03
「最後はチルリルなのだわ!」
トリを務めるチルリルが前に出る。なんだかんだで楽しそうなその様子に、アルドは肩の力が抜けるのを感じた。
いつも明るく振る舞うチルリルだが、今までこういう時間を過ごした経験は恐らくほとんどなかったのではないか。唯一歳の近いメリナは、立場上も互いの性格からしても、友人ではなくライバル関係――これはチルリルの一方通行的なものかもしれないが――に近い。
メリナが来ていないことで気を落とすのではと心配だったが、杞憂に終わりそうだった。
「みんなのもすごかったけど、チルリルの用意したお菓子だって負けないのだわ!」
自信に満ちた口ぶりでテーブルの上に並べたのは、透明なカップに入ったプリンのようなスイーツだった。ぷるぷると揺れる白色のゼラチンの上に、リンゴのような果実と赤い蜜がかかっている。
「これは……うっ!?」
近づいて覗き込んだアルドが思わずのけぞる。
「アクトゥールの酒場のマスターからもらった秘伝のレシピ、その名も『魔性のクイーンババロア』なのだわ! チルリルが材料から用意して手作りしたのだわ! ……あれ?」
得意げに紹介していたチルリルだったが、全員が微妙な表情を浮かべてテーブルを遠巻きにしていることに気付く。
「みんな、どうしたのだわ? いくら美味しそうだからってそんなに驚かなくてもいいのだわ?」
「い、いや。違うんだチルリル」
見た目は問題ない。チルリルの言葉通り、確かに店に並んでいてもおかしくないほどの出来映えである。
だがしかし、匂いがあまりに強烈だった。
悪臭というわけではないが、スイーツならではの甘い香りや芳ばしさも一切ない、およそ嗅いだことのない未知の激臭。鼻から脳天まで突き抜けるような刺激があり、ずっと嗅いでいると意識が遠のきそうになるほどだった。
「これ、すごく独特な臭いがするというか……チルリルは平気なのか?」
「におい?」
アルドが言葉を濁しながら伝えると、チルリルはきょとんとした後、スンスンと鼻を鳴らした。
「……言われてみれば、確かにおかしな匂いがしないでもないような……?」
ずっと嗅いでいたから気にならないのか、あるいは匂いに鈍感なのか、曖昧に首を傾げるチルリル。
「それに、アクトゥールの酒場には何度も行ったことがあるけど、こんなお菓子は見たことないぞ……本当にレシピ通りに作ったのか?」
「も、もちろんなのだわ! それにマスターも言っていたのだわ! 『クセはあるけど慣れれば病みつきになる』って!」
「へえ……。まあ、そういうことなら大丈夫なのかな」
問題のババロアは相変わらず独特すぎる香りを漂わせているが、マスターがそこまで太鼓判を押すなら間違いないのだろう。
「それじゃ気を取り直して、いよいよ実食に入るのだわ!」
出揃ったスイーツが人数分の皿に取り分けられ、所狭しとテーブルに並ぶ。彩り豊かな品々を前に参加者たちも皆心を躍らせ、思い思いの時間を過ごしていた。
夢中になってお菓子を頬張るアザミ、ひと口食べてはキャーキャーとはしゃぐシュゼット、談笑しながらゆっくりと味わっているアナベルとレンリ、モケと戯れるロディア、調子に乗るモケを叱るチルリル。
「……なんかいいな、こういうの」
皆の楽しげな様子に、アルドは心が浮き立つのを感じていた。
三つの異なる時代を旅する中で出逢った数多くの仲間たち――彼ら全員にそれぞれの物語があり、アルドはその物語に関わってきた。
だが、離れた場所にいる仲間がこうして、それも必要に迫られてではなく交流を目的として一同に会する機会はなかなかなかった。
本来繋がるはずのない彼らを無理に繋げる必要なんてないのだろう。しかしそれでも、アルドにとってその光景は感慨深く、嬉しいものだった。
「いきなりチルリルが仲間を集めろって言い出した時は驚いたけど、たまにはこういうのも悪くないな」
しみじみと感慨にふける――その時だった。
「うわあああ!!」
部屋の外で甲高い声が響いた。
「今のは……悲鳴!?」
会話に花を咲かせている他の参加者たちは気付かなかったらしい。
アルドが部屋を飛び出すと、宮殿内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「おいあんた、何があったんだ!?」
何かから逃げるように廊下を走ってきた宮殿仕えの男に声をかけると、男は恐怖に満ちた表情で宮殿の入り口の方向を指さした。
「た、大変だ! 魔物が宮殿に侵入してきた!」
「なんだって!?」
男の指す方向に目を向けると、確かにいた。
巨大な魚に足の生えた半魚人のような外見の魔物――シーラス。
それも一匹ではない。五匹、六匹……次々に宮殿内に雪崩れ込んできて、その数はみるみるうちに増えていく。
「くそっ、どうして急に……皆逃げろ! オレが食い止める!」
逃げ惑う人々に向かって叫び、アルドは剣を抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます