第5話 クラン「梟の巣」2
シアの住むイシェナル王国は、大陸一の大国であるベイデック帝国、大陸で広く信仰されているグリダール教の教皇を抱えるグリーディア神聖皇国、強大な海軍と港を有するエンタート共和国の3国に囲まれた、内陸の中規模な国ながら魔法大国として名を馳せている。
建国には魔女や賢者、魔導士たちが多く関わり、王都バナキアは魔法学園都市として栄えた。
学園は門扉を大きく広げ多種多様な異種民族を受け入れたため、周辺諸国の様々な文化が混ざりあい、他国からはバナキアに行けば、どの国のどんなものでも揃うといわれるほどであった。
現在は魔法学園そのものは場所を移したが、王都の賑わいは変わらず、高度な魔法や魔術が普段の生活のなかに当たり前のように使われているのも、他の国ではまず見られないことだ。
希少な存在となったエルフや、ドワーフ、獣人なども時々見かけ、またシアのような混血もそれなりにいる。
その多種多様性がもたらすトラブルも当然多く、街の治安維持のための自警団ではカバーしきれず、家の手伝いから魔物討伐までを請け負う何でも屋として「傭兵ギルド」が重宝された。
傭兵ギルドはいわゆるお仕事斡旋所として機能しており、依頼の受発注を行っている。ギルド員であれば個人で依頼を請けることもできるが、大抵は数人のパーティーを組んで請ける。
また、錬金ギルドや商人ギルドの会員と共同で仕事を請け負ったり、専門性の高い仕事を請け負うためなど、特定の目的で集まった集団が「クラン」とよばれるようになった。
シアの仕事は、クラン〈梟の巣〉の軽食の準備と掃除、備品の買い出しなど裏方仕事がメインだ。
前回のように精霊術を求められて依頼に加わることはほとんどなく、この5年の間で前回を含めて3回ほど。あとは時々勉強会で精霊術の講師をしたり、薬草を採ってきて薬を生成したりする。魔力で生成したものと精霊術で生成したもので効能が違うものもあり、シアしかつくれない薬は重宝されるのだ。
クランマスターであるジョナムは、傭兵ギルドの先代マスターで、ずっと取り組みたかった新人教育と傭兵ギルド全体のレベルアップのためのクランの立ち上げ準備ができると、自分の後任者を育てて、ぽーんとギルドマスターを投げ渡したらしい。
傭兵ギルドに登録したばかりの新人さんが、クラン〈梟の巣〉で依頼の受け方からギルド員としての基礎知識などを勉強しつつ依頼をこなして経験を積むと、ベテラン傭兵とともに少し難しい依頼をうけ、ある程度までになると、あとは自分で頑張りまたえ、と卒業と言う名の脱退を促される。
いってみれば、ここは養成所のような場所なのだ。
自分の得手不得手がわかり、その対処法も身に付けば生死に関わる怪我をグッと減らすことができる。
魔法魔術全体の基礎知識があれば、いずれ組むパーティメンバーとの連携もやりやすい。と、すぐに評判になり今ではギルド登録から一連の流れのようにこのクランに入ってくる人が多いらしい。
傭兵ギルドの本登録は15歳から。大抵2、3年もすればここを抜けていくので、ジズのように講師側として残る若者はおらず、次点で若いのはバースで28歳だ。
もちろん、ギルド登録が20、30代の場合もあるが、全体的には10代後半だ。フレッシュが故にやらかすことも多いが、シアはこの賑やかな雰囲気をとても気に入っていた。
ジョナムの方針で、クランハウスには緊急時以外に宿泊者はいない。講師でもある、幹部メンバーのみ執務室という名の個室を持っているが、そこは各自の責任で管理してもらうことになっている。
3階建てのクランハウスは外の鍛練場を除けばそう大きくはなく、掃除などは共有スペースだけなのだが、買い出しや軽食づくりまで、ほぼシア一人で切り盛りしているのであっという間に時間が過ぎる。
