第13話 誘拐事件その裏1
師団との誘拐事件の捜査計画をたてたとき、ジョナムとレッカスにのみ共有された情報がある。
トーヤとシアは帰宅後のことだ。
「赤黒い魔石、ですか」
「多国間に跨がる犯罪組織をたたくことは、今回は二の次だ。今回の本当の捜査目的はその魔石にある。二人とも見聞きしたことは?」
「いえ」
レッカスとは違いジョナムは熟考しているようだ。
「ジョナム前傭兵ギルド長、何か知ってますかね」
「いいえ、カーリング師団長。気になることはあるのですが、先に話をもう少し詳しく教えてもらってもいいかね?それから、今はクランマスターですので呼称を、わざと変えないでくれますかな」
ヴォルクが虚空にむけ、術式らしいものを描き、手のひらをくるりと返す。その手にすぽりと収まる程の小箱が現れ、ジョナムへと手渡した。
「検証は済んでいる。中身を手にとっても何の問題もない」
中にあったのは小指の先程の赤黒い欠片。光に翳すと微かに赤味が分かるがほぼ黒に近い。
「ベイデックで魔法騎士連続殺害の捜査に当たった際、確保寸前ではじけとんだ、犯人の肉片から押収したもんなんだが。ヴォルク」
「魔血石という。100年ほど前に禁術になった、人体から生成する魔石だ。通常の魔石とは内包魔力が桁違いだ。当時は魔力保有者を最低10人犠牲にして石を1つ作成。魔導士クラスが使用した場合、家を爆破する力で街を吹き飛ばせる。戦争で実際使用されたが、魔導士以下の魔力保有者の乱獲が発生。暴動、内乱がおき結果、戦争どころではなくなった」
「そんな危険なものが、禁術とはいえ記録が残っているんですか」
ヴォルクはゆっくりと首を振った。
「いや。生成方法の記録は全て焼却。当時現存した魔血石はすべて粉砕されたはずだ。またこれに関しては、記録に残す行動をとった場合に発動する呪がかけられている」
「口伝もできないはずなんですね?」
「ところが現物がここにある」
赤黒い小さな石の欠片を前に沈黙が降りる。
「人伝の情報ですので、精査はお任せしても?」
静かに話し始めたジョナムにカーリングが頷く。
「もちろんだ、それで?」
「7年前にグリーディア神聖皇国、北部地方の教会で30人程の殺人がおきた事件はご存じでしょう?。被害者はみなある程度の魔力保有者で、教会地下から干からびた状態で発見されました。犯人はその教会のシスターでしたが、精神錯乱が激しく意味不明な言動から、狂ったがゆえの犯行とされています」
有名な話だ。神聖皇国でのシスターの凶行のため箝口令が敷かれたが、あっという間にひろまった。
「ここからはシスターを捕えた憲兵のひとり、今は皇国の総ギルド長の話ですが。シスターは『紅き輝きとなりあの方とひとつとなるのだ』と牢のなかで延々と繰り返したと」
「紅き輝き、か」
「ええ、その意味を問うても返事が返ってくることはなかったと。そして、ある日前触れもなくもがきながら死んでしまったといいます」
「マイク」
「は、すぐに」
マイクの退出を見届けるとカーリングはすっと頭を下げた。
「情報提供に感謝する。本来、この話は漏らすべきではないので内密に頼みたい。ギルドという多国間に跨がった組織の情報網はさすがというべきか。できれば今後も協力を願いたい」
「できる範囲でよければになりますよ。それで、その魔血石がこの誘拐事件に絡んでいると?人身売買ではないのかね」
「拐われたうち、魔力保有者の売りに出されている数が相当数合わん。そして最近になって確保した奴の中から石の欠片が見つかりだしている」
だが、なぜシアを囮にしてまでベイカーを押さえたいのか。レッカスは腑におちず、疑問を投げた。
