第18話 震撼、暴走、そして
黒鳥は静かにこちらを見つめている。確か『目を合わせると即座にこちらに向かって奇声を発する』と記録されていた。だけど、一向に私を視界に捉えてなお、鴉女はピクリとも動かない。
「アオイさん、標的が全く動かないのですが...」
『え、本当?おっかしいなぁ...。サクヤちゃん、今鴉女とどれくらい距離ある?』
「えっと...」
ちょうど目に入った街灯の間隔を頼りに算出しようと、視界から鴉女を外した僅か1秒。
「....っあ!!」
神器で彼女の爪を受け止める。あと少し遅かったら確実に喉を傷つけられていた。鴉女は悔しそうに低く鳴き、再び距離を取った。
「はぁ、はぁ、はぁ...」
『サクヤちゃん!大丈夫?』
怖い、怖い、怖いこわいこわいこわいこわい
「ア、アオイ、さん...」
(逃げちゃいけない。アオイさんの期待に応えなきゃ、もし次受けとめられなかったら?死にたくない、嫌だ、だめ、逃げたら全部無くなる、ダメだ逃げるな、立て、槍を握れ、早)
思考が、纏まらない。早くアオイさんに迎撃手段を教えてもらわないといけないのに。体が鴉女の目で固定されたみたいに凍っている。どうしよう、早く、早くはやくはやく!
「アナタって子は、
本当にグズでノロマね。」
彼女の口からよく見知った音が発せられる。違うアレは偽物。鴉女が真似してるだけ、"あの人の声"じゃない。なのに、心が、体がアレを"あの人"だと錯覚している。目の前で彼女が嘲笑っている。まるで、小動物をいたぶる鷲のような目で。負けちゃいけないのに、槍を持つ手がカタチを忘れて溶けていく。
「どうしようもないお荷物。
早く死んでしまえばいいのに。」
「あ、あ、あわ、私、わたし、わ...たし、」
何も聞こえない。アオイさんの声も、風の音も、何一つ私の耳は受け付けない。ただ彼女の声だけが耳の中でこだまする。ずっとずっと。
「アナタなんて産まなきゃよかった!」
「あ、あ、あ、ごめんなさい、おかあさ」
鴉女がこちらに向かってもう一度爪を振り上げた時、私は彼女がおかあさんに見えて、それで、
「サクヤ、頑張ったな。」
視界が焼けた手で覆われて、その後の記憶は、ない。
ヘッドホンの向こうから女の絶叫が響く。
それに呼応する様に何かを切り刻む音も加速していく。数分ほどの事なのにアタシには1時間にも感じられた。やがて今までが嘘の様に静まり返ったのを認識すると即座に彼女の安否をたずねる。
「!サクヤちゃん!大丈夫?」
『...............おい、』
暫しの沈黙の後、かつて聞いたことがない様なサクヤちゃんの地を這う低い声が聞こえた。
『次コイツを危険に晒してみろ、
お前たちの首を一つ残らず飛ばしてやる。
それが嫌なら二度とオレを怒らせるな、
いいな。』
そこで通信は切れた。アタシは運転席で眠る後輩の頭を思いっきりファイルで殴りつける。
「元原!」「は、はいっ!」
「サクヤちゃんが危険だ、回収に行くぞ。
とばせ!」
「わ、わかりました!」
今の私には1秒でも早く彼女を抱きしめに行く、それだけしかできなかった。
「あ、あ、あ...」
女が、助けを乞う様に手を伸ばす。
「コイツのために殺さないでやるよ。でもな」
「ああああぁ!!!」
「オレは騒しいオンナが嫌いなんだ。」
思いっきり槍で手ごと貫いてやった。これで暫くは黙っているはずだ。
「ちっ、まっず。...ってかコイツの服血だらけになっちまったな。」
返り血を地面に吐き出して、ふと手を見れば気味悪い赤褐色に染まっていた。それは少女の腕も足も全て、余す事なく紅蓮に汚してしまっている。
「あー、こういう時オレにはどうしようもねぇし......おい、起きろカイニス。」
オレの声に応えた槍は即座にその役目を放棄し、女の形に変化していく。その顔は嫌なくらいオレに瓜二つだ。
「...おはよう、カイネウス。
あら、その身体の子は...」
「サクヤの介抱をお前に任せたい。
オレは...少し、眠る。」
「ええ、完璧にこなしてみせるわ。
だから安心しておやすみなさい、
カイネウス」
張り詰めた力が途端に抜けた少女の身体を彼より細く長い腕で支える。鳥の様に軽い少女をそのまま抱き上げると、後ろを振り返った。状況が理解できていない青髪のあの子を安心させる為に優しく微笑んでみせながら。
「はじめまして、人間の皆様。
そしてさようなら。
サクヤは私達が貰います。」
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