波乱万丈な日常は若返り前からです

朱高あまり

第1話 デデノアの廃墟 1

シアの予感は結構当たる。

そして、嫌な予感ほどよく当たるのが世の常なのだ。





王都から馬車で3日ほどの場所にある、デデノアの廃墟の塔に魔物が住み着いたらしい、とギルドに討伐依頼が入ったのが2週間ほど前のことだ。



討伐依頼は最寄りの村からだった。


村の若者が度胸試しに、森の奥に隠されるように佇む廃墟に行き、ひどく憔悴し衰弱した状態で、化物にやられたと逃げ帰ってきたのが発端で、怖いもの見たさで廃墟に侵入した者が皆、同じ症状で帰ってきたのだという。


ちょうどその時、村に立ち寄っていた旅人から、魔物であれば討伐を、と諭されギルドへの依頼になった。


幸いにも死者はおらず、被害にあった若者から話を聞くことができ、内部に住み着いたのは小型低級の蝙蝠型の魔物と判明した。


若者たちの症状から、魔力吸いの魔物である可能性が高いため、討伐には注意が必要となる。だが、数が多く手間がかかる割には低級の魔物の為、討伐報酬は安いので、一般には倦厭されがちな依頼だ。


ところが、研修や実地試験にはちょうど良いため、ギルドからクラン〈梟の巣〉に依頼がおりた。





「なんで転移門使わないンすか~」

「仕方ないじゃない。転移酔いで使い物にならなくなったら困るからでしょ!」

「けどー。転移門ならあっちゅーまにつくンすよ~。シアさん、どんだけ酔いやすいンすか~」


転移門を使用すれば廃墟近くの町までは一瞬の移動だ。実際、残り2人の討伐メンバーは明日の朝、転移門でとんでくる。が、それは限られた者だけの権利なのだ。



照りつける太陽のもと「お肌がかさかさになっちゃうじゃない」とプリプリしているのは、魔術士のアルマ。


「せめてもちっと飛ばしましょうよー」とさっきから不満たらたらなのがトーヤ。細身だが剣士だ。



わっほわっほと飛んで跳ねる乗り物は、大人の2倍くらいの高さの小型竜で、2本の足で力強く大地を蹴る。その背に鞍を付けて乗るのだが、乗り慣れない者は大抵振り落とされる。


「こいつの脚なら明日にはつくだろ。大体お前らにゃまだ、デデノアまでの距離の転移は許可がおりねぇだろうが。シアのせいにすんな、新人のうちから楽しようとすんじゃねぇわ」

