第12話 誘拐事件6

「シア、そっちヴォルクの部屋だろ?」



クランハウスから帰宅したあと、安心したのかお腹が減ったのでジズと軽く夜食を摂る。


思えば夕食を摂っていないのだが、治癒後のうえこの時間なのでスープリゾットだ。ちなみに夕食はしっかり食べたはずのジズもペロリと食べていた。


お泊まりをするジズのために客間を整えようとすると、シアの寝る部屋のソファで寝る、と言う。

泊まりの依頼の後だ。疲れてるに違いないので本当はベッドでゆっくり休んでほしいのだが、「何のために泊まると思ってんの」と冷静に言い負かされ、渋々寝室へ歩きだすと、ちょっと待て。と止められた。



・・・・・・しまった



「・・・い、今、一緒に寝てるの」

「シアの部屋あっただろ?」

ある、が

「・・・ベッドがないの」

「ほぉ」


ジリジリと壁に追い詰めるジズの笑顔が怖い。


「マナの問題があったからか?」

「それもある」

「それも?」

「それも」


肩の両わきについたジズの腕の中に囲われる。

・・・これが巷で噂の壁ドン!恐怖なドキドキしかしない!


「シアも了解の上なんだな?」

「・・・無理矢理ではないよ」


多分、いやきっと、色々譲歩はしてもらってるんだよ


「さすがに嫌だったらちゃんと言うってば」

「どうだかな。昔っからあいつには甘いからなあ。あんまり付け上がらせるなよ、シア」



入浴して念入りに念入りに足も洗って、漸くさっぱりする。身支度を整えて果実水を飲んでいると、ジズはあっという間に出てきてしまった。


ゆっくり入ればいいのにと言うと、シアから受け取った果実水を一気に飲み干したあと「はよ寝ろ」とベッドの中に押し込まれた。


ジズはまだタオルを首から掛けた半裸のままだ。


「なんか懐かしいねぇ。こんな風に一緒にいると、師匠と皆で住んでたときのこと思い出すなぁ」

「ん?ああ、ここには遊びに来ることはあっても、泊まらないからな。つか、あの家でも寝室はみんな別だったろ」

「そういえばそっか」



全員が揃って住んでいたのは、もう10年以上前だ。


「ジズはかっこよくなったよね、あんなヒョロかったのに」

「年中あのばか師匠に引きずり回されたからな、いやでも逞しくはなるだろ」


ジズは術符も魔法も使いこなすが、基本的には双剣士だ。大手クランの幹部メンバーとして日々の鍛練は欠かさない、無駄な筋肉のない引き締まった体つきだ。


「もともと顔は良いし。今や、逞しくて優しくてカッコいい、大手クランの双剣士!だもんね」

「・・・シアは相変わらず天然な」


森の中の蔦まみれの赤い屋根の家を思い出す。


「お師匠様、元気かしら」

「殺しても死なないババアだから元気だよ、きっと」

「今どこにいるのかなぁ」

「さぁなぁ。ほらもう話は終わり」


ジズが 額に軽く口付けを落とす。

「おやすみ、シア」

「うん、おやすみなさい」




ほどなくして聞こえ始めた寝息を確認すると、ランプの光量を落として部屋を見渡した。

「またえげつない結界はってんな、あいつ」

王の寝室より厳重に守り固められている。


「シア、世の中の平和ために怪我してくれるなよ。八つ当たりで国が滅んだとか笑えないからな」



ジズたちが懸念しているのは、マナの揺らぎの振り幅だ。普段はヴォルクの魔力で包み込むように抑えてあるが、シアのマナはハーフエルフにあるまじき高密度なのだ。密度の高いマナは香気をまとい、それにつられた招かざる客を呼び込む可能性が高い。


