第6話 クラン「梟の巣」3

ふわふわの暖かみのあるピンク色の髪は弛く一本の三つ編みにまとめられ、背中で揺れている。

新緑の瞳にはピンクと黒紫の虹彩がまざっていて、大きな目が陽光を反射するとキラキラと輝いているようにも見えた。


ちょこまかと忙しなく動き、子リスのような可愛らしさもありつつ、表情豊かに商人とやりとりする横顔に、時おりドキリとするような色気が滲む。



あちこちの露店をまわって買い物をするシアは、

今までと変わらない後ろ姿なのに纏う気配が全く違う。



すれ違う人が、まるで甘い匂いにつられるような顔でシアを振り返る。

中には隣にいるトーヤの存在を無視して強引に声をかけてくる強者もいたが、当の本人は

「今日は露店の呼び込みが激しいわねー」などと頓珍漢なことを言う始末だ。



イイ顔で戻ってきたシアに「買い物、出来たンすか」とトーヤが手を差しだす。

ん?と首をかしげたあと、何故かシアはその手を取りぎゅっと繋いできた。


「なななななにしてンすか、シアさん!」

「え?なにが?」

「てってってててててて」

「てててて??」

「手!なんで手、繋いでくるンすか!荷物!!荷物ですよ!!」


わはー、そうだったか。と笑って繋いだ手を離し、今度こそ荷物が手渡された。


「ごめんごめん!ジズとかだと、迷子防止っていつも手繋がれちゃうから」

「どんだけ過保護にされてるンすか・・・・。それにしてもずいぶん買い込みましたね」

「だってね、お仕事復帰してから今日まで、自分で買い出しもさせてもらえなかったんだよ。久しぶりにお店覗きたかったのに」


横に並んだ、膨れっ面のシアにトーヤが苦笑いをこぼす。

今日の自分の身を振り返れば、嫌でもシアの外出禁止の理由はわかる。



「なんかシアさん、雰囲気かわったンすよ。ちょっと危なっかしい感じっつーか」

(そそられるってゆうか)


「うーん、まだ周りから見ると病み上がりっぽい?」

「いやいや意味違うっす。なんかつい気になって見ちゃうって感じっス」


「そういえば、抑制魔力の浸透率が、とか不確定要因によるなんちゃらって難しい話してたなぁ。私にはよくわからなかったけど、トーヤわかる?」

「さっぱりわかんないっスね」

「ハーフエルフとか妖精との混血じゃなければマナと魔力と両方を持ってないから、それだけでも魔力のみの人からしたら気になるらしいんだ。しかも今の私はマナと魔力が一定値で落ち着かなくて不安定だから、嫌でも目につくんだって言われたけど」


「いや、そんな小難しいもんじゃなく、主に色気的なものが駄々漏れてる気がするンすけど」

「いいい色気!??ちちちちちがうよぉ!!」


一瞬で真っ赤になった顔で全否定されても説得力は皆無でまるわかりだが、触れちゃいけないやつか、とトーヤは話題をすり替える。


「ちなみにそれ、デデノアん時シアさんを助けにきたヒトの見解っすか?」

「う??う、うん。ちょっと魔術とか魔法とかに詳しい人でね」



「・・・・シアさん、オレ一瞬しか見てないンすけど、あの見間違えるとは思えないんで、念のための確認なンすけど・・・・あのとき来たのって、魔導師団のレーベルガルダ副師団長でしたよね?」

「あれ、トーヤ知ってるの?」



デデノアの事件でシアを抱えた姿を見たのは本当に一瞬だが、超有名人を見間違えようがないし、実はトーヤも目にした光景が信じられなくて、あの日ジズに何度も確認している。


