02

「うわっ! びっくりした!」


 アクトゥール中に響き渡るほどの大音量でチルリルが叫んだので、アルドは危うく腰を抜かしそうになる。


「な、なんだよ? 急に大声で『どかーん』って……」

「剣持つ救世主の怒りでナダラ火山が噴火した音なのだわ!」

「救世主が火山を噴火させたらダメだろ!?」


 とっさに突っ込みを入れるが、チルリルの耳には届いていないようで、まさしくナダラ火山の煮えたぎる溶岩のごとく顔を真っ赤にし、ぴょんぴょんと全身で地団駄を踏んでいた。


「まったくまったく、メリナったら本っ当に素直じゃないのだわ! メリナだって甘いものが大好きなくせに、いつも強がって我慢ばっかりして! せっかくチルリルが……」

「ま、まあまあ。落ち着けってチルリル」


 アルドがすかさずフォローに入る。

 この二人が衝突するのは恒例儀式のようなもので――いつもチルリルの方から突っかかるのだが――さらに大抵の場合チルリルが言い負かされて終わるため、へそを曲げるチルリルを宥めるのはアルドか、あるいは部下であるプライの役目であった。


「メリナも本気で言ったわけじゃないと思うぞ。オレもメリナも、チルリルがちゃんとやるべきことをやってるって知ってるからさ」

「うう……でも……」

「それに、チルリルの言ってたこともわかる気がするよ。確かに甘いものを食べると元気が出るし、オレの仲間にも甘いものが好きな人は多いしさ」

「……仲間?」

 アルドのその発言にチルリルがぴくりと反応し、何やら考え込むような仕草をする。

「そういえば、アルドの仲間は世界中にとってもたくさん大勢いるって聞いたのだわ? 歩けばぶつかるくらいに」

「いや、さすがにそこまでじゃないけど……。頼りになる仲間はたくさんいるよ。この時代だけじゃなく、オレの時代にも未来にも」

「きゅぴーん! なのだわ!」

 また唐突に叫ぶチルリル。

「きゅぴ……? 今度はなんの音だ?」

「これはナイスでグッドなアイディアを閃いた音なのだわ! ふふ、やっぱりチルリルは天才なのだわ……」


 先ほどまでの仏頂面から一転、ニマニマと笑みを浮かべている。

 感情と表情がコロコロ変わるところは実にチルリルらしいが、いったい何を思いついたのか。


「ええと……閃いたって、何を?」

「アルド! その仲間を集めるのだわ!」

「えっ? 仲間を集めるって、どうしてだ?」


 チルリルはアルドに背を向けると、左手を勢いよく前に掲げ、高らかに宣言した。


「『超時空おやつパーティ』を開催するのだわ!」


「……は? 超時空……なんだって?」

「だから、『超時空おやつパーティ』なのだわ!」

「超時空おやつパーティ……」


 二度聞いてもやはり分からない。

 当惑するアルドをよそに、チルリルはふんすと鼻息を荒くして続ける。


「色んな時代の甘いもの好きな人を集めて、それぞれの時代の美味しいお菓子を持ち寄ってパーティをするのだわ!」

「ええと……つまり、色んな時代のお菓子を食べてみたいってことか?」

「ぜんぜんまったく違うのだわ!」

 声を荒げるチルリル。

「色んな時代のお菓子の中から究極のお菓子を決める、それが『超時空おやつパーティ』の目的なのだわ!」

「究極のお菓子? そんなの決めてどうするんだ?」

「もちろんメリナに……じゃなくって、ええと……そう! 世界中の人たちに食べてもらうのだわ! そうすればみんな笑顔になって、世界は平和になるのだわ! アルドもそう思うのだわ?」

「えっ? いや、それはさすがに大袈裟な気がするけど……」

「お菓子で世界を救えることを証明して、メリナをぎゃふんと言わせるのだわ!」

「聞いてないし……」

 アルドは静かに目を閉じた。

「そうと決まったら急ぐのだわ! チルリルはこれからこの時代のお菓子を用意しに行くから、アルドはメリナと仲間に声をかけてパーティに連れて来るのだわ!」

「ちょ、ちょっと待てチルリル!」

 今にも駆けだそうとするチルリルを慌てて止める。

「そんな急に言われても……皆がどこにいるかわからないし、すぐに集められるかわからないぞ? それにスフィアコッタならこの酒場で用意できるじゃないか」

 が、チルリルは首を横に振った。

「スフィアコッタも美味しいけれど、ちょっとパンチが弱いのだわ。もっとこの時代を代表するような、最高のお菓子を用意するのだわ!」

「最高のお菓子って……何か当てがあるのか?」

「ないのだわ?」

「ないのか!?」

 驚くアルドをよそに、チルリルはふふんと胸を張る。

「当てなんてなくても何とかなるのだわ。こういうのは当たって砕けてずっきゃーん!なのだわ!」

「いや、砕けたらダメだろ……」

「心配は無用なのだわ! 剣持つ救世主の生まれ変わりに不可能はないのだわ!」

「はあ……わかったよ」


 仕方ない、とアルドは覚悟を決めた。

 当てもないのに自信満々なところが逆に不安だが、チルリルが一度こうなると止まらないことはわかっているし、そこまで言うなら任せるしかない。

 それに、本当の目的が別にあることもなんとなく想像がついていた。


「さあ、行くのだわモケ! 世界平和のためにチルリルに続くのだわー!」

「きゅっ? ……きゅうっ!?」


 途中から居眠りをしていたモケが慌てて跳び起き、すでに遥か彼方の米粒となっているチルリルの後を追っていく。

 その姿が見えなくなるまで見送ってから、アルドはやれやれと首を振り――ふっと微笑んだ。

 いきなりとんでもないことに巻き込まれてしまったが、いきなりとんでもないことに巻き込まれることには慣れっこである。それに――


「パーティか……まあ、確かにちょっと面白そうだしな。言われた通り、心当たりを当たってみるか」

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