第9話 誘拐事件3
街の中心街からは離れているが、ごく普通の住宅が立ち並ぶ町並みだ。遠くから親子らしき会話が聞こえてくる、長閑な昼下がり。
シアは集合住宅らしい高さのある建物と建物の間の路地の入口に立ち、同行者をそっと見上げた。
「さすがにこの細さじゃ、筋肉自慢のレッカスさんは無理だったっすね。オレで結構ギリギリっすよ」
「トーヤ、本当にここなの?」
「残念ながら。先にオレが行くんで、ついてきてくださいね」
路地は細身のトーヤでも、ざりざりと両肩が擦れるほど狭い。直前まで自分が行くと譲らなかったレッカスでは、確かに入ることも出来なかっただろう。
昼間だというのにどんどんと薄暗くなっていく路地を、トーヤから離れないように後を追う。入口に比べ少しずつ幅は広がっているが、それでも2人は並べない狭さなので見失う心配はないが、念のためピタリとついて歩く。
見上げるとたくさんの窓が並んでいるが、どこにも人の気配がない。薄汚れた壁には、用をなしているのか途中で折れている配管や、何かのヒモがぶらさがっている。
と、立ち止まったトーヤの背中に鼻を強かにぶつけた。細身でも剣士だと主張する筋肉を、鼻を押さえながらバシバシを叩いて抗議をしておく。
「なにしてんすか。着いたみたいっすよ」
トーヤの体の隙間から見てみるが、示した終点の場所にはなにもなく、まだ奥に路地が繋がっている。
「ここ?」
「透明な壁みたいのがあって、これ以上先には進めないっす」
トーヤが手を上げて頭の上のほうから、その見えない壁をなぞるように動かす。
シアがピアスをトントンと指で2度たたくと
『見えている。足元の地面か壁に、魔方陣のような陣形はあるか』
間髪いれずにヴォルクからの返事があった。
直接耳に囁かれているように聞こえるので、この事件のあと、ぜひとも仕様を変えてもらおう。
こそばゆい。
「あれ、トーヤの足元になんか変な模様があるよ?」
「これっすか?」
芝居仕立てのような会話になってしまうのは、2人が犯人から監視されていることを前提にしているためだ。シアのピアスを通して会話や視界はヴォルクが確認し、別動隊と共有しているはずだ。
『通行者を限定するものだな。となると今回狙われているシアは通れるだろうが、そいつが弾かれかねん。おい、レッカス・・・・その程度の保有魔力ならば大丈夫だろう』
トーヤが身を寄せてきた。
(どうしたんすか)
(ここを通るのにトーヤの保有魔力をレッカスさんに確認してるみたい)
(・・・ないわー)
保有魔力は本来、人に言うべきものではない。
レッカスとのやりとりは他の人には聞こえないようにしてるだろうし、ヴォルクはすぐ忘れちゃうと思う、と伝えると余計にへこんでしまった。
『何をしている』
オレっぽっちの魔力なんてヴォルクさんには気に掛ける程ですらないっすよね、とへこむトーヤの腕をぽすぽすとたたいていると、何故かお怒りの声が。
『シア、うっかりそいつが弾かれても困る。身に付けているものをそいつに渡して、できるだけ身を寄せて壁を抜けろ』
装飾品はもともとあまり着けないので、今あるのは生命線がわりの首輪なリボンと通信用のピアスだけだ。
どちらも取りはずせないので、ほかにと考え、ウエストに巻いていたサッシュを取るとトーヤと自分の腕を繋ぐようにくるくると巻く。
「よし、いいよ。いこう」
ぎゅ、とサッシュを巻いたトーヤの片腕を胸に抱き込む、と短い悲鳴があがった。
「柔ら・・・じゃねくて、予告してください!小悪魔か」
若干、身を引いて言われてしまった。
「突然オバチャンに抱きつかれていい気分しないもんね、気を付ける」
「・・・・・・はぁ、いきますか」
透明な壁を抜けると、石造りの湿気の多い部屋に出た。空気が淀んでいて少し気持ちが悪い。
『どうだ』
「近くには誰もいなそうっすね。シアさん、なんか感じます?」
『そこはただの中継地点だろう。目的を考えると途中で誰かに会うことはないと思うが。シア、そいつから離れないように行けよ』
トーヤの腕に抱きついたまま辺りの様子を窺っていると、肩をちょん。とつつかれる。
「とりあえず、アルマの情報が本当なら捕らわれているのは地下っすから、これ外してから階段を探しましょう」
「そうね。利き腕を繋いだままでいてごめんね」
「や、両利きなんで」
サッシュを外してウエストに戻すと、ほどなくして見つけた階段を下へ下へと進む。静まり返ったなか、足音を殺して進んでいくが、どこからか舐めるような執拗な視線を肌で感じでぞくりとする。
