第2話
ヒナタは家に戻るとアキラは写真のデータ整理をしていた。
「ねぇ、五十嵐さんとさっき何か喋ってたでしょ」
「えっ」
「ヒナも五十嵐さん狙ってんの」
「な、何を言うんだよ……ひとまわり年上だし、彼女は離婚して旦那さんいないけど高校生の娘がいるじゃん」
ヒナタは慌てふためく。その様子を見てアキラは笑う。
「冗談だよ。狙ってるのは俺や。今度アタックしてみようかと思う」
アキラが今まで女性に積極的にアタックすることはなかったのだが、とヒナタは驚く。でも確かに今までよりも接し方が五十嵐の時は違うと感じていたようだ。
「あー、めっちゃ背中痒いわ。ヒナ、掻いて」
孫の手を差し出すヒナタ。アキラは首を横に振る。
「定規の方がええか?」
アキラの反応は無い。ため息をついてヒナタはアキラの前に立ち、抱き抱えながら体を支えて服に手を入れて優しく爪を立てて掻く。先ほどのボディソープの香り、アキラが気に入ったものだ。
「気持ちええわー、ヒナ……ん?」
ヒナタはアキラを抱きしめ、体を引き寄せる。ヒナタはうなじにキスをするとアキラは
「わぉ、久しぶりでびっくりしたわ」
と体を離しながらも嫌だとは思ってないようだ。
なぜならこの2人は高校生の時は恋人の関係であった。深い関係でもあったが事件でアキラが下半身麻痺になってからは2人の間に距離ができてしまったのだ。
事件から20年過ぎようとしている。数年はヒナタが上京してモデルをしていたがうまくいかず結局はアキラの元に戻ってきた。
アキラは懸命のリハビリのおかげで事件当時よりも体を動かせるようになり、昔からなりたかったカメラマンになっていた。そして写真館を写真友達の男性から引き継いだのだ。
「ごめん、ちょっと嫉妬した」
ヒナタはアキラの体を車椅子に戻したがアキラが今度は反対に手を握り引き寄せ、抱きしめた。
「嫉妬しちゃった?」
「二度言わせるなよ……」
「ヒナ、お前も早く恋人作れよ。もう40近いだろ」
「無理だよ、なかなか女性とはうまく恋ができない」
「何言っとる、最近あの子とデートしとるやろ」
あの子、一応ヒナタにも意中の人がいる。五十嵐と共にたまにやってくる学生ヘルパーの女性。
「まだあの子大学生だし、それに……」
「大丈夫、お前は優しい。俺には冷たいけど」
「てか、アキラも嫉妬してるでしょ……」
アキラはヒナタの服の中に手を入れる。ヒナタは抵抗しようとしない。その姿にアキラは驚いた。
「ベッド行く?」
「うん」
仕事部屋にある簡易ベッドにまでアキラを移動させ横たわらせる。2人は上半身裸になり抱き合う。20年ぶりである。
互いの体には無数の傷。子供の頃に親から受けた虐待の跡。ヒナタには自傷の跡もある。それを舐め合う、2人よくやっていたことだ。
互いの過去を知り、慰め合い、2人は愛し合っていた。
「ずっと一緒にいたのにな、性欲無くなったかと思ったけど感じるなぁ、気持ちええわ」
「……なにさ、今までいろんなヘルパーさんに体洗ってもらって気持ちええ、って何度も言ってたくせに」
「そのときも嫉妬してたか?」
ヒナタは無口になった。そして顔が赤らむ。
「嫉妬してたんやろ」
とさらに傷を舐める。ヒナタの甘い吐息が聞こえる。20年前とは違うのはヒナタが上に重なって、下にアキラがいることだ。
2人は寄り添う。
「まだお前は引きずってるのか、あのことを」
アキラがそういうとヒナタは首を傾げる。
「俺が病院で管がたくさん刺さっとった時にお前がしようとしたこと」
と言うとヒナタはぎくっとした。
アキラは高校三年の時に倒れ病院に運ばれた。原因は不明。
意識はあっても体はもう動くことがないと言われ絶望しかなかった。二人は施設育ちであり頼れる身内も無く、どうすればいいのかとヒナタ一人で背負っていた。
「万引きや売りやらやってたお前が度胸ないなって内心笑ってた」
生活のためにヒナは高校の時から上級生に体を売っていた。もともと美麗な顔立ちで甘え上手だったヒナタはそれを武器に稼いでいた。実は今も……。
「……」
「ヒナが悲しい顔をして呼吸器のスイッチに手をかけたやろ」
「……」
「俺は早よ切ってくれ、殺してくれや……ヒナ、って思ってたんや」
「アキラ、起きてたの……」
「このほっそーい目をさらに薄目にして見とった。お前の悲しむ顔を見てたら死んだほうがマシやって。だから殺してくれ、そのままって」
ヒナタはアキラを抱きしめる。目から涙が出ていた。
「あの後、僕も追って死ぬつもりだったの。ナイフも持ってた。でもできなかった……」
「で、逃げた。東京に逃げた」
「うん、ごめんね」
「いいよ、もう昔のことや」
アキラはヒナタの頭を撫でる。
「それを見てたのに、僕は逃げたのに、ずっと一緒にいてくれたなんて」
「あの時はそうするしかなかったやろ、忘れろや。俺もこれ話せてスッキリした。黙ってる方もしんどいんやて」
アキラは天井を見つめた。
「もしあの時お前が装置切ってたら今こうしていなかった。でもあの時はここまで回復するとは思わなかった。それぐらい絶望してたんや」
「五十嵐さんに恋をすることもなかった……」
「あっ……そうやな、て根にもっとるやろ」
ヒナタはアキラに背を向ける。
「やーっぱり、根に持ってる!」
アキラはヒナタの背中の傷痕をまた舐める。ヒナタはビクッと体を逸らす。
「俺らは今までいろんな絶望を味わった。落ちるとこまで落ちたと思ってる。そうだよな?ヒナ……」
「うん」
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