第7話 誘拐事件1

っひぃぃぃぃぃぃっっっ



シアは今軽く椅子に拘束され、足下に膝まずいた贅肉の塊に、裸足にされた脚を撫で回しつつ頬擦りされている。


気持ち悪さは、ナメクジが這う方がましだ。

時々ジョリ、と擦れる髭は毛根から毟りとってやりたい。

恍惚とした、はうぅと漏れ聞こえる声は喉から潰してやりたい。


が、我慢なのだ。



声が涸れるほど悲鳴をあげたくても、助けを呼べない事情がある。



我慢の限界はシアより彼の方が先にくるはずだ。助けを呼んだが最後、色々すっ飛ばして来てしまうのがわかっているのがまたツライ。


あぁ、早く。

早くしてぇぇ!!






時は少しもどり、アルマの所在不明が問題になった今朝のこと。

仕事の依頼人との待ち合わせ時間をアルマから指定したにも関わらず時間になっても現れず、依頼人からギルドにクレームが入り、ギルドからクランに連絡が入った。


アルマが下宿している、下の食堂のおかみさんから話を聞くと、昨日の夕方に出掛けたきり帰っていないらしい。



ジョナムからの集合がかかったのは、アルマと街で行き会ったトーヤとシア、バースとクランのサブマスターのレッカスだ。ラナイとジズは別の依頼遂行中のため不在で、戻りは夜になるらしい。



「この間やらかした件で、だいぶクランのメンバーからも釘を刺されたようじゃないですか。大方サボリかその辺のトラブルに勝手に巻き込まれているのでは?」


皆にお茶を配っているシアに目礼しながら辛辣に問いかけたのは、ここ2週間ほど遠征にでて不在だったレッカスだ。言葉に刺があるのは、その不在中にシアの身に起こったことの原因が、アルマだと聞いたばかりだからだ。


身内には優しく頼りになるサブマスターは、庇護対象に危害を加えるものに容赦をしない。シアは非戦闘員なだけでなく、希少な(ハーフだけど)エルフというだけで猫可愛がりされていたので余計だ。


「実は例の誘拐事件に関わっていそうでね。そして、困ったことに犯人側の可能性が大きいのだよ」

「ジョナムさん、犯人側って。アルマが誘拐に加担してるってことですか?」

「最初からではないと思うがね。先程アルマから式鳥が飛んで来たんだが、内容がどうにもね」


ジョナムが見せてくれたのは、式鳥という魔力を込めて飛ばす鳥のかたちの手紙だ。

少量の魔力で指定した相手まで直接手紙が届くので、一般的にもよく使われている。


ちなみに魔術士や魔法士は半透明ではあるが本物の鳥のような姿で、声や景色をも届けられるのだが、アルマからのものは鳥の形に折られた手紙だ。



手紙の内容は、街で襲われ拐われたこと。大勢の女の子達と一緒に閉じ込められていること、女の子達の容姿から例の誘拐犯の仕業ではないか、ということが書かれている。


それだけならばまだしも

閉じ込められている場所の情報や、その部屋の扉が精霊紋で施錠されていることなどが書かれているのだ。なぜか、とても詳細に。



「うわー、ないわー。なんすかこれ」

「すごいなぁ。長文だね」

「どうやって式鳥飛ばしたんですかね、精霊術の鍵がかかっているはずなのに?いやはや凄腕魔術士ですねぇ」


その場に白けたような空気が漂う。レッカスなど完全に皮肉まじりになっている。


「精霊紋で鍵・・・・・あのぅ、アルマって精霊紋と普通の紋様の区別とか・・・」


「つかないだろう」

「むりっすね」

「わからないだろうな」

「つくわけがありません」


シアが言い終える前に即答されてしまった。


ちょっと確認したかっただけなんだけど、そんな全否定しちゃうの、みんな・・・・



「と、いうわけで狙われているのはシア嬢ではと思うのですよ」

「まー、分かりやすすぎっすね」

「しかし誘拐犯と結びつけるのは安直では?」

「いや、レッカス君。実は証拠があるのだよ」



街のあちこちで口論や小競り合いなどのトラブルを頻繁に起こしていたアルマ。一般人相手に術符を使用しているようだとの報告が前々からあり、行動を注視していたのだ。シアの事件以降はさらに酷くなり、自警団からもクランに警告が入ったため、苦肉の策として監視をつけていたのだ。



「その監視で誘拐犯との接触も確認したのですね。直情型の子ではありましたが、ここまでくると阿呆ですね」

「レッカス君の言うとおりだよ。監視役がここ数日、夕刻以降に同じ人物と隠れるように接触するアルマの様子に不審を感じ、念のためその人物の照会をかけたんだが。誘拐事件で魔力証跡があった人物と同じだと、さきほど連絡をもらったよ」



