第三章 憧憬の果てに①
一定のリズムで揺れる感覚があった。
暗い闇の中で溺れていた意識が浮上していく。
「ここ、は……?」
目を覚ますと、まず地面が視界に入った。
腹に腕を回されており、抱えられていることが分かる。
「起きたか」
興味なさそうな口調で、誰かが言う。
知らない声。だが不思議と、その口調には聞き覚えがあった。
「ヴァルト……?」
「分かるのか。まあ同じ体で意識を完全に分離するのも難しいからな」
ルナは首を回して声の方を見やる。
そこにいたのは銀髪の男。
意識を失う寸前、一瞬だけ見た顔だった。
はっ、とルナは思い出す。
「――ブ、ブラムは!? ブラムはどうしたの!?」
「うるせえ」
「あなたに……負けたの? いや、もうそれはいい――ブラムは、生きてるの?」
喧しそうに顔をしかめながら、彼は言う。
「さあな。俺は生きてると思うが、死んでてもおかしくねえ」
ヴァルトはルナの体を手放す。
「わっ……!?」
「起きたんなら自分の足で歩け。逃げるなよ」
「……分かった」
「妙に素直だな」
「……あなたの力は、身に染みて分かってるから」
ルナは言いながら、それが言い訳だと気づいていた。
ヴァルトと戦わない理由を探していた。
……何だか、もう心が折れてしまった。
ルナにもヴァルトが体を操っていた時の記憶はある。
だから見ていた。
『レオ、話した通りに頼む』
『――ああ、確かに任されたぜ親友。だから……ルナを頼んだ』
……あんな信頼を見せられては、もう立ち上がれなかった。
醜い嫉妬だ。ルナが欲しかった場所にはもうレオが座っていると分かっていたのに、いざ目の前で見せられるとこうも心が窮屈になる。
そして今のルナは完全に、助けられるべきお姫様だった。
もう、その扱いを受け入れるしかないのだろうか。
「勝手に体を使われて発狂してねえのも大したもんだ」
ヴァルトはそんな風に笑いつつ、どんどん先へと歩いていく。
ルナはついていこうとして、激しい体の痛みに襲われた。
つまずいて転んでしまう。
どしゃ、と地面に顔から突っ込んだ。
「い、いたた……」
「チッ、俺が無理な挙動をさせたからな。筋肉が断裂してるんだろう」
「か、体がぜんぜん動かない……」
「その文句はあいつに言え。あいつとの戦いがなけりゃ、そうなることもなかったんだ」
「ブラム、が……」
ヴァルトは立ち止まり、倒れこむルナに尋ねてきた。
「お前……あいつが剣を使えない理由、何か知ってるのか?」
ルナはあちこち痛む体を何とか持ち上げながら、ふるふると首を振る。
「……分からない」
「幼馴染じゃねえのか?」
「幼馴染だよ。でも、ブラムはちょっと前までは普通に剣を使ってたから」
「……そうか。なら、やっぱり奴の本領は剣なんだな?」
「そのはずだよ。……あれだけの魔法を見せられると自信ないけど」
「あいつはいったい何なんだ? なぜお前の中に俺がいると気づいていた?」
「分からない」
「あいつのせいで計画は台無しだ。テメェ以外、誰も確保できてねえ。これでも数か月単位で慎重に準備した計画だったんだがな。人類救済教から漏れたのかもしれねえが……」
舌打ちするヴァルト。
「なんか言えよ。テメェの幼馴染の話じゃねえか」
「分からない……わたしには、分からないよ」
「使えねえ女だ。仮にも好きな男の話だろうによ」
その言葉がひどく心に刺さった。
ルナの心を知っているヴァルトは、的確に傷つく言葉を選んでいる。
――そう、ルナは今のブラムのことを何も知らない。
何一つとして知らされていない。
「ブラムは……生きてるんだよね?」
「分からねえって言っただろうが」
面倒臭そうに答えるヴァルトだが、今のルナにだって分かることはある。
「あなたがそう言うってことは、生きてるってことでいいんだよね?」
「テメェ……」
ルナは体の制御を奪い返そうと意識をぶつけ合ったおかげで、ヴァルトという存在のことをだいぶ分かっていた。彼の過去や価値観、考え方がルナの中に流れ込んできていた。
それを察したヴァルトはため息をつきながら言った。
「……生きてるだろうよ。あの親友とやらが無能じゃなければな」
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