第21話 はじまりの場所
「ま、槙屋さん!今、エントランスに...!」
扉を蹴破って入ってきた部下は、息絶え絶えにアタシに告げた。
「どーした?嫌いな蜘蛛でも出たのか?」
彼をパイプ椅子に座らせ、様子を見にエントランス方面へ歩いていると、何処にでもいる様な黒が目に入った。きっと幻覚だと、振り切る様に歩調を速める。だって彼女はあそこで、
「アオイさん!」
声のする方に顔を向けると、其処にはあの子がいた。嘘だ、幻覚だ、都合の良い夢に違わない。だけど彼女はどんどん近づいて来る。確かに其処にいると認めざろう得ないほどに。そして、思いっきり抱きつかれた。
「アオイさん、ごめんなさい。
心配、かけましたよね。」
その声を聞いた瞬間、私はもう迷わなかった。彼女を確かに抱きしめて、大人のくせにボロボロ泣いた。
「おかえり、咲耶ちゃん。
よく頑張ったね。」
だけど頭をグッシャグシャに撫でられて笑う彼女も、もらい泣きしてたからお互い様かな。
「はぁ⁉︎じゃあ今の今までサクヤちゃんは、カイネウスとカイニスの居館に居たってこと⁉︎」
「そういうことになるんですかねぇ。」
彼女はえへへと照れくさそうに笑いながら言うが、大変ヤバイ状況下におかれていた事がわかった以上更なる調査は免れないとわかってしまった。
(あぁ〜っ!こんなん絶対研究班にとっ捕まる奴じゃん!)
即刻後輩に鬼電をかけ、なんとかアタシの方の調査書の提出を条件に観察保護対象から除外してもらった。まじ危なかった。
(高級チョコの賄賂で手は打って貰えたから良かったけど...)
それにしてもまさかカムヒが彼女を神域に招き込んでおきながら、指一本触れずに(?)帰すとか...稀有なケースだな。そもそもサクヤちゃんのカムヒはそんなに優しいヒトではないと思っていたが...我々の見当違いだったのだろうか。
「...それで、私彼に"お願い"したんです。アオイさんや八神君に感謝を伝えたいって事と...あともう一度一緒にご飯が食べたいって。そしたらピカーって強い光が当てられて、気がついたらプロセルピアのビルの前に。」
「............サクヤちゃん、
率直な一通り聞いての感想を
言ってもいい?」
「?はい、どうぞ。」
私は思いっきり息を吸い込んでから、キッと槍を睨みつけると叫んでやった。
「こんの、拗らせ男め!全くサクヤちゃんに何カッコつけてるんだか!」
まさか、まさかとは思ったがコイツ...サクヤちゃんの前ではいいカッコしいなだけだろ、これ!可憐だとか、守ってやりたくなるだとか、確かにサクヤちゃんは可愛いけどさ!人外化止めてくれたことに関しては頭あげらんないけどさ!
「あんなことしておきながら、好きの一言言えないとかホント、ギリシャの男って奴は!」
ふと彼女を見ると、目を白黒させていた。心なしか、瞬きもしていない様な...。その様子でアタシは全てに合点がいった。
(あ、まずい。サクヤちゃん意味わからなくてフリーズしてる。もしかしてこの子、彼から向けられていた感情に気づいてなかったな?)
「おーい、サクヤちゃーん。
戻ってこーい。」
「...はっ!私は、何を」
正気を取り戻したサクヤちゃんは咳き込むと、再び口を開いた。
「...私は執行人としてダメダメですね。
アオイさんにも迷惑かけましたし、鴉女ともろくに戦えなかった。本当にすいませんでした。」
深く下げられた頭は彼女の精一杯の気持ちを表していた。ただの槙屋葵衣なら彼女の頭をすぐ上げさせていただろう。だけど特務機関プロセルピアの実務部門指揮官である私にはそれが出来なかった。ただ上司として話すしかできなかった。
「...まず事実として鴉女はちゃんと保護できたから、そこは気にしないで。でも、指揮官である私の命令の不履行は、サクヤちゃんの命を守る為にも今後気をつけて欲しい。それから...私自身サクヤちゃんの力を過信しすぎてた。そのせいで、サクヤちゃんを危険な目に合わせた。其処は指揮官である私の許されないミスだ。
ごめん。」
私は彼女に向って深く頭を下げた。すると彼女は慌てた様子で頭を上げるように言った。顔を上げた先に見えた少女の困惑と感謝の入り混じった顔はとても彼女らしく見えた。その時一本の電話が入った。
遡ること10分前・・・
「・・・任務ですか。」
「君にはいつも無茶させているからね、疲れを癒しに外の空気でも吸いに行っておいで。」
検査着に身を包んだやせ細った少年に一冊のファイルを手渡す。彼はパラパラとその中身を確認してから「わかりました。」と言って顔を上げた。暗い実験室の中で輝くその目は己と同じ赤だった。
「ああ、そういえば・・・以前君が面会した盃の少女、無事に帰還したそうだよ。」
「‼」
「この任務は本来二人一組でおこなうものだからねぇ、せっかくだし彼女を誘ったらどうだい?」
「・・・検討、します。」
彼はそれだけ呟くとゆっくりとファイルを持って立ち上がり、扉へと足を進めていく。やはり彼女のことを気にしているのだろう、いつもより歩調が速い。これならばマホロを呼べる日も近いだろう。閉まっていくドアを見送ってから、僕は立ち上がった。まだ仕事は山積みだから、早く仕事場まで帰らなければならない。
「盃の少女はカムヒとの繋がりを深め、
進化への駒を一歩進めた。
縁の少年は、どう出るのかな?」
タイムリミットまではまだ余裕がある。
私の悲願を叶えるための道具はすべてココにそろっていて、儀式の準備不足に焦るなんてことはありえないだろう。
それならば後は流れるがままにさせてみよう。
「賽はもうとっくの昔に投げられているのだから。」
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