第9話 泡沫の微笑

八神君は驚くこともせず、病室の床に突き刺さった槍に近づいて行く。そしてゆっくり膝を折って座り込むとソッと槍に触れた。

「カムヒ様、カムヒ・カイネス様。貴方の心に触れる許しを下さい。」

瞬間光が爆ぜた。


ゆっくり潜行する。深く深く、カムヒ様の心の深淵へ。

本当は血液を介した方が早いけれど、この方には逆に壁を生んでしまう。だから今回は確実な方法で。時間はかかるけど、こっちの方が霧島さんのためにもなる筈だから。

「カムヒ様、僕の声が聞こえますか。」

無反応。拒絶している?いや、これは...

「霧島さん、これで貴方の置かれた状況を確信を持って伝えられます。」

さぁ、どこから話し始めればいいものか。


「貴方は今現在、この神器のベースとなるカムヒ・カイネス様の魂の一部...いや半分と同化しています。」

「カムヒ・カイネス⁈あのヒトが?」

私が驚く前にアオイさんが遮る様に立ち上がった。その顔はどこか青い。

「あの...カムヒ・カイネスってどなたですか?」

小さく手を挙げて八神君に尋ねると、彼は少し目を丸くしてから床の槍を静かに引き抜いて私に差し出した。されるがまま、おずおずとその槍にゆっくり触れる。微かに暖かいのは、きっと八神君の体温が移ったからだろう。

「...カイネス様はギリシャの方で、生前はカイネウスもしくはカイニスという名で広く知られていました。海神ポセイドン様ならご存知ですか?」

「はい、確かピッチフォークみたいな槍とか矛とか持ってましたよね。」

「トライデント、ですね。そんな彼の話に出てくるのがカイニスです。」

「でも、名前少し違う気がするんですが...」

「それは...どうしてかは僕にもよく分かりません。」

八神君は目を伏せた。その表情は何処か暗い。

「ですが名前が少し違うことで、"彼"は自身のルーツが強化され創造神に近い、強い権能...能力を持つ様になったのです。」

「だからかぁ!あんなに威光が強いのって、創造神クラスになんないと無理なのに変だなーって思ってたけどそういうことかあ...!」

「えっと...つまり"すごいヒト"ってことですか?」

アオイさんの発言に疑問符が浮かんだが、大まかな感想を声に出した。すると八神君はコクリと頷いた。

「カムヒ様達は、気まぐれに僕らに力を貸してくれます。その力を借り受けて、行使できるのが"執行人"...つまり僕と霧島さんなのですが貴方の場合はカイネス様の寵愛が深く、力どころか自分そのものを譲渡されています。」

「それは良くないこと、なんですか?」

「断言はできませんが、本来僕達とカムヒ様達は違います。勿論"魂の形"もです。だから圧倒的力を持つカムヒ様の一部を受け入れることは、自分のカタチが変わること...ヒトじゃなくなることも辞さない事にもなります。だけど...」


「貴方は、大丈夫です。

 貴方は..."わたしが守る"から。」 

女神が乗り移ったかの様な柔らかい微笑みを

私は初めて目にした。


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