獣人だったな。犯人の潜む場所が嗅覚で探れたらやってくれ」
堂々と別邸の正面から突入し、次々と犯人を捕縛していく。魔導師団の実力は圧倒的で、戦闘そのものは問題なかったが、厄介だったのは魔血石だ。
犯人のうち1人が魔血石を飲み込むと、目の前でグニャリと体が溶けるように崩れ落ちた。ぐにゃぐにゃの体が再び起き上がると、咆哮をあげながら馬鹿みたいな魔力を放ってきた。
「なんですか、あれは!ばっ、化物になってるっ」
それでもさすが魔導師団なのか、数人がかりでも倒していく。が、追い詰められた残りの犯人たちが次々に石を飲み込み、周囲は化物だらけになっていた。
「落ち着け。魔力は跳ね上がっているが知能が相当低下している。必ずペアを組んで1体ずつ対処しろ。レッカス!あんたが一番動きが俊敏だ。こちらが動きを止めたら術符を・・・・」
ふと、ヴォルクが言い淀んで、本邸の方角に視線を滑らせた。
「副長?」
「どうしました」
化物からの攻撃の最中だ、余所見をしている場合ではない。
「・・・・・・あの野郎」
ヴォルクの魔力圧で空気がビリビリと震える。
化物たちが刺激されたように大きく咆哮をあげた。
「作戦変更だ。最短で片付ける」
「は?なにを・・・」
「悪いが魔血石の欠片集めを頼む」
ヴォルクが片手を上にあげると、現れたのは3重の魔方陣だ。バチバチと紫電を放ち頭上と左右、化け物を取り囲むように陣が大きさを増す。
「一気に爆破処理する。自分の周りに結界をはっておけ」
化物たちが怯えたように、取り囲む魔方陣に攻撃をしているが、まるで効いていない。
団員たちか慌てて張った結界の内側で、レッカスは呆然と見ているしかなかった。
一瞬だ。
結界内部にまで吹き荒れた爆風と、眩しい閃光に瞑っていた目を開けると、そこには何も残っていなかった。
「次に向かう。2人は石の回収に残れ」
駆け抜けるように3箇所、同じようにヴォルクがあっという間に片付けてしまう。途中、ギリギリと歯を噛み締めながら名前を呟いたので、シアの身に何かあったのだろう。
だが、冷静沈着だとされている彼が、こんなに動揺を顕にするとは思わなかったのだ。
「下へ戻り保護班と合流。医療班の手伝いと、今、到着した諜報部員に協力して、必要なモノがあったら押さえろ」
早口での指示に気が急いているのだと知れる。
金の瞳は無理矢理感情を抑えているのか、触れたら切れそうなほど凍てついている。
「囮役を救出してくる」
「待ってくださ」
自分も救出に行くつもりだったが、言葉を紡ぎ終わる前にヴォルクの姿は掻き消えていた。
程なくして、師団の制服の上着でくるんだシアを抱え込み、箱馬車の前にやってきたヴォルクは、心配する程顔色が悪い。
「シアは大丈夫ですか!」
レッカスの問いには答えず、シアを深く抱え込んだまま、待機していた団員に撤収までの指示を淡々と伝える。
鼻を掠めた血の匂いに視線を巡らせ、チラリと見えたシアの顔に、ベッタリとついた赤に息をのむ。
「怪我をしてるんですか?シアはどうしたんです!」
伸ばした手は邪険に振り払われた。
「触るな」
「なっ!何を言ってるんです!怪我をしているのなら早く治癒をっ」
「完治している。触るな」
「何揉めてるのー」
のんびりと話しかけてきたのは諜報部員のマイク、だったか。ヴォルクが抱えているシアに気付くと、ああーだめだよ、と非難の声をあげる。
「早く連れ帰ってあげなよー。ここは僕があと引き継ぐからー。とりあえず式鳥でいいから報告はとばしてねー」
悪い、とそのまま転移して消えたヴォルクとシアを呆然とみていると、すごいよねぇと声を掛けられた。
「転移ってさ、すごい魔力を食うんだよー。師団員は比較的、簡易転移陣を使うけど、緊急時だけなんだよー」
「彼はどこへ?」
「家かキミんとこのギルドじゃない?簡易転移陣の移動範囲外だけど、彼はそもそも転移陣使ってるかもあやしいからねー」
いち魔導士としても、師団という組織のなかでも優秀であることはわかった。
シアに対しては随分と心を砕いているのだと安心も出来た。が
「彼は、大丈夫なのか」
その大きすぎる魔力が。
突出しすぎている能力が、シアへ悪い意味で波及するのではないか。その存在に振り回されているのではないか。
「大丈夫じゃないかなー。お目付け役がいるみたいだし、意外とシアちゃんが手綱とってるんじゃない?」
釈然としないでもなかったが、クランヘ帰ったあと、頑なにシアを抱いて離れないヴォルクと、叱りつけるジズの姿に、なぜかほっとしたのだった。
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