第25話 それはまるで、

「・・・サクヤさんはカムヒ様とは良い関係を築けていますか。」

作戦の決行に向けて、大きなダブルベッドの上に魔法陣を幾重にも書き記したシーツをひいていく。精度を高めるためのキャンドルに火を灯しながらポツリとチヒロ君は不安そうにに呟いた。

「いい関係っていうか・・・ただカムヒ・カイネスが未熟な私を支えてくれるから、上手くいってるだけだと思う。」

シーツの皺をピンと伸ばしながら私は苦笑いした。

すると彼は怪訝な顔をした。

「・・・この前の食事の時、サクヤさんの中の何かが丸々消えている様に感じたんです。その後気になって他のカムヒ様たちに相談したのですが、皆様途端に冷たい目になられるばかりで・・・。だから、てっきりカムヒ様と上手くいっていないのかと思っていたのですが。」

「え」

消えている?私の中の何かが?

チヒロ君の言葉が流れ込んだことで今までそこにあったはずのモノが消えたように思えて、恐怖心から強く服の上から掴んでしまう。でも、チヒロ君の思い違いかもしれない。だって私の心臓はちゃんとココで動いている。今この瞬間もちゃんと脈を刻み続けているじゃないか。

「・・・何も消えてないよ。チヒロ君の気のせいじゃないかな。」

「それなら、よかったです。・・・すみません、作戦の前に動揺させてしまうようなことを聞かせてしまって。」

「いいんだよ、心配なことは早めに吐き出したほうが後々お互い楽だから、ね。」

アオイさんの真似をしながらそう言ってみせれば、少し曇っていたチヒロ君の顔が晴れていった。だから、大丈夫だ。 

なにもこわいことなんてない


「それじゃあ、始めるよ。準備はいい?」

「はい、問題ありません。」「大丈夫です。」

「よし、じゃあこれから怪異討伐を八神チヒロ、霧嶋サクヤの二名に行ってもらう。怪異は夢を介すことでしか接触できないため、両名の精神状態をリンクさせ同じ夢を見ることによって二名での怪異への対応を可能にする。そのため常時両名の血液リンクを行い、バイタルを作戦終了まで観察し続けるものとする。いいね?」

私達は頷くとシーツの中央に置かれたペーパーナイフで人差し指を傷つけた。刹那の痛みも感じず、濁った赤褐色が指から零れ落ちる。そしてそのままお互いの手のひらをゆっくり重ねた。チヒロ君は静かに目を閉じている。私の方も息苦しさといった苦痛はなく、むしろずっとこのままでもいいと思うほどに彼の意識を受け入れていた。だから私たちの斜め前に座るアオイさんに向かって大きく相槌を打った。

「・・・これより最終段階に入る。精神状態の安定性を向上するため、検体番号6040番による神威許容量均衡化と神核接続回路拡張のコマンドの使用を一時的に承認。・・・解除。」

ガコンとブレーカーが落ちたように私の身体は正常に機能することを止めた。もう瞼を開けてアオイさんやチヒロ君のことを気にかけることもできない。だから私には”信じる”ということしか残されていなかった。アオイさんを信じ、チヒロ君を信じ、私という人間を信じる。ただそれだけだった。

「バイタル値安定。回路接続状況も良好・・・固定する。」

指に何かリボンの様なものが巻かれていく。そしてひじの下には長時間でも腕が疲れない様にと柔らかめの台が置かれ、手首は手錠の様なもので固定された。

「・・・6040番の最終コマンドを開錠。コード準備完了、作戦行動開始まであと3秒。2、1、

”おやすみなさい、二人とも”。」

その言葉によって私たちは強制的に睡眠状態に入る。持ち主が消えた魂の箱舟は真横のベットに吸い込まれるように倒れた。


「・・・さん、サクヤさん。」

「ん・・・チヒロ君、よかった。成功したんだね。」

「はい、第三者との精神接続は初めてだったのですが思った以上にサクヤさんとの相性が良かったみたいで・・・想定時間より早く共有することができました。」

彼の手を借りながらゆっくり体を起こすと、そこは一面何もない白単色の世界が広がっていた。

「ここが・・・チヒロ君の夢。」

「というには未成熟な空間ですが・・・一応”僕の夢”と一般に認識されている場所ですね。驚きましたか?」

「・・・少しだけね。そういえば怪異は?」

周囲を見渡してみるが、人の影はおろか塵一つすらも見つからない。深夜時間帯の作戦行動だったから、怪異が興味を持たないわけがないのだが・・・。

「あちら側に見える赤黒い空間が怪しいと思うのですがどうでしょうか。」

チヒロ君が指さした先には点の様に小さく赤い空間があった。確かに悪夢を見せるというのならそれらしい色をした空間に滞在している可能性は大いにある。私は彼の提案に乗ることにした。

「・・・行ってみようか。備えあれば憂いなし、情報は多いほうがいいからね。」

「!はい!」

重たい腰を上げて、歩き出す。進むたびにその空間はただ赤黒いだけでなく、人間の内臓を内側から観察したような気持ち悪さを帯びていることに気づかされた。少しずつではあるが、不快感も強さを増していく。チヒロ君の方を振り返ってみるが、彼は案外平気そうだ。私より顔色は悪くないし、歩みも一定だ。

「・・・チヒロ君、平気?結構歩いてきたし体調とかどうかな。」

「問題ありません。・・・もしかして、何か異変を感じましたか?」

慌てて歩みを止めた彼に申し訳なさを感じながら、私は今の状態を伝えた。彼は少し考えるそぶりを見せると、私の手に自分の手を、そっと重ねた。

「僕たちの精神接続は今もちゃんとつながっているのですが、何分初めてのことだったので負荷をかけてしまっているのかもしれません、すいません。本当は適切な処置をしたいのですが、これ以上術式を使用してしまうと更にサクヤさんに対する負荷があがってしまうので・・・今はこれで許してください。」

手のぬくもりと一緒に優しさが体に流れ込んでくる。一人よりずっと今の方が楽に思えた。

「・・・ふふ、気にしないで。こうしてた方が私も楽だから。」

安心させようともう片方の掌を重ねる。チヒロ君は少し驚いた様子で私の手を握りなおした。

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