第19話 波止場

私の家は変だ

おとうさんがいないのに、おかあさんが何人もいるんだもの

私の家はおかしい

私の部屋には窓もドアもなくて、変な祠と天井から吊り下がる沢山のお札しかないから

私の家は狂ってる

毎日毎日同じ歌が延々と私の周りで流れてる

かみさまのうた わたしを讃えるうた

わたしが?

違う、違う。わたしはさくや、神様じゃない

ちがうの、おかあさん。わたしは、私は、私

「...くや、咲耶。私達の愛しいサクヤ。」

「っ!」

悪夢から逃げる様に目を大きく開く。すると綺麗なヒトが此方を覗き込んでいた。あのヒトと雰囲気がよく似ている。

「ふふ、おはよう...いいえ、はじめまして

 私はカイニス。いつもカイネウスがお世話になっているわね。」

「えっと...あ、私は霧島咲耶と申します。

 すいません、介抱して頂いたみたいで。」

ゆっくり体を起こすと制服ではなく白いワンピースを纏っていたことに気づいた。

「気にしないで、あぁアナタの服汚れていたから今洗濯中なの。少しの間それで我慢して。」

「いえ!こんな上等な服初めて着ました。

 ご丁寧にありがとうございます。」

まるでシルクのように繊細ながら着心地の良いワンピースに私は顔を綻ばせた。それを見た彼女は安心した様に微笑んで席を立つと、水を取りに行ってしまった。

「...ここ、懐かしい香りする...。」

おもむろに陽の光が差し込む方を見ると青い空と草原、その下に広い海が見えた。風が優しく私の髪を撫でてすり抜けていく。

「ふふ、くすぐったい。」

「風が心地いいでしょ?ここは。」

振り返るとカイニスさんが水の入ったコップをお盆に載せてドアの前に立っていた。

「私がココにしよう、って決めたの。海が目の前に見えて、気持ちの良い風が通る...そんな高台にずっと憧れていたから。」

彼女の外を見つめる横顔はとても綺麗で、まるで湖に佇む精霊みたいだった。

「ああ、そうだ。これどうぞ。」

「すいません、ありがとうございます。」

ヒンヤリとした手触りに少し震えそうになるけれど、好意を素直に受け取ろうとグラスを傾けようとした。

「待て!それは口にするな!」

ドアを蹴破る勢いで部屋に足を踏み入れたあのヒトは、私からグラスごと取り上げた。そしてその中身を窓から流してしまうと、怒りを露わにしてカイニスさんに詰め寄った。

「カイニス、これはなんの真似だ。オマエだってあの水が唯の飲料水じゃない事くらい分かっていると思うが。」

「酷いわ、カイネウス。折角ステュクス川から取ってきたのに。」

彼女は拗ねた様に頬を膨らませると、外の空気を吸ってくると言うと部屋から出て行ってしまった。

「あの...」

「...見苦しいとこ見せちまったな。

すまない。」

見かねて声を掛けた私を気遣う様に彼は困った顔をして微笑んだ。


「オレは、本当はカイネウスという名なんだ。カイネスはオレとアイツ...カイニスを一つの神格として統合した仮称に過ぎない。」

「じゃあ、アナタは

 カイネウスさんなんですね。」

私の返答に彼...カイネウスさんはコクリと頷いた。

「オマエを騙す様な真似をしてすまなかった。どうか許して欲しい。」

「...いえ!気にしないで下さい。」

どうにか頭を上げてもらうと、眉を八の字にしたまま不安げな彼と目があった。カイネウスさんの固く握り締めた手はボロボロに傷がついていて、思わずそっと触れていた。

「...あの、もしかして、アナタが代わりに槍を振るってくれたんですか。」

「.........サクヤは、十分よくやったよ。何も知らない身だったのに、此処まで...よく頑張ったものだ。」

私より大きい無骨な手で、髪にそっと触れられる。暖かくて、このまま眠ってしまいそうになる。だけど"呑み込まれてはいけない"と脳が警鐘をならした。まだ、起きていなきゃ。

「...カイニスがオマエに飲ませようとしていたのは、特別な水だ。それこそオマエの全てを、オレたちと同じに作り替えてしまう程の。だから、飲む前に止められて...良かった。」

いつの間にか細長い指は私の髪をすり抜けて頬を撫でていた。くすぐったくて、彼の左手にてを伸ばす。

「オマエの意志を無視して何かするのは嫌だから、だから一つだけ...この手を先に進める前に教えて欲しい。」

以前夢で会った時の様な真剣で嘘を許さない目でカイネウスさんは私を見つめた。


「咲耶は、このままオレたちと

 此処にいる覚悟はあるか?」

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