「魔力証跡・・・っすか?あの、そもそも誘拐事件の詳しいことよくわかんないンすけど」

トーヤがおそるおそる挙手する。実はシアもそんなに詳しく知らないので、自分もと挙手するとジョナムに苦笑されてしまった。


「そうだね、順をおって話そう。

誘拐事件が起こり始めたのはおよそ20日前。対象は知ってのとおり、オレンジやピンクの髪色の若い細身の女性だね。人数はわかっているだけで9人。王都で9人程度の行方不明者は珍しくないが、今回騒がれている要因のひとつに、拐われた状況にあるんだよ」


「振り返ったらいなくなってた、ですよね。確かに一緒にいた者が騒ぐ状況ですが、9人ともそうなのですか?」

「気が付くのが同行者ではなく、買い物先の店主のこともあるがね。まばたきの間にいなくなったらしいよ、レッカス君ならば可能かい?」

「私も狼獣人の端くれとして素早さに於いては自信がありますが、街中で不特定多数の大勢の目から一瞬にして連れ去る、というのは出来ませんね」


よほど早朝か深夜でもない限り、ここバナキアは王都にふさわしく、行き交う人で溢れている。また商店や露店の並びでは自警団が目を光らせている。

拐われているのは全員昼間から夕方にかけて。誰の目にもふれずに、というのは難しいのだ。



「うん、そうした経過から簡易転移陣の使用が疑われたんだ」

「簡易転移陣って、上級魔術士か魔導士しか使用許可がありませんよね?不正に使用しているにしても、けっこうな魔力を消費すると思うんですけど」


設置型の転移門とは違い、簡易転移陣は術符に刻まれているため、持ち運びできて便利だが、使い捨てのうえ、普通は人ひとり転移するだけでごっそり魔力を持っていかれる。


ちなみにシアが使っているヴォルク製のものは家とクランハウスの往復限定、使用者シア限定、使用回数制限なしのもので、魔力は首輪ならぬリボンから供給されているヴォルク産魔力だ。


余談だが、このリボン、ギルドへの用事でたまたま鉢合わせた魔道具マニアのギルド職員から、リボンへの称賛と作製者についての詮索を鼻息荒くギラギラした目で詰め寄られた逸品である。

虫けらを見る目のジズに窓から棄てられていたけど、多分無事だと思いたい。



「シア嬢の言うとおり使用魔力が莫大なことから、転移先は近距離で複数人の犯行でしょう。簡易転移陣を対象者に張り付け、もしくは設置する者、起動する者などの実動部隊のほかにも、拐った子たちをどこかに集めているならそこにも何人かいるでしょう。そのうちどのくらいの人数が簡易転移陣を扱えるだけの魔力を有しているのかがわかりません。そして拐っている目的も不明なんですが」


「あぁ、でも転移陣を起動するだけの魔力を使ったからこそ魔力証跡が残っていて、使用者つまり犯人の特定ができたんですね」


なるほど、と頷きながらもレッカスはまだ思案顔だ。


「目的は不明だが、アルマは確実に君狙いだろう。というわけで、シア嬢。ジズ君もいないからね、彼に連絡をとらせてもらったよ」

「え」


過保護が炸裂してるだろうヴォルクの姿が目に浮かんで一気に血の気が引く。


「残留魔力証跡から人物を特定したのも彼なんだよ。私が連絡をいれずとも、このクランと繋がった時点で彼は動いただろうけどね」

「・・・お手数おかけしました」


「それからこの件では魔導師団が捜査に入ることになったよ」

「たかだか誘拐事件に魔導師団が?」


バースの疑問はもっともで、本来なら魔導師団が介入するのは国家クラス事案だ。この事件程度では規模が小さすぎる。


「小悪党の誘拐事件ではない、ということでしょうか。それに"彼"とは誰のことです、シアの関係者ですか?」


レッカスの視線がジョナムからシアへと流れてきたが、そっと目をそらす。

今のところヴォルクとの関係を正確に伝えているのはジョナムのみ。なのだが、なぜか訳知り顔なトーヤの表情に気づいたレッカスが片眉をあげた。


「ふーん、どうやら色々と訳ありのようですね」

「我がクランは協力を要請されているから、二刻後に魔導師団へ出向くことになったよ。レッカス君の気になってる"彼"もそこにいるから、聞きたいことは聞くといいよ。まぁ、答えが返ってくるとは限らないけどね」


「・・・もしかしてシアも連れてですか?」

「そうだねぇ」

「ジョナムさん、シアは非戦闘員ですよ?今回の捜査メンバーにいれるんですか」

「まぁ、そうだねぇ」


にこやかなジョナムと対比するように、怪訝さを増すレッカスやバースの視線から逃れるためにこっそりトーヤの背後に隠れる。


「シアさぁん、盾にしないでくださいよー」

「シア、ちゃんと説明してもらいますよ」

「うむぅ」

ここにジズがいないことを嘆きたいような、過保護要員が減っていることを喜びたいような。


とりあえずトーヤでは防壁にもならなかった。



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