第8話 誘拐事件2

エルフや妖精、精霊以外であれば魔力は誰にでもある力だが、それを生業とする程の力をもった者の職業は大きく3種類にわかれる。


自身の持つ魔力そのものを練り上げて事象発現をする魔法士。

術符を媒体に魔力を送り、術式で事象発現させる魔術士。


どちらも修得し、少しのエネルギーで大きな事象を発現する魔導士だ。



イシェナル王国でも特にここ王都バナキアでは、魔法を扱う傭兵のレベルが、他国からは比較にならないほど高い。


なによりも魔法のエキスパートとも言える魔導士のみで形成される魔導師団は、自警団はもちろん、騎士団とも別格とされる憧れのエリート集団として有名だが、内部情報はほぼ秘匿されており、王都の住民でも詳細な実態を知る者は少なかった。



王宮と背中合わせに位置する魔導師団の拠点につくと、ジョナムが門前の検問官に行き先や会合予定の人物などを報告し、人数分のバングルを手渡されてきた。


「なんスか、これ」


彫り込まれた複雑な模様から何かの魔道具のようだ。手首に嵌めるとピタリと合うように大きさがかわるバングルは幅広の武骨な造りで、細身のシアではまるで手錠をされているようになる。


「これを装着しないと入場ゲートをくぐれないんだ。訪問者の生体情報を記録するんだよ」

「セキュリティのためですか。とはいえあまり気分のいいものではありませんね」


トーヤは未だ嵌めずにくるくると指で回している。


「ふふ、このバングルに訪問場所指定も記録されてるからね。ゲートをくぐると訪問先までは直行転移だから、ちゃんと嵌めておかないと転移先不明でどこぞかに飛ばされてしまうよ」


目の笑っていないジョナムに、慌ててトーヤがバングルを嵌めた。



ゲートをくぐると転移先の壁に寄りかかり、ヴォルクが待っていた。


艶のない黒地に金糸の細やかな刺繍と金ボタン。左肩だけマントを羽織るようになっており、身動きするたびにドレープのたっぷり入った長めのマントの動きが美しい。

暗い色味の制服だが、黒紫の髪と金の瞳のヴォルクに誂えたような配色で、高身長で引き締まった体によく似合い、身内の贔屓目に見ても格好いい。


転移酔いで若干具合が悪くなっていたが、その姿を見てほっと息をついたシアに、ヴォルクが目元を和らげる。シアの頬に手を当てて治癒をする様子に、ゲートの守衛がぎょっとしたようにこちらを凝視した。


・・・普段表情筋が仕事してないものね、ヴォルク


「うお、本物のヴォルクさんだ。わかってたっスけどホントに本物だったンすねぇ。しかもイチャついてる!」


謎の感激をしているトーヤはいいとして、レッカスの視線は刺さるように厳しくなった。

「まさか"彼"とは魔導師団副師団長のヴォルク=レーベルガルダのことですか」


「わざわざ出迎えてもらってすまないね」

「いや、ついでだ」


ジョナムを一瞥すると先導して歩きだしたヴォルクにするりと腰を捕獲され、シアも強制的に横並びで歩かされる。


「ついでって、シアさん迎えにきたついでってコトっすよね」

「ふふふ、察して黙っておくのが長生きのコツだよ、トーヤ君」

背後から漏れ聞こえる会話にツッコミをいれたい。そして会話に参加していないレッカスから漂う不穏な空気が気になる、が振り向けない。


首のストレッチかと思う程上にある横顔はいつもどおり。過保護が爆発してなくてよかった。

「・・・どうした?」

「ううん。窓からちゃんとハーベル宮殿がみえるんだね」

「いや幻影だ。実際は王宮の裏ではないからな」

「へぇーそうなんだ。・・・ん?これ、聞いちゃいけないやつじゃ・・・」

「本来の場所は王宮から北に」

「こらーーーっ!!」


あっさり極秘情報(多分)を漏らそうとした口を慌てて押さえた手のひらを、れろり、と舐められ、ぎゃわっ!

と変な声が出た。


背後からの視線が(若干1名除いて)生暖かい。

・・・うう、泣きたい



「ヴォルク、お前出迎えに出たのはいちゃつく為か、おい。はよ部屋につれてこい」


無駄な装飾のない武骨な部屋で待っていたのは、鋭い眼光を放つ厳めしい顔付きで、岩山のような体躯の魔導師団長カーリングと、特徴のない中肉中背の優男の2人だ。



「シアは久しぶりだが、思った以上に可愛らしくなったな。こりゃヴォルクが荒れたのも頷けたよ」

「その節はヴォルクの業務にも配慮を頂きありがとうございました。お陰様で見た目が若干変わったくらいでなんとかなってます。・・・荒れた?」

「ははは。多分このあと更に荒れるな。まあ皆座ってくれ」


全員がソファに落ち着くと改めて自己紹介となった。

クランからはマスターのジョナムとサブマスターのレッカス、トーヤとシアの4人。バースは通常業務を回すためとラナイたちとの連絡役としてクランハウス待機だ。



対して師団側は団長のカーリングと副師団長のヴォルク、もう一人はなぜか覚えなくてよいと紹介された。


「諜報部員のマイクですー、偽名ですがよろしく。次にお会いするときはこの顔じゃないと思うので、自分のことは空気だと思ってくださいね~。個人的にはシアちゃんには興味があるんですが、まだ命が惜しいので何もしませんのでご安心をー」


