05

「超時空おやつパーティ? ……まるで子供が考えたみたいな名前ね。それがどうかしたの?」


 アクトゥールで布教活動をしていたところを捕まえてチルリルの提案について説明をしたところ、メリナは欠片も関心なさそうに言った。


「メリナもそのパーティに参加してほしいんだけど……どうかな?」

「どうって、参加するわけないでしょう?」

「うっ……。まあ、メリナならそう言うと思ってたけど」

 にべもなく断られてしまったが、まったくもって予想通りの反応だった。

「どうせあの子の考えたことでしょう? まったく、私たちは遊びに来たわけじゃないっていつも言ってるのに」

「はは……」

 チルリルの企画だと正直に言うと断られると思って濁したのだが、見事に見透かされていた。

「話はそれだけ? それじゃ私は失礼するわ。この後も隊員たちと見回りの予定があるの」

「……待ってくれ!」


 さっさと歩き去ろうとするメリナを引き留める。

 メリナがこんな提案に乗るはずがないことはわかっていた。わかっていたからこそ、簡単に引き下がるわけにはいかない。

 チルリルの真意を理解していたから。

「メリナをパーティに参加させること」――チルリルはもののついでのような言い方をしていたが、きっとそれが一番の願いで、自分はその願いを託されたのだ。


「なあメリナ。思い出してくれ。あの時……神下勅廷でチルリルが言ったことを」


 西方大陸の旅の途中、メリナやミストレア、プライが教会本部で神下勅廷にかけられ、異端認定を受ける寸前にまで陥った。それを救ったのは、途中で乱入してきたロゼッタの巧みな弁舌と、場の全員に想いの丈をぶつけるようなチルリルの叫びだった。


「神下勅廷……あの子が私のことを『おバカさん』と呼んだことかしら?」

「いや、そこじゃなくて! ていうか、意外と根に持ってたのか!?」

「じゃあ最高司祭の前で『自分が救世主だ』と宣言して厳重注意をくらったこと?」

「ああ、あれは傑作だったよな……じゃなくて! もっと大事なことを言ってたじゃないか。メリナだって覚えてるだろ?」

「……まどろっこしいのは嫌いなの。言いたいことがあるならはっきり言ってもらえるかしら?」


 年端も行かない少女とは思えない鋭い眼差しで睨みつけられ、アルドはたじろいでしまう。


(これは……下手なことを言ったら逆効果か)


 二人の関係の複雑さはアルドも理解している。ここで自分が余計なことを言えば火に油を注ぐだけだろう。説得するにも慎重に言葉を選ぶ必要がある。

 苦手分野ではあるが、やってみるしかない。


「ほら、チルリルが言ってただろ? 『本当にこの世界を救いたいなら一人一人が救世主にならなきゃいけない』って。今回のことも、チルリルなりに真剣に考えてのことなんだよ。メリナからしたら突飛な考えかもしれないけど……オレはあながち間違ってないって思うよ。だって、美味しいものを食べたら誰でも幸せな気持ちになるだろ?」

「…………」

「だからその……胸を貸してやってくれないかな? チルリルがやろうとしてることが本当に人々のためになるのか、メリナが見極めてほしい。それならメリナの仕事の範囲内ってことになるだろ?」


 黙って聞いていたメリナだったが、やがて「はぁ」と溜息をつき、呆れたような顔をアルドに向けた。


「まったく、あなたって本当、嘘がつけない人ね」

「え!? いや、別に嘘なんて……」

「もういいわ。あなたの言いたいことはわかったから」と、手をひらひらと振ってみせる。

「わかったって、じゃあ……」

「行けばいいんでしょう? 言っておくけど、私の判定は厳しいからね」

「……ああ! ありがとう!」

「礼なんていらないわ。私の仕事の範囲内なんだから。そうでしょ?」

「ははっ! そうだな!」


 ようやく聞きたかった言葉を引き出せて、アルドは安堵の笑みを洩らす。

 メリナは頬を膨らまして不貞腐れたような表情を作っていたが、たまに見せるその歳相応の表情がアルドは好きだった。


「あの時のこと、もちろん忘れてないわ」


 ぽつりと、メリナが呟く。


「認めたくないけれど、救われたのは事実だから。借りを作ったままじゃ気持ちが悪いもの」

「……ああ」


 まったく素直ではない言葉だったが、それだけで十分だった。


* * *


 話を聞いたチルリルは放心したようにあんぐりと口を開けていた。


「じゃあ、メリナがここにいたのは……」

「ああ。たまたま居合わせたんじゃなくて、パーティに参加するために来てくれたんだよ。な、メリナ?」

「……まあ、そういうことになるわね。前の仕事が押して遅れてしまったけれど」

 メリナが不承不承といった表情で首肯する。

「じゃあじゃあ、メリナも美味しいお菓子を食べに来たのだわ?」

「……あくまであなたの主張の正当性を判断するためよ」

「メリナが先に魔物と戦ってたのも、偶然遅れてきたらたまたまラッキーでその場に居合わせただけってことなのだわ!?」

「……引っかかる言い方だけど、否定はしないわ。ただの偶然よ」


 チルリルの頬に赤みが差し、表情がみるみる明るく輝いていく。

 先ほどまで自信喪失していたのが嘘のように腰に手を当てて胸を張った。


「まったく仕方ない子なのだわ! メリナがどーーしても参加したいっていうなら、遅刻してきたことも許してあげるのだわ!」

「……帰るわよ、ノア」

「ち、ちょっと待った!」

 くるりと背を向けて踵を返そうとするメリナをアルドが慌てて引き留める。

「そうと決まったら早く戻るのだわ! きっと皆も待ちくたびれてるのだわ!」


 すっかりいつもの元気印に戻ったチルリルが酒場に向けて走り出し、モケがその後を追っていく。


「はぁ。なんだかどっと疲れたな……」

 気疲れと安堵の入り混じった溜息をつくアルド。

「じゃあメリナ、オレたちも行こうか。……ん?」

 後ろからメリナがついてこないことに気付いて振り返ると、メリナは腕を組んで入り口の方を向いていた。

 何やら考え込むように眉間にしわを寄せている。

「メリナ? どうかしたのか?」

「いえ……少し気になることがあって」

「気になること?」

「さっきの魔物たちのことよ。どうして突然群れで中に入って来たのかしら?」

「ああ、確かに……何でだろうな?」


 宮殿の外のデリスモ街道で魔物が出没することはよくあるが、宮殿内に侵入してくることはない。

 先ほどのシーラスたちは明らかに興奮しているようだったが、彼らを刺激するような何らかの要因があったのだろうか。


「まあ、その辺の調査は後でもいいんじゃないか? チルリルも行っちゃったし、今は会場に向かおう」

「……そうね」

「もしかしたらお菓子の甘い香りにつられて来たのかもな!」


 冗談ぽく言って笑い、酒場の方へ歩きだすアルド。メリナとノアもその後に続くが、再びその足を止めて振り返り、ぼそりと呟いた。


「……まさか、ね」

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