第11話 誘拐事件5
息苦しさに目が覚めた。
「だからお前はいい加減戻れって」
「カーリングがいれば問題ない」
「んなわけあるか、いろいろあんだろ報告事項が!」
「些末なことだ」
随分と賑やかに飛び交う声は耳に馴染んだもので、安心して再び目を瞑る。
「やだー。クールだって評判のレーベルガルダ副師団長もちゃんと男の子なのねぇ。うふふふ、ちょっと面白いわ」
「こいつは基本、シア以外どうでもいいんですよ。おいこらヴォルク、些末なことあるかい。お前が余分に壊したあれやこれやの事後処理、まだだろうが。ほれシアをよこせ」
腹部をぐっっと絞められ「ぐぅ」と声が漏れた。
息苦しさの原因はこれか。
「シア!気づいたのか!」
ずずぃ、とのし掛かってきたのはジズだ。
「ジズ・・・おかえり。依頼から帰ったんだね」
頭をポンポンすると、その手をやんわりと包まれた。
「いや、そうじゃなくてな・・・・はぁ、気付いてよかった」
「痛いところはない?みんな心配してたのよ」
ジズの後ろから聞こえてきたラナイの安堵の声に、目を瞬きようやく自分の状況を確認する。
クランハウスの医務室のベッドの上だ。ラナイとジズ、ちょうど今出て行ったのはバースかな。
違和感を感じて頭に手をやると包帯が巻かれているようだ。ほかには、と体制を変えようとすると吐息と共に後ろから肩口に頭が乗った。
シアにサラサラと触れるのは黒紫の髪だ。
「ヴォルク」
後ろから抱え込まれて一緒にベッドに座っているようだ。
「ヴォルク、大丈夫だよ」
包帯を確認した手でそのままよしよし、と撫でる。
「シア、いい加減離せって言ってやって。こいつずっとこのままなんだよ。俺が代わるって言ってもベッタリでさ」
腹部に回された腕にぐっと力がこもる。
・・・・中身がでちゃうよ、ヴォルク。
「今はいつ?」
「もうすっかり夜だけど日付は変わってないわよ」
ベイカーに連れていかれたのは昼下がり。あれこれあったが夕焼けは見ていない。
つまり6刻くらいこのままってことか。
ぺちぺちと腕を叩くが力が緩んだだけで離れようとしないので、肩に置かれた頭をむしゃっと掴むと、即頭部で頭突きを見舞ってくれる。
「~~~~~っ!」
おおう、予想以上に自分のダメージ大!
「ちょっと!なにしてるのシアったら!!」
「バカ、頭怪我してたんだぞ!!!」
「・・・シア」
非難がましい声に、ようやく身動きの余裕ができた腕の中で振り向く。
「ヴォルクが治してくれたんでしょう?あちこち結構な怪我した記憶があるけど、もうどこも痛くないよ」
「・・・すまない」
表情を歪めた両頬にそっと手を当てる。
なんて顔してるの、もう。
「怪我を治してくれてありがとう。ちゃんと呼ばなくてごめんね」
「・・・」
「心配させてごめんね」
「・・・シア」
「みんなが近くにいるのわかってたから怖くなかったよ。なのに怖がらせてごめんね」
こつん、とおでこを合わせる。
「何故呼ばない」
「うん。ごめん」
「ちゃんと守らせてくれ」
「うん。ごめんね」
「怪我をさせた」
「もうあやまってもらったよ」
ぐっと顔を引き寄せ、ヴォルクの目尻に口付ける。
僅かに目を見開いたあと嘆息すると、ようやく腕をほどいてベッドをおりた。が、かがみこんでシアの顔を両手で包み、じっと見つめるヴォルクに小首をかしげると、ぽす、と頭に手をのせられた。
「ジズ」
「ようやくか。で、どんな状態だ?」
「不足は全て補ってあるが融合率が低い。精神的な負荷がかかったせいだな。力の制御が甘くなることを考えリボンの付加魔術を複数同時発現に切りかえ済だ」
「固定術式の出力は・・・」