「アルマのような、関係のない外部の人間を介入させた事例はないんだ。2人のもともとの接触がどこかは分からんが、外部者をいれるリスクをとってでも、それだけシアの存在がベイカーには魅力的なのだろう」
「確実にシアに接触してくるから、確実にこちらもベイカーを捕捉できる、というわけですか」
どこからか肺を押されたような、ぐっと重い圧を感じてレッカスは顔をしかめる。
「おいこらヴォルク、威圧すんじゃねえ。囮の件は納得済みだろが」
「承知はしたが納得したわけじゃない」
「いいから取り下げろ」
不機嫌な顔のまま壁に寄りかかったヴォルクを一瞥すると、圧がもとに戻る。
「中断させて悪いな。先にもいったようにベイカーの捕捉自体が目的じゃない。誘拐時を含めて、魔血石の使用の確認と、できれば欠片でない魔血石を手に入れたい」
「欲をいうなら生成方法に関係する情報も、ですかな」
「そういうことだな」
だが、それではシアは
「うちのメンバーに捜査の時間稼ぎをさせるつもりですかな」
ジョナムが別人のように鋭利な空気を纏うが、その刺すような視線をカーリングは真っ直ぐに受け止めている。
「取り繕わずいうなら、そのとおりだな。魔血石のことは附せてあるが彼女にもある程度説明して、了解済みだ」
「シアが断るわけないでしょう!」
「もう立派な大人だぞ?言動の責は自分でとれるはずだが。もちろん相応の対策はうつ。」
カッとなり、立ち上がりかけたレッカスをジョナムが手で制止する。
「その場の指揮はヴォルク君ですか?」
「そうだ」
「ヴォルク君」
ジョナムの呼び掛けに壁から身を起こしてこちらを見る。
「納得はしていなくとも承知のうえならとやかくは言いません。がひとつだけ」
「・・・・なんだ」
「彼女に甘えすぎです。覚悟をしておきなさい」
レッカスには意味がわからないが、ヴォルクには響いたようだ。
「・・・・わかっている」
不快げに眉根をよせ、返した声は絞り出すようだった。
事件後、ジョナムの言葉の意味を痛感したレッカスは「俺もあのバカも、シアには甘え慣れてんです。だから判断を見誤る」と話すジズに、いつもより踏み込んで確かめたのだが。
「シアは守らせてくれるだろうと。何かあれば話してくれるだろって思っちゃうんですよ、俺達」
けれど、と続く
「あいつ、本当に驚く程我慢するんです。仕事中は俺たちには特に、本当には頼らないんですよ。俺もあのバカも分かってはいても、お互いで牽制しないと間違えるんで。今後似たような状況になったらあのバカだけの判断にならないように、必ず俺にも連絡してください」
もう二度と血まみれの姿など見たくない。
レッカスは了承の言葉をかえしつつ、ジョナムとヴォルクのやり取りを思いだし、あの短い言葉で意志疎通が出来るほどには、ジョナムがシアの背景を知っているのだと気付く。
ジズたちと前々からの知り合いらしい、とは聞いていたが、ヴォルクもとなると、どんな繋がりなのか。
気にはなるが、ジョナムが話し出さないことだ。その必要がないか、伏せてあるのかのどちらかだろう。
「それぞれちょっと生い立ちとかが変わってるくらいで、それに付随する問題抱えてはいますけど。そんなの皆も同じように日々の生活のなかで、ちょっと人に言えない秘密とか悩みとかあるでしょ?それと一緒です。私は自分個人だけのことなら話せますから、ドンドン聞いてください!その代わり聞いちゃいますけど」
悪戯っぽく笑って話していたのはシアだったか。
今はシアやヴォルクたちの関係はいったん置いておいて、魔血石とやらがクランやギルドに影響を及ぼしていないかの調査が先だ。
秘密裏に情報を収集する宛を考え、ジョナムに相談すべく執務室へと向かった。
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