が、合間にお茶をしたり、買い出し先での商人との会話を楽しんだり、自分で時間配分をしながら仕事ができていた。
・・・のだが、仕事復帰からここ4日ほど困ったことになっていた。
「シアちゃーん、何かお手伝いすることない?」
「ございません。お仕事いってらっしゃいませ」
「シア、オレが一緒に買い出し行ってやんよ」
「遠慮いたします。お仕事しやがりませ」
「シアさん、彼に色目使うの止めてください」
「まず彼がどなたか教えていただきたい」
「シアたん、萌え萌えポーズをぜひっ」
「頭沸いてるんですね」
「シア、お願いがあるんだが」
「っかーーーっ!!もうもう、なんですか!!」
「・・いや、なんかわるかったね」
恐縮した様子で若干シアの剣幕に引いているのはバースだ。
「や、ごめんなさい。てっきり有象無象の奴らかと」
「有象無象・・・。皆、若返ったシアが気になって仕方ないんだろうが、少し目に余るね」
「ジズもラナイさんも居ないから今日は余計なんですよ」
「2人とも泊まりの依頼だったか。すっかり失念していたな。・・・そうか、ジズもいないのなら他に頼むかな」
バースは辺りを見渡したあと、すまん。とシアに向き直った。
「魔石の屑石と、薬草の買い出しを頼みたかったんだけど、シア以外でわかりそうなやつが今居ないようだね」
「魔石はともかく、薬草は見分けが難しいものもありますからね、私行きますよ?」
「すまない、自分もこの後依頼に出なくてはならなくてね。ネルザに出来るだけ早くと催促されてるんだ、かわりに頼まれてくれるかな」
ネルザはクランメンバーではないが、お世話になっている医者だ。彼女が出来るだけ早くというなら、本当に至急入り用なんだろう。
・・・この量だと誰か荷物持ちにほしいな
バースに渡された買い出しリストを確認しながら、一緒にロビーまで出ると、ちょうど依頼を終えて帰ってきたメンバーがいたのか、入り口付近が賑やかだ。
「トーヤ!ちょうどいい所に帰ってきてくれた。シアと一緒に出掛けてきてくれないか?」
「えっ」
「え、オレっすか!?」
いやいや、荷物もちならもっとガタイの良いやつのがいいんだけど??
トーヤは剣士だから筋肉はあるんだろうけど、細身なだけに荷物持ちさせるには罪悪感が、、、ね
シアの物言いたげな顔に気づいたのか
「今、市場通りでの誘拐事件が頻発してるの知っているだろう?ある程度、通りの地理に明るく護衛できる人選として、今いる中ではトーヤが最適だよ」
ジズがいれば問題はなかったんだが。とシアの両肩に手を置いたバースがじっと目を合わせてくる。
「誘拐されている人の特徴を知っているかな?」
「ピンクとかオレンジっぽいの髪の細身の若い女の子、ですよね。髪色しか当てはまらない・・・」
「今、思いっきり若いじゃねぇすか」
「・・・・・あー。そうでした」
トーヤは呆れた顔をしつつも、買い出しリストを見せながら、行きたい店の場所を簡単に説明するとすぐにコースを決めたようだ。
だいたい1刻かかるくらいとのこと。
じゃいってきます、と出掛ける2人にバースが待ったをかけた。
「ネルザの遣いものだけ先に届けてくれれば、後は気分転換がてら少しブラブラしてきたらどうだい?シアはしばらく街に出てないんだろう?」
「えっ、いいんですか??したいです、行きたいですっ」
「ただ絶対にトーヤとは一緒にいてな。いない間に何かあったらジズが依頼ほっぽって帰ってきてしまうからな」
嘘でも、そんなことないよ。とは言えないね、それ。
「了解です!いってきますね!!」
一気に足取りが軽くなったシアのうしろ姿にバースとトーヤが笑いを堪えると、互いに手を振り、クランハウスを後にした。
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