第4話 クラン「梟の巣」1
「シア、おはよう」
甘い声とともに額に口付けられる。
もちっと寝かせて、と布団のなかに潜っていくと頭上で苦笑がこぼれた。
「今日から出勤するんじゃなかったのか?」
「はっっ!今日からクランに行くんだった!!」
がばっっと布団をはねのけて体を起こすと、ベッドに腰かけた男が「寝癖すごいぞ」と髪をなでつけてくれる。
寝起きの目には眩しい秀麗な顔面をお持ちの男は、やや長めの黒紫の前髪からのぞく金の眼がシアの視線と絡まると、一層に柔らかく甘く微笑んだ。
・・・・ご機嫌ですね
「おはよヴォルク、起こしてくれてありがと」
「俺としてはこのまま家にいてくれたほうが嬉しいんだが?」
「これ以上このままいたら、私はダメ人間になります。ヴォルク、すぐ出勤しちゃう?朝ごはんは?」
「面倒な奴からの呼び出しがあったから、もう行く。シアの分は作って置いてあるぞ」
「ありがとう、いただくね」
ベッドから降りると少し体がふらついて、すでに団服へと身支度を終えているヴォルクの胸に抱き止められる。
「やはり明日からの出勤にするか?」
「いやいや、これはむしろヴォルクが原因のほうだからね」
「昨日は控えめにしただろ?」
「ぐぐぐ」
ほら、と腰に当てられた手で治癒され、下半身の倦怠感がスッとなくなる。
ここ連日のあれやこれやを一気に思いだし、赤くなった顔を誤魔化すようにヴォルクの胸に押し付けると、首にするりと何かを巻かれる。
「リボン?」
「昨日話した妥協案だ。俺以外には外せないようになってる。・・・良く似合ってるぞ」
「・・・・・・・満足そうで何よりよ」
「今日はホドホドにしろよ。帰りは迎えに行くか?」
・・・確実に過保護が加速してる。
「今日は絶対に無理しないから!帰りはジズに頼むから大丈夫!ね??」
ほら、いってらっしゃい。と胸をかるく叩くと、渋々ながらも、行ってくる、と口付けて転移で消えた。
気になり始めていた、目元の小じわはきれいさっぱり見当たらない。35年付き合ってきた見慣れたはずの顔は、今は少し幼さを残すほどまでに若々しくなっていた。
シアは髪を一本の三つ編みにすると、鏡の中の自分に笑いかける。
よし、今日からまた頑張ろう
あの討伐から8日がたっていた。
なかなか出勤を許してくれないヴォルクにお願いし宥めすかしいろいろいろいろあって、ようやくの出勤なのだ。
ジズにはあの3日後に会った。ヴォルクに鉄拳制裁を受けたらしい青アザだらけの顔に悲鳴をあげたけど、ぎゅうぎゅう抱かれて謝られて泣かれた。
本当は、今日の出勤も迎えに行くって聞かなかったのだけど、ヴォルクにクランハウス近くまでの簡易転移陣(私でも酔わない優れものなのだ!)を作ってもらったから心配ないし、あんまり私に構ってるとパン屋のソーニャちゃんに誤解されちゃうよ、って辞退した。
久々に真っ赤に慌てふためくジズをみて声を上げて笑えたのだから、それでいいのだ。
「おはよーございまーす」
早朝のクランハウスはまだ静かで、食堂に顔を出すとジズやラナイを含めた数人がお茶してるようだった。
振り返った顔は、ジズ以外ぽかんとしてる。
「シア、おはよ」
「おはよジズ。とりあえずマスターに挨拶してくるね。部屋にいる?」
「さっき、2階の談話室にいたぞ」
「・・・・シア?!」
ガッターーンと椅子が派手にすっ飛ぶ。
ラナイさん、朝から豪快・・・・
「お早うございます、その節は多大なるご迷惑をおかけしまして」
「何言ってるの、もう!謝るのは私の方だからね。それはまた改めてちゃんとするけど、、、、えっと。なんか・・・・・可愛くなったわね」
「あー。やっぱり違和感あります?なんかだいぶ若返っちゃって。あ、ひとまずマスターと話してきますから、ゆっくりその後で!」
じゃあ、とその場を後にし談話室を目指す。
後ろで、なにやらどよめきがあがったが、まぁジズが説明してくれるだろう。多分。
あの時、投げつけられ、びしゃりとかかったものは、アルマがデデノアの塔から持ち出した薬瓶だった。アルマは中身が何かは分からず、でもエルフが嫌がるもの、という認識で私への嫌がらせに使うつもりで持ち出していたのだ。
私のあまりの苦しみように、ようやく大変なことをしたと自覚したようだ、と聞いた。
正直、あの時の詳細は覚えていない。
苦しさと、気持ち悪さ、体をねじ切られるような痛みを、何とかしたくて助けを求めた。
助けはすぐに来たのだ
国の端から馬鹿みたいな距離を門なしで跳んで来た。
ヴォルクはシアの魔力変異に気付いてすぐに、跳ぶ準備をして、助けを呼ぶ声に準備をはしょってきた、と言って笑っていた。
規格外にも程がある。
長距離用転移門ですら、3つは経由しなければならない距離を、ひとまたぎで自力で跳んだなんて。
