第11話 冷えた部屋と熱いアナタ
「ただいまー。」
暗い部屋に私の声だけが響いた。
重い買い物袋をキッチンまで運ぶと、リュックの上に背負った槍をソファーの上に下ろした。
「意外と軽くて良かった...」
隣に置いた教科書やノート、資料集でギッチギチに詰まったパンク寸前のリュックと見比べる。神器というくらいだから丁重に扱うべきなのかとも考えたが、物言わぬ槍が鎌に付けられているビニールカバーとポリエチレン製の肩がけナップザックで覆われている様を見れば、ただの薙刀とか竹刀にしか思えなくなった。真剣だから軽率には触れないが、私物の少ないこの家には良いインテリアになるかもしれない。
「あっ、ご飯作んないと。」
慣れた手つきで一人分の夕飯と翌日の弁当用のおかずを作る。5年近く一人暮らしをしてるものだから、手の抜き方も効率よく物事を済ます方法も知っている。二つ並べたフライパンを交互に確認しながら弁当箱と水筒を洗っていく。この時間は好きだった。何も考えずに体だけを動かしていくから。それに今日はデザートだって作るのだ。アイツらのことなど気に留める余裕もない。
茄子のみぞれ炒めにほうれん草の味噌汁、白いご飯に串焼きのつくね。そして今日は奮発してコンビニのとろける窯出しプリンを付けた。その香りに耐えきれず、洗い物を一瞬で終わらせて食卓につく。
「いただきます。」
静かに手を合わせ、箸を手に取った。
「ひっ」
シャワーん済ませ、さぁ眠ろうとベットに潜り込むとそこにはソファーに置いていた筈の槍があった。これは巷でいうところの霊障に当たるよね?そうだよね?そんな事を悶々と考えていると急激な眠気が襲ってきた。怖いから灯りを付けようかと思っていたのに、体が限界だったらしい。今日は色々あったし...怖い事もあったから、怖い夢、やだなぁ...
「おやすみ、なさい...」
争い難い睡魔によって現実から強制的に別れを告げさせられた。
ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいご
許して、許さないで、ワタシが悪いの全部私のせいだから、だから
「ずるいわ、貴女だけ幸せになるなんて。
貴女だけが愛されるなんて!!」
目の前の影に首を掴まれる。ギチリとゆっくりゆっくりその手に力が入っていく。
くるしい
息できない
くるしい くるしいよ
誰かたすけて
ザクリ
その音を契機に途端に首への力が無くなった。
「ゲホッ、ケホ。」
その場に座り込んで、小さく咳をする。再び目線を上げた時にはもう影は消えていた。
その代わり、私から少し離れたところに透明な目でこちらを見つめる、昼間私を抱き寄せた男の人が枕元にあった筈の槍を持って立っていた。
「ど、どうして...」
思わず後退りながら小さく声に出すと、彼はスタスタと近づいてきて片膝立ちになると何も言わず私の右手に僅かに触れた。
「...昼間は悪かった。嫌われても、
怖がられても仕方ない事をしたと思う。
本当にすまなかった。」
低く頭を下げる彼に驚いたが慌てて顔を上げてもらった。しかし彼は複雑そうな表情を崩さない。
「あ、あの...その槍をお持ちということは
アナタはカムヒ・カイネス様...
なんですよね。」
「そうだ。オレはテッサリアに生まれ、
ラピテース族の王になったカイネスだ。」
「...どうして、私を望まれたんですか。」
アオイさんは私を連れてくる様に、と頼まれたと言っていた。頼むとしたらどんな理由からだったのか気になり、少し震えながら尋ねた。こんな至近距離でその美しい顔を見るのは恐れ多い、そう思いながら。そんな私の心を知らない彼は、少し考えてから自分の胸に私の右手を静かに触れさせた。私とは違う焼けた肌の色、だけどソコは今の私と同じくらい熱かった。
「そうだな、理由らしい理由はないさ。だけど、オマエがよかったんだ。ずっと足りなかったモノを満たすなら、サクヤという一人の人間がいい。そう思ったんだ。」
そんな砂糖を煮詰めた様な言葉を、
熱のこもった優しい声で語られる身にも
なって欲しい。
あつくて
あまくて
死んでしまいそうになる
「それだけじゃ足りないか?」
慌てて首を横に振る私を見て、
神様は優しく微笑んだ。
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