第3話 デデノアの廃墟3
扉のむこうは大人5人が入るとぎゅうぎゅうになるくらいの狭い部屋だった。
入口の扉以外の3面全ての壁に天井の高さまで棚が伸びており、大小様々な箱や薬瓶、書物や見るからに怪しげな道具などがところ狭しと置かれていた。
シアはチラリとだけ部屋の中を覗いて、ザッと血の気が引いて慌てて外へ出た。
「これって・・・」
「趣味と実益の産物でしょうね」
うわ、なしなし!!
みんな怪しい妖しいブツってことでしょ!
やたらギラギラした魔石たっぷりの首輪とか何に使うつもり!?
ととと鳥肌すごいよ!
いつの間にか隣に来たジズが扉とシアの間に立ち、部屋が見えないようにしてくれる。
「シア、気分は大丈夫か?」
「今ちょっと衝撃うけてるけど、多分まだ平気」
「多分かよ」
皆から離れすぎない位置まで誘導してくれたので、ほっと息をつく。
「それにしてもすごい量だな。ラナイ、どうします?このまま自分達が持ち出すには危険が伴いそうだね。鑑定が必要ではないかい?」
「そうね、まだ日も高いし一度帰って人数揃えるかしら」
「ギルドの鑑定士にも来てもらった方が早くないかな?」
ラナイとバースがいったん部屋の外に出て話し合っている間に、トーヤとアルマが中を覗いて歓声をあげた。
「うわぁ、これ全部エルフをどうにかするためのやつなンすか?えげつない感じの、あちこちありますけど」
「やだぁー!アタシには何にも影響ないのよね?扉開けちゃって大丈夫だったのぉ??」
「おい、お前ら。勝手に触るんじゃねぇぞ。呪術とかかかってるのがあるとやっかいだからな」
ラナイたちが協議した結果、いったんジズが転移門で帰還し、運び出し要員と鑑定士をつれてくることになった。
ジズが帰ってくるまで、シアたちは塔の外に出てお留守番だ。
バースとラナイは塔内部の他の場所の調査の為まだ中にいるので、お肌と髪の傷みのためご機嫌のよろしくないアルマと、一応アルマとシアの護衛を任され、騎獣の小型竜の世話をしているトーヤとの3人だ。
シアは薬草採取のため手近な草むらを探し始めた。
「シアさーん。あんまり遠くには行かないでくださいよー。ジズさんにくれぐれもって言われてるンすから」
「目の届く範囲にいるから大丈夫だよー」
・・・ジズめ。
廃墟になって15年が経過しているため、もともと人里離れた所に建てられていた塔のまわりは、森とほぼ同化している。
すぐに目当ての薬草を見つけると、森への感謝と採取の赦しをこめて祈りを捧げる。ぽわり、と光が返ってきたことを確認すると、丁寧に摘みはじめた。
「ねえ、ちょっと」
しゃがむシアの後ろから声をかけてきたアルマは、けれどシアが振り返り返事をすると顔をしかめた。
「帰りはトーヤと乗ってってよ」
「私は構わないけど、トーヤはなんて?」
「トーヤの都合なんてどうでもいいのよ。あんたからジズさんに言えばすむことでしょ!」
イライラしてきたのか、胸の前に組んだ腕を忙しなく指がたたく。
「うーーん。決めるのはジズとトーヤだから、2人が良いってなれば替わるよ」
「本当でしょうね。そんなこと言って、ジズさんに変なことふきこむんじゃないの?」
「しないよ、そんなの」
「ところであんた、ジズさんとどんな関係なのよ」
「ん?姉弟みたいなものよ?」
クラン内では割りと知られているが、ジズはシアの弟弟子だ。2歳の頃から世話をしているから、むしろ親子の気分なのだが、周りからは保護者が逆転してると言われている。ひどい。
「昨日の夜もジズさんにくっついて寝るとかあり得ないんだけど。アンタ、ジズさんにベタベタし過ぎよっ。いい年して恥ずかしくないのっ?」
ふんっと、きびすを返し塔のほうへ戻るアルマにそっとため息をつく。
ジズ関係で突っかかられるのは慣れっこだが、なんというか稚ないアルマの言動に辟易とする。
「可愛いんだし、もっと違う方向で努力すればいいのになぁ」
少し進んだ先に別の目当ての薬草を見つけ、黙々と摘むことにした。
ジズが鑑定士など7人ほどを伴って帰ってくると、バースが廃墟内部に彼らを連れていき、ラナイがシアたちに集合をかけた。
「トーヤ、アルマ両名の討伐任務はこれで完了とします。2人の反省会および昇格審査については後日行います。いいですね?」
「「はい」」
「シアもご苦労様。ここの中身についてはギルドと協力しながらの作業になるので私とバースで引き継ぎます。シア・・・その、帰りもまぁ、大変だけど頑張って」
「ふぁい」
