第2話 デデノアの廃墟2
うわぁ、なんかやだ
デデノアの廃墟は6階建てくらいの円柱の塔だ。
森の中に埋もれるようにあったその塔は、レンガ造りの凝った外装だが、あちこちの壁が崩れており、酷いところは内部が見えているほどだった。
外の植物が中に入り込んでないのは結界が敷いてあったからか、それとも入り込めない原因が別にあるのか。
ようやく乗り物である小型竜の揺れから解放され、素早く自作の薬を飲んだので、胸やけは残るが体調に問題はない。
問題は目の前のやつだ。
強烈な嫌悪感。近づきたくない
「うわぁ。ここに入るのかぁ。・・・うわぁ」
「そこまで嫌な気持ちになるのねー」
いつの間にか横に、今回のチームリーダーである魔法士のラナイが並んで、同じように塔を見上げていた。
黄緑のショートボブの髪が風でサラサラとなびく。
クランの頼れる姐さんは、自分より年上のシアのことも若手と同じように面倒を見てくれる、懐の深い人だ。
「ここね、エルフにとっては監獄のような場所だったらしいわね。聞いてる?」
「あー、はい。趣味と実益をかねた実験の場だったと」
実益ねぇ、とラナイの眼鏡の奥の目がすっと細くなる。
「精霊術の使い手であるエルフだけを拐って集めて監禁。魔薬の投与、魔術具の試験の繰り返し。エルフがもつマナと、魔力、魔術の相互作用を臨床し、皆が使いやすく手にしやすい新たな力の研究。
・・・そんな名目の隠れ蓑のもとで、実際には主犯である主任研究者が極度のエルフ好きで、あの手この手で性欲の対象として好き勝手にしてたってゆう、クソみたいな趣味と実益よ」
「当時は助けに入れないように、またここから出ていけないように、エルフ用の仕掛けがあちこちあったらしい。まだ摘発されてから15年しかたってないから、残り香のようなものがあるのかもしれないな。
ハーフとはいえエルフである君には嫌悪感が感じ取れるんだろう。シア、大丈夫かい?」
シアの顔色を伺うように覗きこんだ、もう一人のメンバーで、熊のように大きなバースに大丈夫だと笑いかける。
話には聞いていたのだ、予想以上だったけど。
まさかここまできて、入りたくないからお仕事出来ませんってわけにもいくまい。
「今回の討伐は、低級の魔物だが、動きが早く飛ぶことを念頭において討伐にあたるように。塔内部は劣化が激しく足場も脆いと予測されます。また、狭い室内であることも考慮して使用する魔法、術符を選択するように」
「はい!」
「アルマは初めての本格的な魔物討伐ね。必ずトーヤの指示に従いなさい。トーヤ、あなたはいかにアルマに適切な指示を出し、上手くサポートして戦えるかを見させてもらいます。私とジズは手助けはしますが、メインは2人で動いてもらうのでそのつもりで連携をとりなさい。なにか質問は?」
ラナイがチームリーダーとして話をまとめていく。
今回の依頼は、アルマのチーム討伐の初戦と力量の見極めを兼ねていて、トーヤにとってはランクを昇給できるかのテストでもある。
実質ラナイとジズは二人の監督官。バースは非戦闘員である私の護衛だ。
トーヤとアルマを先頭に塔の内部に入っていく。問題の扉の場所まではシアはお荷物でしかないので、邪魔にならないよう最後尾からバースとついていく。
塔の中は半壊し、風通しがよくなっているにも関わらず、酷い臭いだった。
入ってすぐ、影になる天井の角にもごもごと蠢く塊が大量にぶら下がっている。目が爛々と赤黒く光っていることで、普通の蝙蝠でなく、魔物なのだと知れる。
「あれが報告にあった魔物ね。では私とジズは少し離れてみさせて貰います。2人とも討伐の開始を」
「「はい」」
蝙蝠型魔物の討伐については、、、、、、
なんというか、トーヤがちょっとかわいそうになった。うん、討伐はできた。経過はどうであれ。
ずんずんと蝙蝠型魔物に向かっていた足元が突然に崩れ落ちて、驚いたアルマが絶叫に近い悲鳴をあげた。それに驚いた蝙蝠型魔物が一斉に飛びまわり、顔面に張り付かれてパニックになったアルマが、トーヤの制止を振り切って火炎の術符をばらまいた。
火だるまになり狂ったように飛ぶ魔物を、トーヤが縦横無尽に走り回りながら仕留めていたところ、電撃の術符を発動させたアルマがトーヤの背中にぶつかり2人で感電。トーヤが振りかぶっていた剣の狙いが感電による痺れでそれて、壁を切り崩すと天井が落ちてきた。
結果、局所的に2階までの見晴らしがよくなった。
因みにアルマを庇ってトーヤのみ天井の下敷きになっていた。
・・・という様子を少し離れた所から呆然と見ていた。
今は少し焦げ、魔力も吸われたらしくヨレヨレの2人が、ラナイとジズからこっぴどく怒られながら魔物の残党処理をしている。
「精霊術の解錠を見るのは初めてで、実は楽しみにしてたんだ。シアどうだ、いけそうかい?」
問題の扉は、不自然に小部屋が配置され迷路のように入り組んだところにあった。
扉の前にあった崩れ掛けた壁はバースにより撤去済みだ。その壁にも認識阻害の術が掛かっていた形跡があるらしく、やはり扉はもともとは隠されていたのだろう。
バースの展開した隔離結界のなかで、シアは問題の扉の前に座り、埃を払って目を凝らす。
若者の証言通り、扉には全面に複雑な紋様がしっかりと彫り描かれている。
精霊紋で間違いない。
少しややこしい、解鍵者に向けて発動する呪いが紛れ込んでいるが、これくらいなら問題なくかわしながら詠める。
「いけます。バースさん、これより解錠を始めます。扉の中に何があるかわからないので、警戒をお願いできますか。ただし、術の使用は私の解除終了の合図があるまで待ってください」
シアは意識して深く息を吸い、呼吸を整える。
精霊術での解錠は久しぶりだ。失敗しないためにも殊更丁寧にマナを調整していく。
扉に彫られている紋の溝に指先を当てると、シアのマナを少しずつ少しずつ流し込む。隅の隅まで行き渡らせるように緩やかに満遍なく。
そして、その描かれた紋様に籠められている唄を詠みあげるのだ。
高く澄んだ透明感のある歌声が、その場を優しく包み込む。仄暗い廃墟に陽光が射すように、扉の紋様から暖かな光がこぼれ、小さな丸い光になって漂いでてくる。そして歌声と同調するようにぽわりほわりと明滅を始めた。
扉に手をついたまま、柔らかな声で唄いあげるシアの全身もかすかな光を纏い、緩く三つ編みにしたピンクの髪がふうわりと柔風をうけたようにゆれている。
ぽわぽわと漂う光が段々と小さくなり、最後のひとつがシアの中に溶けいるように消えると、カチリと硬質な音が響いた。
解錠完了だ。
もう一度大きく深呼吸をしてマナを整える。
「開きました」
いつの間にかこちらへ来ていたらしい、ラナイたちから感嘆の息が漏れる。
その吐息に、精霊術を行使するシアの姿を初めて目にしたからか、ジズとラナイ以外は夢から覚めたように、はっと身じろぎをし目を瞬いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます