第16話 流星愛歌

「それじゃあ手を合わせて...

 いただきまーす!」

「いただきます。」「...いただきます。」

ホカホカと湯気を立ち上らせるラーメンを囲んで私とアオイさん、そして...

「...これが"らーめん"...?」

八神君は各々箸を持ち上げるとラーメンを啜った。

「ちーくんはラーメン食べたことないっけ?」

「あ...いえ、一度だけ父さんに食べさせてもらったことがあるんですが、スープの色とか上に乗っている物とかが違っているので...」

「じゃあ醤油ラーメンは食べたことないのかもしれないね。」

今時醤油ラーメンをよく知らない子がいるとは思わなかった。八神君の出身は福岡とかかな。

「......っ!熱いけど、おいしい...です!」

よっぽど醤油ラーメンがお気に召したのかスープまで飲み干した八神君はキラキラとした目をしていた。


「ご馳走様でした、アオイさん。」

マンションの前まで送ってもらった後、私はアオイさんにラーメン代を手渡した。

「いいよ、これもアタシがしたくてやった事。サクヤちゃんはまだこの先長いんだから、自分の為にお金は使って。」

「でも...」

「いいからいいから。」

彼女は懐から取り出したキャンディと一緒に代金を私に握らせた。

「また明日からも頑張ろうね、サクヤちゃん。おやすみ。」

「は、はい!おやすみなさい、アオイさん。

 八神君にも、お礼を伝えて下さい。」

私の声に応えるようにアオイさんが手を振る。ビルの灯りが瞬く街で一筋の光が夜空に尾を引いた。


「ちーくん、起きてるよね?」

「...すいません、霧島さんのお見送り任せっきりで。」

「別にいいよ、何かあった?」

「いえ...ただ...」

彼女が、以前と少し違う様に感じた。まるで何かを忘れさせられているかの様に。

「なんでも、ありません。ちょっと疲れてたみたいです。初めてアオイさん以外の方と食事を共にしたので...。」

過程で物事を論じるのは危険だ。だから口をつぐむしかなかった。

(カムヒ様達に伺ってみようかな...)

夜空が縦に裂けていく。暗闇も人々のしがらみも、等しく溶かしていく様に。


「サクヤ、サクヤ...ふふ...」

暖かい手が髪を撫でる。頭から顔へ、顔から首元へ...そして止まった。

「んぐっ⁉︎」

全身が動かない。先程まで緩やかに動いていた手が私の首を仕留め、蛇の様に絡み付いた。ギチギチと殺さないギリギリの強さで私の体を余す事なく締め上げて、恨みがこもった声で私の心に追い討ちをかけていく。

「どうして、どうして裏切ったの?あんなヤツを受け入れるだなんて!あんな、あんな穢れた男を!どうして!」

「っあ...!」

より一層強い力で誰かが首を絞める。苦しくて苦しくて仕方がないのに、悲痛な声が耳を刺した。小さな女の子が涙を堪えきれずに泣いている、それなら年上がすることは一つだ。

「...っな、なか、ない、でっ...」

ありったけの力を右腕に集中させ、ゆっくりと持ち上げる。早く、早く、とどいて


ガコン

刹那、ブレーカーが落ちた様に世界が暗転した。体への負荷が消えて、そのまま下に下に落ちて行く。

(私、死ぬのかな)

ふと頭にそんなことが過ぎる。思えばずっと苦しい夢しか知らなかった。優しかったのは一度だけ。透明な空を反射したあのヒトを知った時だけだ。それならもう眠ることがない様に、このまま虚な黒に溶けてしまおう。

それが、きっと一番いい。

すると声が一つ降ってきた。

「知ってるさ、オマエのことは全部知ってるよ。だから、オレが救い上げてやる、翼はなくても歩いていける様に。それがオレの願いだから。」

願い?アナタの?

「あぁ、オレみたいなのがこんな事言うのはおかしいだろうけどな。こんなに綺麗な魂を捨て置くなんて、同業者のくせにアイツら...勿体ない事をするもんだ。」

私より大きな手が、泥を掻き分けて降りてくる。ボンヤリとその手を見つめていたら、いつの間にか腰にまで届いていたらしくグイッとそのまま抱え上げられた。

「生きろ、咲耶。

 オマエは誰よりも強く麗しい娘だ。」

闇を切り裂く星々と空をも焦がす炎を携えた

目前に煌めく眩しい"アオ"は

私を捕らえて離さない。

私を囲い込んで逃さない。

その眩しさに思わず微笑んでしまった。

「...変な、ヒト...」

「そうでもなきゃ、

カムヒになんてなれないさ。」

私を救い上げようとする優しすぎるアナタに、私は何を返せるのだろうか。

それに見合う対価を私は知らなかった。

だから

「...私は、アナタに...何を返せますか?」

「はぁ?そんなん......じゃあオマエを

 取り巻く全てが終わったら、

 オマエ自身をオレに委ねてくれないか?」

少し躊躇った後に真剣な声音で彼は私に問いかける。右手はいつしか彼の左手に包み込まれていた。アオイさんとは違う闘う人の手、だけど優しい、人の手だ。

「...わたし、を?」

「それで充分だ。」

なんだ、そんなモノで構わないなら

「いい、よ。...わたしを、

 アナタにあずけます。

 ごめんな、さい...わたし、なんかで...。」

朦朧とする体に勝てず、意識は再び塗り潰された。だから、私には知る由もないのである。あのヒトが私が眠った後、静かにほくそ笑んでいた事なんて。

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