「ジズ、帰りも3人をお願いするわ。無事にクランハウスまで連れ帰ってきてね」
「了解しました」
ジズがぽすりと頭に手をのせて「お疲れ」と労ってくれるのがこそばゆい、が、アルマからの嫉妬をビシバシ感じて居たたまれない。
「トーヤ、アルマ、シア。任務ご苦労だった。これより帰還とする。今日は道中で泊まるから。明日の朝にはクランハウスに着く予定だけど、なんかあるか?」
ラナイの姿が見えなくなったことで気が緩んだのか、アルマが駄々をこねだした。
「帰りはジズさんと乗って帰りたいですぅ」
「却下。シアは非戦闘員だ。有事の際にトーヤと相乗りじゃあ、トーヤの負担が大きすぎんだろ」
ため息混じりにジズに諭され、目に見えてアルマの機嫌が悪くなる。
「シアさんだって精霊術?使えるじゃないですかっ。すぐ隣で並走してるんだし、帰りぐらいいいじゃないですかぁ」
「乗り物酔いでへばってるときに精霊術をまともに使えるわけないだろ。そもそもシアは攻撃性のある術は使用できないぞ」
「酔い止めのみながら乗れば、、」
「お前バッカだな。シアさんが、そんな器用なことできると思ってンの?オレも戦いながらじゃ、シアさんを落とさない自信ないンだけど。ほら、もういい加減諦めろ。いくぞ」
トーヤに呆れた顔で小型竜へ腕を引かれて連れられていきつつ、ぎっと睨まれる。
ジズは苦笑しながら、こっちも行くぞとシアの頭に手を乗せた。
アルマのことは気になるが、シアはシアで、甦るわっふわっふの高速揺れ地獄に本気で泣きそうで、それどころじゃなかった。
宿は2部屋とれたため、女子と男子にわかれる。
お風呂は宿の共有なので、先にアルマに行ってもらう。というか、お先にどうぞと声を掛ける前にすでにいなかったが。
空いた時間で、塔の周辺で採取した薬草であれこれ薬を生成する。採れたてだと薬の効能も抜群だ。
ちょうど作り終わった頃、アルマが帰って来た。
・・・防具外すとよりすごいね、たわわが。
「アルマ、おかえり。あのねこれ、生成したての傷薬。あと髪にもお肌にも、、」
「ちょっと、オバサン。約束が違うじゃない!」
「使える精製油って、、ええっ?」
シアの言葉を遮って、怒気を露に詰め寄ってきたアルマにびっくりする。
・・・約束ってなんだ?まさか帰りの相乗り交換のこと??
「この体と今日の討伐でジズさんの目に止めてもらって、もっとお近づきになる予定だったのよ!なのにっっなのに!!お肌はカサカサだし、髪焦げちゃうし、トーヤの馬鹿は邪魔ばっかするし!!行きも帰りもお荷物なアンタのお守りで、全然ジズさんと話せないじゃないっっ」
アルマは首にかけていたタオルを床に投げ捨てると、何かを握りしめるようにぎゅっと腕に力をこめた。
「オバサンの癖に可愛い子ぶってしなだれちゃってさ、気持ち悪いっ。ジズさんは面倒見がいいからアンタのこと仕方なく見てるだけなんだからね!調子にのんないでよ、オバサンの癖に!!」
・・・・・えーと。
どっから突っ込めばいいかわかんないけど、オバサン連呼しすぎじゃない?・・・事実だけどもさ。
じりじりと部屋の角においつめられる。
え、どうしよう。これ何言い返しても火に油注ぐ感じじゃない?どうすればいいの??
なんとも言えなくて、アルマに渡すつもりだった傷薬と精製油をもったまま、ふにゃ、と誤魔化して笑う。
「え、えっとアルマ、ちょっと落ち着こうよ」
「なに笑ってんのよ、アタシを馬鹿にしてんの!!」
ぶんっと、勢いよく何か固いものを投げつけられた。
びしゃり
・・・・・甘い、臭い・・・・・気持ち悪い
こめかみに当たった何かの痛みより、かかったナニカが気持ち悪くて。
何とかしたくて無我夢中で手にしていた傷薬と精製油をばしゃばしゃと自分に振りかける。
そのまま今度は全てを払い落としたくて、体のあちこちを擦り落とす。
・・・・臭い、痛い、気持ち悪い
真っ青な顔をしたアルマを押し退けて飛び込んできたジズが、シアの肩を掴んで何か話しかけてる。
・・・・・よく・・・・・・わからない
クサイ臭い気持ち悪いキモチワルイ
頭が割れるように痛い
うずくまって吐き出したいのに、呼吸も上手くできない。息の仕方がわからない。
・・・苦しい、気持ち悪い、痛いイタイ
体の内側から腐っていくようだ。
小さく蹲った筈なのに、視界がぐるぐる回る。
キモチワルイキモチワルイキモチワルイ
誰か、、、だれか、、、、
助けてヴォルク
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