にこりと向けられた笑顔に頬がひきつるが、認知障害の魔術が掛けられているらしく、次の瞬間には印象が朧気だ。



事件の内容確認の後、カーリング団長から追加情報が加えられた。


「まずは魔力証跡のあった人物だが、元魔導士だ。名前はベイカー=セルヴィーニ。シアが狙われたのはこいつのせいだな」

「ベイカーと言えば5年前の"血風呂"の人物ですか」

「なかなかホラーな名前っすね」


当時ベイカーは40代前半で、自邸の侍女と深い仲にあり相当入れ込んでいた。ある時、依頼でトラブルを起こし呪いをうけた。その呪いはベイカー自身ではなく、その侍女を襲ったのだ。


毎日少しずつ、身体の末端から赤黒く硬化し、モロモロと崩れていく侍女の姿に恐慌状態となったベイカーは、次々と侍女と同じ年頃の女性を殺害した。そして血を搾り取ると浴槽に溜めて侍女の身体を浸し、元に戻そうとしたのだという。狂気の沙汰だ。


被害女性は30人に及ぶ。もちろん、当の侍女は早々に息を引き取っていた。巷では大騒ぎになったが、ベイカーが爵位持ちだったため内々の処理となり、称号剥奪と魔力制御具をつけて僻地の領地に軟禁された筈だ。


「で。発端になった侍女が細身のピンクオレンジの髪で、エルフのクォーターですね~。そちらのクランの問題児がシアさんの情報を提供したんでしょう~」


ご愁傷さまです。とマイクにウィンクされたが、呆れて「はあ」としか返せない。

・・・アルマよ、なんてことをしてくれたのだ


「ただそいつが魔力制御具をした状態で、転移陣を発動するほどの魔力を使用できるとは思えん。共犯者に外してもらったと考えるのが妥当なのだが、あれを外せるとなると余程の魔力保有者だろう」


「ヴォルク君であれば外せますか?」

ジョナムの問いにヴォルクは片眉をあげてみせた。

「問題なく。だが師団員でも数人しか無理だろう」

「つまり警戒すべきはそちらの共犯者の方なのですね?・・・情報は?」


はーい、とマイクが手をあげる。

「ベイカーの証跡で上書きしてて、まぁ見事な消し方でしたよ~。欠片も証跡残ってません。なので別視点から追って調べて、ようやく検討がつきました~」

「別視点とは?」

「レッカスさん、人の流れと広範囲の犯罪の履歴を見るんですよー。でね、条件は違えど誘拐事件はここ以外でも最近多くてですね。事件と前後するように移動する商隊のキャラバンを割り出したんですよー。これがまた、あちこち悪さしてるらしく数ヵ国から調査が入ってましてねー」


規模もそれなりの犯罪集団だそうだが、トカゲの尻尾切りのように捕まえられるのは下っ端の下っ端なのだという。


「誘拐自体は人身売買目的だ。キャラバンで拠点まで移動させているんだろう」

「キャラバンであれば誘拐した子だけでなく、犯人たち集団の移動も容易ですね。設置型転移門は使用者のレベル測定ありきで足がつきやすくなりますからね」


「確認していいっすか?」

トーヤが口に出して頭のなかを整理していく。

「それなりの規模の犯罪集団が誘拐の主犯。そこに元魔導士のベイカーもいるけど、注目すべきはベイカーじゃなくもっと凄いヤツが居そうってところ、っすよね?」

「そうだな。続けて?」

「バナキアの誘拐事件はさらわれた子の特徴からベイカーが主軸になってる可能性が高い。で、シアさんも狙われてて、アルマが情報源兼協力者になってるっぽい」

「ぽい、ではなく確定でしょう」

「オレら、なんの協力するんスか?」


真っ直ぐに見たトーヤの質問にひとつ頷き、カーリング団長はジョナムに向き直った。


「高魔力保有者がいること、多国間を跨ぐ犯罪組織であることを踏まえてうち主導の捜査となったが、正直、街中のことにあまり詳しくない。クラン「梟の止まり木」にはそのサポートをしてもらいたい。それとシア」


「は?は、はい!」

「誘拐されてくれ」


・・・・はい?

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