第17話 御役目:pattern Black
「サクヤちゃんにもそろそろ御役目に着いてもらおうかな。」
「え?」
プロセルピアに来て一週間。神器の扱いに慣れようとトレーニングルームで素振りに励んでいた時、後ろでパソコンに向き合っていたアオイさんは今思いついたかの様にポツリと呟いた。
「実はね、結構仕事が立て込んでて...人手不足なんだよねー。だ・か・ら、」
彼女はゴソゴソと隣の鞄から書類の束を差し出した。
「調査、よろしくね!」
「は、はい...」
投げ出された書類の最初のページには
【キョクトウ・アルカディア特別区 怪異
鴉女 推定神威:0.5〜1.0】と記されていた。
「黒くて巨大なヒト型鳥人、女の様な甲高い声で目の合ったものを威嚇もしくは対話しようとする...か。」
家に持ち帰ってきた書類に一通り目を通したが、全くもってよく分からない。アオイさんから初日に貰ったファイルをペラペラとめくって鴉女と同じ様な神話生物がいないか探すけれど、古今東西同じ様な生物が多く存在しており「これだ!」と断定するには至らなかった。
「女性体ならスフィンクスとか、ハーピー...
でも日本だからなぁ...他国の神話生物が
日本にいるなんて事あり得るのかな。」
毎日プロセルピアで神話生物や怪異について勉強はしているが、この国の神話もプロセルピアに入って初めて知ったくらいだ。私はまだ、他の執行人たちと比べて無知の域を脱していない。
「もっと頑張って、早く役に立てる様にならないと。」
アオイさんは八神君以外の執行人の事を話したがらない。だけど、他の職員さんの会話を偶然帰り際に聞いてしまった。
「槙屋の班は緩すぎる!個々の能力は高いのに、アイツは育成を殆ど執行人当人に丸投げしてるらしいじゃないか。」
「あぁ、あそこ離職率ダントツだしなぁ。
今度入った新人もいつまでもつか...」
「だがそれに比べ、うちの班は成績優秀だな!この前も神威の強い怪異の回収に成功したし、洸一様直々に視察に来られたし...俺の評価も高くなったに違いない。次の人事が楽しみだ。」
そう高笑いして休憩室から出て行く後ろ姿を確認してから、私は居ても立っても居られず走ってアオイさんのオフィスに向かおうとして.........やめた。
(今見た事をアオイさんに話したところで何が変わるんだろう。あの人を傷つけるかもしれない、あの人を...悲しませるかもしれない。)
それは、嫌だ。あの人はもう十分過ぎるほど悲しみを知りすぎている。もう、私のせいでこれ以上悲しませたくない。
「大人になるって、難しいな。」
私は散乱した机上をそのままに槍を抱えて布団に潜り込んだ。あの日以来こうしてると首を絞められる事がなくなった。喜ぶべきなのに少し怯えている不自然な自分を飲み込みたくて襲いくる睡魔に身を投げた。
(頑張ろう、期待に応えて、それで)
もっと優しいあの人の様な、私になるんだ
『あー、あーマイクテスト。サクヤちゃん、
聞こえてる?』
「はい!大丈夫です。」
私は都会じゃ稀な漆黒に潜んで、耳元のイヤホンに手を当てた。
『約300秒後に標的が出現するよ。準備はいい?』
「...少し緊張していますが、私ができる事、全てをぶつけるつもりです。」
槍を握る手は既に汗でびしょびしょだ。足だって震えてる。でもやらなきゃいけないのだ。自分を奮い立てる様に怪異暫定出現位置の対岸に立った。後ろに逃げない様に地面に自分を括り付けて。
『サクヤちゃん、一緒に頑張ろうね。』
「はい!」
息を吸い込んで、恐れごと吐き出す。
ふと神器に目をやるとギラギラと赤く輝いていた。
(コレが、あのヒトの心そのものだって
いうなら...)
握りしめた手をゆっくり解き、槍の切っ先を真っ直ぐ天に向けた。彼ならばきっとそうするだろうから。
「...私頑張るから、だから...アナタの力を貸して欲しい。...お願い、カイネス。」
これで覚悟は決まった。
さぁ始めよう。
『標的..........来るよ!』
目前の黒を視認すると、私は一歩前へ踏み出した。
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