「魔導士自体少ないっスから。そのうえ最年少で魔導師団の副師団長までなって、あの男っぷりですからねぇ」

「でもあんまり行き合わないでしょう?ギルドと合同演習のときもあんまり顔見せないし、よく本人ってわかったねぇ」


「いやいやいやいや。黒紫の髪で金の瞳で魔導師団の制服着てる人なんてヴォルクさんだけっすよ」


「なるほどねー。あ、トーヤちょっと待った!そこの雑貨屋も見たい!・・・いい??」


既に店に釘付けになっているシアの指が、トーヤ袖をちょいちょいっと引っ張る。


ネルザに頼まれた薬草は早々に購入して、通りかかったクランメンバーに急ぎ渡してもらうよう手配済みだから、時間はけっこう余裕がある。




店の奥に入って店主とやり取りをしているシアを、入口のドアに凭れて見ていると、知った気配を感じて振り向く。


肩を叩こうとしていたのか、中途半端に手を上げたアルマが目を丸くしてこちらを見ていた。


「げ」

「げ??あの、、、トーヤ。その珍しいわね、この時間に市場通りで買い物なんて。アタシちょうど奉仕活動終わったとこなんだ」

「お、おう。そのなんだ、今ちっと忙しいから後で話しませんかね、アルマさん」

「なぁに、トーヤってば・・・・あの女っ」


挙動不審なトーヤを不思議そうに見ていたアルマが一点を見つめて突如いきりたった。


「ちょ、待て待て!おいこらアルマ!!」

「トーヤもあの女の味方なの!?あいつのせいでアタシがどれだけ大変だったか知ってるじゃない!!腕離して!!」

「いやいや、敵とか味方とかワケわからんし。大体、先にやらかしたのはアルマで、反省ってことで奉仕活動することになったんだろ??」

「そうしなきゃ強制脱退させられちゃうからじゃない!」



「うーん、じゃあちっとも反省してないのね?」



買い物を終えたらしいシアが、それとなく店の前からトーヤの袖を引いて路地の方に誘導する。


「反省?はっっ、ばか正直言わないで!アンタに謝るとでも思ってたの」

「や、全然」


「「・・・はぁっ???」」


予想外のシアの返答に、トーヤも、噛みつかんばかりだったアルマもポカンとする。



「自分の変化にいっぱいいっぱいで、他人のことまで頭まわらなかったし。申し訳ないけどアルマのこと、今みて思い出したのよ」

「いやいやいやいや、アルマが思いっきり元凶じゃないっすか。忘れてたンすか?」


「ホントそれどころじゃなくてねー。でもアルマは反省はしなくちゃダメじゃない?クランのメンバーでいたいならだけど」

「なに、あんた。頭ん中まで退化したんじゃないの?」



噛みつくアルマに対して、いつもと変わらない様子のシアだが、それが余計にアルマを苛立たせているようだ。


「反省の意を込めて無償で街の美化活動だっけ?

ね、アルマ。何に対してどんな反省をしろって言われた?塔からの無断物品持ち出しと使用、クランメンバーへの傷害。特にこの2点で怒られたんじゃない?」

「まあ、クランメンバーとして問題行動を起こしたことへの反省っすよね」


子供のケンカじゃないからね、シアが苦笑する。

「私への感情とかアルマの事情とかは関係ないんだよ?組織の規律を破ったことへ反省する意がないなら、このままクランにいてもすぐに脱退通告されるんじゃないかな?」


「え、、、う、うるさい!偉そうにアタシに説教しないで!!アンタなんて誰かに守ってもらわなきゃ何もできないくせに!!!」


引き留めていたトーヤの手を振り払うと、あっという間に走り去ってしまった。



「うーん、口出さない方がよかったかな。失敗失敗」

「その、シアさんすみません」

「トーヤが謝ることじゃないでしょう?さて後を追わないとね。どっち行ったか分かる?」


この辺は小さな商店が立ち並び、細い路地が迷路のようにいりくんでいるので、シアでは確実に迷子になってしまう。が、見上げたトーヤは顔に大きく「迷惑」と書いてあった。


「・・・・えー、追うンすか?」


「変な顔しないの。誘拐事件が頻発してるんでしょう?アルマだって危ないんじゃないの?」

「髪はオレンジってより赤茶っすけど。あの乳で細身ってわけでも・・・」


ぎゅむっと荷物を持つ手の甲をつねられる。

「っっっっっってえっ!!」

「ちちのはなしはしないで」

「っ!さーせん!!でもアイツ一応は魔術士だし大丈夫っスよ。まだ昼間だし。むしろシアさん連れ回してると誘拐犯釣れちゃいそうなんで、帰ります」


ジト目のシアに、後でアルマが家に帰ってるか確認する、と約束するとようやく納得したようだ。



そのアルマが引き起こす、はた迷惑な事件が発覚するのは翌日のことだった。

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