幕間 テッサリアの乙女の独り言
「酷いわ、私の愛を捨ててしまうなんて。」
私はカイネウスに中身を捨てられた空っぽのグラスを見て呟いた。あの子の為に冥府まで取りに行ってもらったのに。彼も無粋なものだ。
「でも、もう限界な癖によく頑張るものね。同じ私として尊敬しちゃう。」
アナタは気づいているのかしら。サクヤを見つめる瞳が日に日に熱く、甘く、ドロドロに。まるで溶岩の様に取り返しのつかない色になっていることに。彼女に会った帰りにはいつも、手に力が入りすぎて掌に血が滲む様になっていることに。
「偶にはこの部屋も換気しないとね。」
やがてたどり着いた、鍵を幾重にも設置した鉄の扉をゆっくりと開ける。そこには厳つい入口からは想像もつかない、可憐な...少女趣味に満ち満ちた空間が広がっていた。天蓋付きのベットにふわふわのぬいぐるみたち、女の子なら一度は夢見る様なフリルいっぱいのワンピースやドレスの数々が整然と配置されている。
カーテンを片隅に寄せ、大きな窓をゆっくり開くと気持ちの良い風が入ってきた。
「これでよしっと。あら?」
ふと目に入った部屋の片隅に置かれたトルソーは空っぽだった。ついこの前まで制作途中の衣装が掛かっていたというのに。靴の空き箱や空っぽのジュエリーケースも丁寧にトルソーの足元に置かれたままだ。
「......あぁ!そういう事ね!なぁんだ、やっぱり彼も私とおんなじ気持ちだったのね。」
部屋の状況から導き出した答えを私は満足して咀嚼した。なんて甘く、なんて熱く、なんて重苦しい味だろうか。こんなもの、只人の少女に飲み干せる訳がないのに。
「だけど、仕方がないことよね。私達は恋を知らなかった。それなのに、この地に降りて極上の果実にも勝る少女を見つけてしまったのだから、手を伸ばしてもおかしくはないでしょう?」
私の言葉を肯定するかの様に強い風が吹き抜ける。今頃彼らのいる部屋でもこの風を感じている筈だ。
「ねぇ咲耶、アナタへの愛が過ぎてアナタの部屋を創り上げるのに飽き足らず、自分との婚礼衣装も手ずから作ってしまう様な男だけど...一途で悪くないでしょ?」
時間があればこの部屋で、いつも槍を握る手に針と糸を持って、自身の有り余る恋情・愛情を形にしていたカイネウスの姿を思い起こす。その目はいつも苦しげで、飢えた獣の様だった。
「だから、色良い返事を頂戴ね。
私も彼に負けないくらい、アナタを愛しているのだから。」
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