日本の死刑制度

 今回の話題は「日本の死刑制度」についてです。


 9人を殺して、死刑判決が出た方が最近出ましたよね。

 ええ、この事件に関しても私は詳しいことは知りません。書くなら調べろよと言われそうですが、本題はそこではないから良いのです。どうせ印象論ですし。


 多分なんか生きて罪を償うようなことは到底無理。死んで罪を償うべし。となった人を殺す制度です。

 そしてこの死刑という刑罰、何故か人権云々の偽善者達に裁判官達にそんなことを決定する権利なんかない! 犯罪者にだって人権はあるんだぞ! と声高々に主張した結果、多くの国で廃止されていった制度なのです。

 でも立場の弱かった日本は意外にも頑なにこれを変えなかった。色々と欧米などの価値観に変えられたり、制度を変えさせられた日本からしたら本当に意外なことにこれは守り続けたんですね。移民政策と言い、日本人を変えさせられることは時代の流れ上仕方がないけど、外国人が入って来て、しかもその外国人を排除できない制度とか意地でも認めるものか。日本は日本人のものだ! と言う誰かの心意気が伝わって来るようです。


 まあ、日本人からしたら死んでお詫びするとか、死んで責任を取るとか、死ぬことが救いになるとかそんな感じで生きることに執着するよりも死に方を選ぶ方が時には良いという死への忌避感が少ないからかもしれません。そこには死んだ祖先が神になると言う日本ならではの宗教観が関係しているのでしょう。よって、他人に対しても死んで詫びられるならその方がその人の為になるとかそんな感じで死刑制度を忌避する感覚が全く湧いてこない為というのもあると思います。

 流石に日本国民の世論を誘導できないものを日本の法とすることは出来ませんからね。まあ、一部の弁護士団体が死刑反対なんて言っていたこともありましたが、きっとこの方々は日本人の心をお忘れになったか、親から教わらなかったのでしょう。


 そういう日本人でない人達が死刑制度に反対する理由は何か。


1.冤罪であるかもしれない為

2.裁判官(国)が殺人をしているのと同じな為

3.殺人犯が校正する機会を奪うなんて非人道的な為

4.犯罪の抑止力になっているという保証もない為


 大体こんな感じでしょうか。

 例によって軽く説明しつつ、反論していきます。尚、基本死刑となった犯罪者は殺人を犯したという体で話します。冒頭がそれでしたし、その方が話しやすいので。


1.冤罪であるかもしれない為

 これは実際にアメリカで起こった事例があるそうです。冤罪だったのに死刑となった人が居た。そんなことがあったら取り返しがつかないのに、死刑制度に賛成する人達は責任を持てるのか。終身刑で良いじゃないか。大体そんな感じの論調です。

 何というバカバカしい主張でしょう。色々言いたいことはあるけど3つだけ。

 1つ、冤罪になる可能性だから死刑制度反対という前に冤罪となる可能性をなくす方に注力すべきでは? 死刑制度反対している人達が冤罪撲滅の為に動いているなんて聞いたことがありません。主旨を擦り違えてませんか?

 1つ、死刑だから取り返しがつかない? いや、終身刑だって取り返し付かないでしょ。拘束されていた時間、その間に受けた精神的肉体的苦痛。親族友人などと切れた縁。それをどう取り返せると? 貴方なら冤罪ではなかった、信じてあげられなくてごめんなんて言って貴方が苦しい時期に傍に居てくれなかった人のことを許せますか? 普通無理でしょ。しかもそうなってから世に放たれて経歴が全くない人がまともな職についたり、まともな生活が送れると本気で思っているなら頭花畑としか思えません。可哀想とか言って貰えるのは話題性がある間だけですよ。

 1つ、1人の人間が終身刑になった場合、つまりはその1人の人間を刑務所という場所で衣食住を保証し、老後は介護までするという意味に他ならないのです。貴方が汗水たらして働いて納めた税金を犯罪者を養う為に使うことになるのですが、それでも良いのですね? もし良いのなら私は死刑制度反対の人達による寄付金で賄うよう法律を変えるべきだと思うのですが、勿論賛同して貰えますよね? 是非貴方のお金で犯罪者を養ってあげて下さい。


2.裁判官(国)が殺人をしているのと同じな為

 もうこれこのままなんですけれど、殺人犯による殺人も死刑制度による死刑も同じ殺人だ! という主張らしいです。

 これも色々と言いたいことはあるのですが、2つだけ。

 1つ。よく言われることですが、裁判もせずにその場で射殺している国が何言っているんだ、です。もうほんとこれだけで全部に反論できるくらい素晴らしいですよね。警察官が殺人を犯すことに対してあげられた声を聞いたことがありません。勿論、特定の人種に対しての声は聞きますけど、あれは話が違うので置いておきましょう。むしろ、警察官が犯罪者から身を守る為なら無関係の通行人を巻き込もうとも冤罪で殺すことになろうとも良いのだそう。全く意味が分かりません。国家権力による殺人であることに変わりはないのだから、これをなくそうという運動があれば、まだ死刑制度反対に説得力が出るのですけれどね。

 1つ、裁判官は国からその権力を与えられている人だし、国は国民を守る為にある。その国が国民を殺すような反逆者を放置する方が国として問題だろう。国民は国の財産だぞ? それを不当に奪っているのだから、反逆罪として首を刎ねるのに何の問題がある。それが嫌なら国に所属するな。国と言う制度はそう言うものだ。国と言う箱庭の中で国に守られているからこそ義務が生じているんだからな。都合の悪いところだけは従わないなんてことは通用しないんだ。そもそも国から与えられる役職にその権利がないとか言うくらいなら学校の先生が子供に教える権利はないし、役所が結婚を保証する権利もないはずなのに従っているのは何でだ! お前等の言い分だと医者なんか他人の肌を権利もないのにはだけさせている人になってしまうぞ。


3.殺人犯が校正する機会を奪うなんて非人道的な為

 これは正直説明するのも面倒くさいです。目には目を歯には歯をなんて言うつもりはないけど、他人の正当な権利を踏みにじった人の権利だけは保証する意味が分かりません。勿論、被害者本人がそう望んだ場合は別ですけど、そうでないのなら外野は引っ込んどけと思います。あ、被害者本人がそう望んでも国が望まない時は被害者も国の判断に従うべきだと思いますけれどね。だって被害者も国民だし、従う義務があるでしょう。


4.犯罪の抑止力になっているという保証もない為

 ……だから? というのが正直な感想です。いや、だって刑罰って抑止の為だけにするものじゃないでしょう。社会が乱れないように、国が思い描く社会が作れるように、国に従わないなら非国民として扱うぞって言うのは勿論あります。これが抑止力ですよね。でも、それだけじゃなくて、私の命で償うから家や家族にはこれ以上罪は問わないでという対価でもあるし、被害者や遺族の救済でもあるし、それを見せることによる国民への国民を守りますよアピールでもあります。これを言う人ってつまり抑止されなければ犯罪は犯していいとでも思っているのでしょうか。法も罰も最終的なものでしょうに。



 色々言いましたが、結局私は死刑制度はこれからも続いて行ってほしいと強く願っています。勿論、日本が万が一共産主義国家……いや、独裁国家になり、その独裁者の気分次第で死刑が執行されるようになった場合は話が別ですが、天皇陛下がいらっしゃる限りそんな未来は訪れないと思いたいです。



 以上、印象論で話す「日本の死刑制度」でした。



※個人の意見な上に、正しい情報でないかもしれないから、あまり真に受けないで下さい。

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