ジズとヴォルクで小難しい話を始めたのを横目に、シアもベッドから起きようとするとラナイに叱られた。
「ジズにシアの体調を引き継ぎしてるみたいだし、このままジズが送っていくんでしょ?まだ目が覚めたばっかりなんだから、じっとしてなさい」
「ありがとうございます。みなさんお怪我とか大丈夫だったでしょうか」
レッカスはヴォルクと一緒に別動隊で直接、戦闘に参加していたはずだ。
「レッカスは掠り傷よ、トーヤも今日一日ぐっすり眠れば大丈夫。あなたが一番の重傷者だったのよ?」
コンコンとノック音に顔を向けると、ジョナムとレッカスがドアのところで待ってくれていたようだ。
「気がついて良かった、シア嬢」
「もう大丈夫なんですかシア。怪我は痛みませんか」
「はい。ご心配おかけしました。怪我したところはもう痛みもありません。あの、この包帯って」
「ネルザよ。形だけでも仕事させろ、だって」
納得だ。ヴォルクがあの状態なら、シアの体を他の人に預けるはずがない。先程からハーブのいい香りが包帯から漂ってくるので、ネルザが鎮静剤がわりにと巻いてくれたのだろう。
「シア嬢も色々と聞きたいことはあると思いますが、全ては明日にしましょう。今夜はゆっくり休んでください」
「誘拐事件自体は解決しています。シアが気に掛けることは何もありませんよ」
「はい、ではお言葉に甘えて。皆さんも大きな怪我はなかったときいて安心しました。今日はお疲れ様でした」
皆が出ていくと、ヴォルクとの話を終えたジズが側に来てにこりと微笑んだ。
「帰る支度してくるからちょっと待っててな」
「うん、ありがとジズ」
「あと、ちょっとだけあいつにかまってやって」
小声で囁かれて窓辺に立っていたヴォルクに視線を向ける。
目が合ったので手招くと、ベッドに腰かけて抱き寄せられた。
「ヴォルクはまだこれから仕事があるのね」
「面倒なことにな」
一応、映像入りの式鳥を飛ばして報告は済ませているらしいが、今回の捜査指揮を摂っていたヴォルクがここに居座っているのはさすがにまずいだろう。
「ふふ、さっきからすごい数の式鳥が来てるものね」
ヴォルクが結界を敷いているのか、窓から中に入ってこれず、コツンと一度ぶつかるとそれきりだが。それでも結構な頻度でコツンと音がなっている。
「追い返すのも面倒になってきた」
・・・・追い返してたのね
「シア、今日はジズが泊まる。一人にはしないから安心してくれ。ただ、体調に少しでも異変があれば今度こそちゃんと呼べ。必ずだ。」
「うん、約束する」
ヴォルクの長い指がシアの顎を持ち上げる。
真っ直ぐ射抜くように見つめる金色の瞳には、強い言葉とは裏腹の切実さが篭る。
「約束、破るなよ」
「うん、んっ」
落ちてきた唇は驚く程優しい。
魔力を籠めているのか、呼気が蕩けるように熱い。
「シア」
「ヴォル、、、ん、むぅ」
角度を変えては啄ばむように繰り返し、徐々に深くなる口付けに息があがる。
顎に添えられていた指が擽るように頬をすべり、後頭部にまわると、逃げ道を塞ぐようにより深く吐息が混ざる。
くらくらし始めたシアが、ぽすぽす。と軽くヴォルクの胸をたたくと、名残惜しそうにようやく唇が離れた。
ヴォルクの胸に頭をつけ息を整えていると、頭上で笑っているのか肩が揺れている。
・・・・ご機嫌がもどったようで、ようございました
「面倒だが行ってくる」
「・・・・お仕事がんばってきてね、ヴォルク」
赤く色づいたシアの唇にもう一度口付け親指でなぞると、愉しげに喉を鳴らし、キレイな笑顔を残して転移で姿を消した。
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