実際それが原因でシアは師匠と暮らしだし、今もヴォルクと生活しているのだ。


不安定なマナの揺らぎに、抑える魔力がついていけなかった場合、どこまでこの部屋の結界で対応できるかわからない。



とはいえ、夜はまだ長い。

あくびを噛み殺して術符をいくつか起動させる。

シアに何らかの変化があれば、このどれかが反応するだろう。


術符の状態を確認し、ようやくカウチに腰を下ろした。




ジズにとってシアは、大切な守るべき家族だ。

2歳のときにヴォルクに森で拾われ、家事を一切できない生活力皆無の師匠のもとここまでは育ったのは、ひとえにシアのお陰だ。


剣術こそ専門の師についたが、体術は7歳上のヴォルクとのケンカで覚え、魔力の使い方は師匠に仕込まれた。

それ以外の、人として大切にことは全てシアから教えてもらったのだと断言できるほど、たくさんの愛情をかけてもらったのだ。


15の歳の差であれば親子でもおかしくはないが、何かにつけてトラブルに巻き込まれ身を削っていくシアとの関係は、手のかかる妹と心配する兄といったところだ。



シアが抱える秘密を教えてもらってからは、過保護に磨きがかかったのは自分でも承知している。


そのうえ、デデノアの件での若返りだ。



シアにかかった呪いの術式は、強固にかけてあったヴォルクの守護をすり抜けた。


というのも、若返り自体は悪意や害を及ぼす現象ではないからだ。あの塔での使用目的はさておき、呪術そのものに害悪性がなければ弾けないのだ。


自分のかけた守護で守れなかった悔恨と、若返ったことでのマナの変動に対応できるよう、ヴォルクが過多に魔力を供給してる影響で、シアらしからぬ香りの魔力が漏れている。


それが異性を惹き付ける誘発剤になっていることに、ヴォルクは気付いているのか。


出来るだけ外出を控えさせているが、トラブルが起こる予感しかしない。




魔力が動く気配を追うと、いつの間にかカウチに黒紫の式鳥がとまっていた。

いつ見ても、本物の鳥と区別がつかない、精巧なつくりの式鳥はぴるっ、と啼いてヴォルクの声で話し出した。


『シアはどうだ』

「今んとこ落ち着いてるよ。そういやお前、後で色々聞くことあるからな」


『ふん、そんな暇があればな。明日クランで報告会をやると言っていたが、そのあと時間をとってくれ』

「なんか問題か?」

『狸が嗅ぎ付けた』

「あぁ??なんだよ話してなかったのか」


狸とはヴォルクの養父でレーベルガルダ公のことだ。シアを実の娘のように溺愛して、なにかにつけて手を出したいのだが本人にやんわりと断られている。


『シアが若くなったなんて言ってみろ、面倒臭いだろうが』

「時間がたって余計に面倒臭くなってんじゃねぇの。で、シアと一緒に行けばいいのか?」

『ああ』


式鳥はぴるっ、と啼くとちょんちょんと跳んで寝ているシアの枕元に止まった。

「おい、術符にふれるなよ」


静かに羽を広げ、ぴるる、と小さく啼くとぽわりとシアを包みこむような光となって消えた。



「相変わらず器用なやつだな」


そもそも会話が可能な式鳥なぞ、ヴォルクと師匠以外に見たことがない。

そのうえ、式鳥を構成していた魔力をシアの守護結界の追加に充てている。


規格外しかいない日常だったせいで、師匠のもとを離れ、ここバナキアで独り立ちし始めた頃はよく、常識を知らないのかと笑われたものだ。



とはいえ、すぐにシアがバナキアに出てきたため、年の割によく頑張ってるなと、逆に誉められるようになったのだ。それほどにシアが危なっかしかったのだが。


ヴォルクとジズ、時々狸も協力してシアを過保護が過ぎるほどに守ってきた。なのにデデノアでやらかし、承知の上とはいえ今回は大きな怪我をさせた。



若返ってからはリボンも追加され、大きな怪我など本来するはずもないのだ。なのに。



『囮に過分な守護はかえって興味をひかれてしまう。命に関わる損傷回避、遅効性の治癒、マナの制御はそのままで他の守護は一時的に外してしまったようだよ』


シアが囮となるときいて、依頼先から飛ばして帰ってきた。息も整わないうちに問い詰めたジョナムに、作戦の詳細とシアの話を聞いて沸き上がったのは怒りだ。



『守護は弛めざるをえなかった。けれど自分がその場に居合わせているから、対処はできると考えているようだね。思い上がりもいいところだけど、シア嬢のマナの問題は詳らかにするわけにはいかないからね。それがいいだろうとカーリング団長に承諾されてしまったよ、止められず申し訳ない』



眠るシアはとても穏やかだ。どこにも怪我の名残はない、がヴォルクが掻き抱いてつれてきた時は全身血まみれだったのだ。


全身打撲と左肩の脱臼と大腿骨、足首は粉砕骨折。頭部の裂傷は抉られており、魔薬によって意識障害がおきていた、とヴォルクが絞り出すように口したときは呆然とするしかなかった。


守護によって痛みは軽減されていただろうし、怪我と同時に治癒も始まっていただろう。だがそんなことは問題ではない。




「お前どうせ、あいつの性格考えてわざと助けを呼ばなかったんだろ。怖かっただろうに、馬鹿だな」


親代わり姉代わりとして接してきた2人にこそ、シアは本当には頼らない。


だからこそ


「ごめんな、シア。俺たちもっとがんばるから」


とりあえずヴォルクは一度しっかりシメる。

ごろりとカウチに横になるとゆっくりと目を閉じた。




深夜、寒いとジズをベッドに引きずり込み、ベタリとくっついて寝るシアに苦笑しつつそのまま爆睡。


翌朝、転移してきたヴォルクの気配に飛び起き、氷点下の視線に凍りついた。


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