壁を抜けた直後にトーヤが索敵をし、近くに犯人らしい気配はないとのことだったが、やはり見られているのだろう。
「この扉っすかね」
トーヤが立ち止まったのは、シアの背より低い鈍色の扉の前だ。アルマの式鳥に書かれていた通りなのだが。
「う~ん。解錠できるかなぁ」
『シア、確かに精霊紋か』
「解錠難しいんすか?」
「今まで私が見たことない紋なの。だから大丈夫かなって」
『古代紋から最上級紋までの区別がつくのにか?やはり偽物か』
もう、うるさいなあ。でも偽物で決定だよ。
鼻で嗤ってるらしいヴォルクにトンとピアスをたたく。
イエスなら1回。ノーなら2回。
監視がつくことを踏まえて、会話の代わりにと事前に決めた合図だ。
「トーヤ、精霊術での解錠に自信ないから、まずは術符でできるかやってみてもいい?」
「そっすね、どうぞ」
ここまではほぼシナリオ通りだ。
現状マナが不安定なシアでは、精霊紋で閉じられている扉の解錠は無理なので、もともと精霊術を使うつもりはない。
事前の打ち合わせで、扉の精霊紋は本物ではないだろうとヴォルクも含め皆の意見が一致していたのだ。
エルフや精霊が激減した今、精霊紋の刻まれたものは小物であってもコレクターの収集対象だ。つまり大金になるのだ。それを犯罪集団である犯人がシアの誘拐ごときに使用するか、と言えばあり得ないのだ。
シアをここに誘い出すためだけの方便なら、術符で十分対応可能だ。
ポケットからヴォルク特製の術符を取り出す。発動のきっかけになる分の魔力は垂らす程度の少量でいい、と言われている。どのみちその魔力もヴォルクのだけどね。
術符を扉に張り付け、ちょみっ、と魔力を注ぐ。
どうぅぅん!!と大きな振動と共に、扉を含む周囲の壁が消滅し、砂埃の向こうに大穴が開いているのが見えた。
「あっっぶな!!あっっぶなっ!!なんちゅう術符使ってんですか、シアさん!!」
『手間が省けただろう?簡易結界もはってあるから、その周辺以外に振動や音は漏れ出てないはずだぞ』
何の手間だ!扉あける手間か!!
引きつり笑いのまま中に入ると、部屋の隅っこの方にアルマが蒼白い顔で小さく固まっており、こちらを凝視していた。
『他の被害者はやはりいないか』
「よお、アルマ!助けに来てやったぜー」
「・・・っはぁっ?なんでトーヤなのよ」
「ジズさんは別件の依頼遂行中。ヒロインごっこ出来なくて残念だったなぁ」
「はぁっ?てゆうか、扉なんてことしてんのよ!」
扉消滅に驚いて小さくなっていたことが恥ずかしいのか、トーヤに掴みかかって怒鳴っている。
ざっと見た感じ、怪我の心配はないようだ。
元気だし。
「精霊紋でシアさん引きずり出せば、もれなくジズさんが来るって思ったんだろ、馬鹿だなお前。もっと凄いのが釣れ・・」
余計なことを言い出しそうなトーヤの足をぎむっと踏んでおく。
「ってて。さて、アルマ帰ろうや」
「あぁ、君たちは要らないからね。早々に帰ってくれ」
突如かけられた声にトーヤが剣を抜くより早く、向こうの壁まで吹っ飛ばされる。
「トーヤ!!」
駆け出そうとした手をぐっと引き寄せられる。
「離して!」
トーヤはぐたりとしたまま動かない。
「約束通りこの女はくれてやるから、報酬よろしくね。トーヤ、生きてる?ほら帰るわよ」
アルマが爪先でトーヤをつつくと僅かに反応がある。
「じゃあね、ふふ。精々可愛がってもらいなさい。・・・何してんのよ、早く魔石よこしなさいよ」
投げ渡された赤黒い魔石で簡易転移陣を発動させると、片手にトーヤの腕を掴んで2人の姿が消えた。
「馬鹿な女だ。煩く低俗で欲まみれ。そのまま生かしておくわけがなかろうに。はっ」
抱き込まれるように拘束されているシアの頤に指がかかる。
「それに比べて、あぁ。キミだ。キミをずっと探してたんだ。精霊術が見れなかったのは残念だな。後でボクだけのために見せておくれ」
ぐしゃぐしゃの紺色の髪が目元を覆っていて顔はよくみえないが、シアより少し大きいくらいの低身長と弛んだ肉の塊のような体つきは事前に聞いていた通り、ベイカーだろう。
焦点の合わない目はシアを通して誰を見ているのか。正常な意識がないのか。
「離してください!」
「さあ、おうちに帰るよ」
転移陣のかかれた術符に赤黒い魔石を打ち付けると、グニャリと気持ちの悪い歪みと共に2人の姿が消えた。
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