「新人ってジズさぁん。オレもう2年目っすよ~」

「アルマは入って半年だろが。今回はお前がフォローしながらの討伐だ。ちっとは先輩らしく、こんくらいでブー垂れてんじゃねぇよ」


「アタシ、ジズさんと2人乗りがよかったですー。初めてのチーム討伐だし、トーヤとじゃ不安でぇ。今のうちにお話聞いてもらいたかったー」


片手でトーヤにつかまりながら、もう片手で肩までのふわふわの髪をくるくる指に巻き付けてる。


・・・この揺れのなか、片手乗りができるなんて器用だなあ



「お前らね、これ道中も査定のうちだからな。あんま騒いでると減点するぞ」

「うへーぃ」


トーヤが片手で手綱を持って、じゃまたあとで、と離れていく。その後ろに乗っているアルマは不服なのか、目が合うとギロリと睨まれた。



わっほわっほと乗り物である小型竜が跳んで走るたびに、アルマのけしからんサイズのたわわが揺れるのを、ジズの左腕にでろんともたれながらぼんやり見る。


・・・これだけ離れてても揺れるのがわかるってすごいわぁ。うらやましくなんかないよ?ぽーんと何処かへ飛んでいってしまえ、とは思うけど。



「シア、生きてっか?」


・・・わりと死にそうです


「今回はシアがいないと鍵が開かなそうだからさ、悪いけどもう少し我慢な。・・・次の水場で休憩いれるか?」

「薬のめ、、ば治る、、、から。だいじょ」

ぶ、まで言えずにジズの腕の中に崩れ落ちた。


ジズが後ろから抱え込んでくれてないと、乗っているのもままならない。ただでさえ乗り物酔いしやすいのに、こやつは跳んで揺れる、高速で。


それでも転移門の酔いかたに比べたら遥かにマシなのだ。我慢するしかない。



全然大丈夫じゃねぇな、と苦笑しながら頬をなでるようにジズの指の背がすべる。


・・・くすぐったいだけで気は紛れないからやめたまえ




本来シアはクランの家事などの裏方業務を引き受け、討伐には参加しない。時々、薬草で薬を生成するくらいだ。


それがなぜ今回、参加を余儀なくされているかといえば、被害者うち、奥へ奥へと逃げ込んでしまった若者の証言にあった。



蝙蝠に追いたてられるように、随分奥へきてしまったと気付き冷や汗をかいた若者が、怖々辺りを見回したその目に入ってきたのは、崩れ落ちた壁の中に隠されたようにある、不思議な紋様の描かれた扉だった。


引き寄せられるように扉に近づき、手を伸ばそうとしたとき、先程より多勢の魔物に襲われ、今度は外に向かって逃げた。


今まで見たこともない、模様が彫りこまれた、不思議と惹き付けられるような扉がまだ印象に残っている、というのものだ。



廃墟となったデデノアの塔で以前行われてた事を考慮すると、その扉は精霊紋で封印されている扉である可能性が高く、解錠できるエルフとして、シアに白羽の矢がたった。



ジズには反対されたが、普段お世話になりっぱなしのクランに貢献できるならと承諾した。今ならもう一人の過保護な人もいないので間が良かったのだ。



小型竜の高速で跳んで揺れる中で、まったく頓着せずぎゃあぎゃあと騒ぐトーヤとアルマも。2人を呆れたように見る、いつの間にか引き締まった逞しい腕になったジズも。


みんな、ピチピチの若者だ。

30代を折り返したシアには、主に体力的に全くついていけない。


「ジズ、、、」

「ん?どした」

「これ・・・で、役たたずだっっっ、たら、薬草いっっぱ・い摘んで・・か帰る・・から」


薬の生成でチャラにしてね。


エルフっていっても半分なのだ。精霊紋を詠み解けてもきちんと解錠できるかはわからない。



「あほか。それより今夜は泊まりになるけど、魔力補給は大丈夫なのか?」

「・・・・・・・・・・・・・へいき」


15歳も年下のジズに面倒をみられてるのが、悲しいかな、恥ずかしくない程には毎度の事で、申し訳なくて。


だからこそ胸の内に燻る本音を伝えられずにいた。



本当はムズムズ胸の奥の方で感じている不安がある。けれど、なんか嫌な予感がするから行きたくない、などと言ったらトーヤからは盛大に呆れたため息をつかれそうだ。


アルマは嬉々として、じゃあ置いていきましょう!って言いそうだけどね。



何事もなければ良い


でもなにかが起きそうな予感がするのだ。

主に自分が被害を被る、いやぁな感じがする。

・・・・だから行きたくない



なんて言ったら、ジズは本当に自分を参加させるのを辞めさせてしまうから、決して言わないけれど。




「あ、、やべー。あいつに討伐の連絡の詳細いれてねえや。さすがに日帰りは無理だし、泊まりってやっぱマズイよな。なぁシア、あいつに今回の依頼のこと、どこまで話してある?」

「昨日の定期・・連絡でば・・・ばしょ言った・・ら止めとけって・・とめ・・とめられた」

「あん?んじゃ詳しくは話してねぇのか。仕方ねぇ、次の休憩んときに式鳥とばすか」

「しき・・届くまで・・か、か・かかるよ」

「あぁ?あいつ今何処いんだよ」


国境域だ。ここからだとジズの式鳥でも半日かかる距離だ。

離れているからこそ、止めておけととめられたのだが、振り切って来てしまっていることは伝えていない。


・・・怒られる、かなぁ



「なんか通信魔道具持ってないのかシア・・シア?」


ジズの問いかけは、でろりぐてりとしながら今更な不安と戦っていたシアには聞き取れず、静かになったシアが寝てると思ったのか、ジズが着ていた上着を被せて包んだりするから、眠気とも戦うことになったのだった。

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