今回ので余力があることがばれたって苦い顔してたけど、シアの治療目的で3日まるまる休みもぎ取れたからまぁ良い、って。
若返ったシアを、これでもう歳のせいにして言い逃れ出来ないなって笑ってベッドに縫いとめて、色んな事を覚悟させられた。療養中の筈なのにガンガンに体力削られて、啼かされて、さんざんな目に遭ったのだ。
談話室にはクランマスターのジョナムとバースがいて、やはり眼を丸くしてシアを見た。
「これはこれは、シア嬢。可憐さに磨きがかかったね」
「マスター、長らくお休みをいただき、ありがとうございました。本日よりまたお仕事に就かせていただけたらと思います。バースさんもただいまです!」
「あぁ、お帰りシア。元気そうでホッとしたよ」
ジョナムはさすがにクランマスターだけあり、動揺は一瞬だ。歳に見合った貫禄と余裕を持ち合わせている。バースに退出を促すと、穏やかな笑顔でシアに向き直った。
「ヴォルク君から大体の症状説明は聞いているよ。本来は幼児まで後退する薬だったようだね」
「はい。実際は呪いを溶かしたエルフ専用の薬液ですね。薬液を体内から浸透、マナを変質させ、肉体そのものを後退変異させるものだそうです。原液だったので高濃度でしたが、殆どが経皮摂取で、口に入ったのは僅かだったので軽くすみました。それに偶然とはいえ、手にしていた傷薬と精製オイルが経皮摂取も妨げてくれたようです。後は彼が術式を壊してしまいましたから」
「何に使うつもりの薬だったのか考えたくもないね。後遺症などはないのかい?」
「後退も15,6年といった感じなので、むしろ若返った体が軽くてつまづいたりしますよ」
今日までヴォルクが家から出してくれなかったのでわからなかったが、外歩きの感覚が違いすぎて、クランハウスまでのわずかな道のりで3度もつまづいている。
「はは、それは羨ましい。色々調整はヴォルク君が出来るだろうしね」
「はい、ただマナの揺らぎが大きくて。全面的に魔力でサポートしている感じでしょうか。しばらくは精霊術は駄目だそうです」
「それも、彼が?」
「・・・・はい。自分がいいと言うまでは使うなと」
「彼はマナの状態までわかるのかね」
マスターからみても規格外ですよね。やっぱり。
「今回のこと、総責任者として謝罪させてもらいたい。仕事をする上での不都合や、体調の不調があれば遠慮なく伝えてくれたまえ」
「はい」
「それにしても、魔力でマナのサポートをするとはいえ、君の場合は魔力も自前ではないだろう?彼と離れていて大丈夫なのかね?」
「いやぁ、それに関してはものすごくごねられました」
シアの魔力は訳あって9割、元はヴォルクのものだ。マナはエルフであるシアの生命力そのものだ。マナが揺らいでいる今、そのサポートに使用する魔力が不足すれば生死に関わってくる。
とはいえ、もともと多忙なヴォルクを引き留めるわけにも、シアがヴォルクと連れだって生活するわけにもいかず
「妥協案として首輪をつけられてしまいました」
「首輪・・・そのリボンかね」
黒いベロアのような光沢のある生地のリボンがシアの首にくるりと二重にまかれている。
これをつけたときのヴォルクがグーで殴りたくなるほどイイ顔だった。あんにゃろうめ。
「非常時に補給される予備魔力がこめられているのと、常時わたしの状態がわかるそうです。・・・その、いろいろと」
「それは、、頼もしい。と言っておこうかね」
「はっきり、ちょっと気持ち悪い、と言ってくださって構いませんよ?」
まさに首輪なのですよ、自分で外せない仕様だしね!
「はは、とりあえず心配なさそうだね。とはいえ、何かあっては困るから、ある程度は君の状態をメンバーに共有させてもらっても?」
「構いませんよ。そうですね、ヴォルクとの関係はまだ大っぴらにしたくないので、今までの通りその点だけは内密にしていただけますか?」
「承知したよ」
退出するシアに幹部メンバーの呼び出しを頼むとジョナムは深く息をつき、自身の執務室へと移動し始めた。先程まで目の前にいたシアの姿を思いだし、これからの騒動を覚悟する。
もともとの穏やかで朗らかな性格に、実年齢相応の落ち着きと包容力をもつ彼女。
透明感のある少女めいた清らかさと、反面、原因はヴォルクであろう色香をまとう、綿菓子のような甘い小柄な容姿の希少種族のエルフ。
それが、若返ったことで、清純さも色気も激増している。
どこをとっても問題しかない。
自覚のないシアよりも周りのメンバーに注意を促した方が確実に対処できる筈だ。
入室のノックに、もう一度だけ深く息をついて返事を返した。
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