第二章 たとえ君を忘れたとしても⑧


 ヴァルトは眼前に倒れ込む少年――ブラム=ルークウッドを眺めていた。

 ひどく不気味な少年だった。

 ヴァルトや怪人の存在を知っていて、見たこともない黒色の魔力を操り、その魔法は人間とは思えないほどに強力で、明らかに魔法騎士よりも強い。

 ルナに憑依中も数日ほど観察していたが、これほどのものだとは思わなかった。


「……だが、これで終わりだ」


 いくら強くても人間であることに変わりはない。

 あれだけ血を流していて助かるとは思えなかった。放っておけば死ぬだろう。

 ヴァルトはとりあえずそう判断して、戦闘から遠ざけていたルナのもとに向かった。

 まだ意識を失っているルナを脇に抱え――再びブラムを振り返る。


「……やっぱ、殺しておくか」


 どうせ放置しても死ぬ。そう思っていたが、気が変わった。

 致命傷からの回復能力だって見た。

 もはや使うほどの魔力が残っているようには見えないが、確実に殺しておくべきだ。


 ――こいつは、危険だ。


 どうやら剣を握れないらしいが、もしそれを克服したらどうなるか。

 あるいは怪人を滅ぼしうる存在になるかもしれない。

 ヴァルトは鞘に納めた剣をもう一度抜く。

 一撃でブラムの首を斬り落とすため、上段に構えた。


「――待てよ」


 声が聞こえた。

 そちらに目をやると、森の奥から姿を見せたのは金髪の少年。

 自信に満ち溢れた笑みを口元に浮かべているが、身に纏う服は傷だらけだ。


「お前は確か……レオ=クラックネルだったか」

「そりゃ知ってるよな。ルナの体の中に潜伏してたんだっけか」

「どいつもこいつも……どこから聞いた?」

「さあな。それよりお前――もっと悔しがってもいいんじゃねえか?」


 そう言って笑うレオの意図を掴みかねたヴァルトだが、直後に気づく。

 ブラムとの戦闘に夢中で忘れていたが、生徒の捕獲を命じた中位怪物の音沙汰がない。


「テメェがやったのか」

「ああ。悪いが生徒は全員無事で、お前の手勢は全滅だ」


 そんな風に語るレオの言葉は嘘じゃないだろう。状況証拠が揃っている。

 いくら学年一位とはいえ、学生にそんな真似ができるとは思えなかったが……ブラムという例外を見てしまったヴァルトは、彼の親友を名乗るレオのことも測りかねていた。

 これで当初の計画はご破算だ。ヴァルトは舌打ちする。

 それに四体の上位怪物もまだ生きているようだが、長くはもたないだろう。竜を含む構成ではあるが、相手は四人の元魔法騎士だ。思っていたよりも状況が悪化している。


「……で、テメェはなぜ俺の前に現れた? わざわざそれを伝えに来たわけじゃねえだろ」


 ヴァルトは尋ねる。


「まさか、その体で俺と戦うつもりか?」


 すでにボロボロなのは見て取れる。

 歩き方からして怪我をしていることが分かった。

 そんな満身創痍の体で、ヴァルトに敵うはずがない。

 中位怪物に苦戦しているようだし、ブラムほど異質な存在ではないだろう。

 レオはヴァルトの足元に倒れるブラムを見て、僅かに目を細めた。


「時間稼ぎだ」


 レオは淡々と告げる。

 ヴァルトの殺気を受けて動じないその胆力には、不気味さすら感じた。


「時間を稼いで、どうする?」

「もう少しで魔法騎士の援軍が辿り着く。俺はそれまでお前を食い止めるだけさ」


 ――そんなはずはない、とヴァルトは内心で否定する。

 メレハルトからこの森まではそれなりの距離がある。

 ここの危機を伝えて、魔法騎士が動員され駆けつける。

 その工程には時間がかかるはずだ。

 いくら何でも早すぎる。

 レオが何時間も持ちこたえるつもりなら話は別だが。


「ハッタリだな」

「そう思うか?」


 レオの態度は、確かに自信に満ちている。


(……まさか、本当に魔法騎士がもう援軍に出ているのか?)


 脂汗が流れる。ヴァルトとしてもブラムに時間をかけすぎたのは事実だった。

 そしてブラム同様に状況を掴んでいるレオに上手く指示を出され、想定よりも早く情報がメレハルトの魔法騎士に伝わった可能性は確かにある。

 そう思うと無視はできない。


「お喋りしてていいのかよ? ま、俺としては大助かりだが」


 いくら何でも魔法騎士が群れをなして現れるのはいただけない。

 勝てないとは言わないが、今はルナが最優先だ。

 計画が失敗しても、この少女だけは逃すわけにはいかないのだから。

 もちろん目の前の男を瞬殺し、ブラムをきっちり殺してからでも問題ないはずだが……レオが纏う得体の知れない雰囲気が、ヴァルトにその決断を躊躇わせた。

 いくら学年一位とはいえ所詮は学生。そのはずだ。

 しかし、ブラムと同じように「何か」があるのかもしれない。

 その疑念が拭えない。


「――雑魚が。覚えてろ」


 ゆえにヴァルトは撤退を決めて、一気に跳躍してレオの前から姿を消した。




 ◇





「く、はは……膝が震えるぜ」


 ヴァルトが去った瞬間、レオは膝をついた。


 ――あの化け物は、何だ?


 ただそこにいるだけで、圧倒的で濃密な存在感。

 戦える気がまったくしない。

 虚勢を張ることすら、まともにできているか不安だった。

 魔法騎士の援軍なんて嘘に決まっている。

 レオには生徒たちを逃がすだけで手一杯だ。何も連絡はできていない。


「……何もできねえんだな、俺は」


 レオは歯噛みする。

 いつもの軽薄な笑みは消え、その端麗な容姿が苦渋に歪む。

 ――攫われていくルナを助けることができなかった。

 意識を失っているルナと、今も血を流し続けているブラム。

 もしルナも助けようとして戦っていれば、レオは死ぬ。

 仮に何らかの奇跡が起きて勝ったとしても、放置したブラムは死ぬだろう。

 だからブラムを優先してしまった。

 あの男を一瞬で倒せるほどの力量があれば、二人とも助けられたはずなのに。


「……悔しがっている場合じゃねえな。死なせねえぞ、親友」


 ブラムの容態は一刻を争う。

 レオは血だらけのブラムを腕に抱え、メレハルトへの道を急いだ。

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