超時空おやつパーティ
一夜
第1話 救世主、啓示を受ける
01
水の都アクトゥール。
その名が示す通り、街中の至るところに水路が走り、どこにいても噴水の音が耳に入ってくる。酒場で出される料理はいずれも透明度の高い水から作られ、中央大陸でも屈指の美食が楽しめると評判で、それを目当てに訪れる人間も少なくない。
その酒場から、赤い服を着た少女と腰に大剣を佩いた青年、そしてのっぺりとした顔の猫のような生き物が、それぞれ満足げな表情を浮かべながら出てきた。
「とっても美味しかったのだわ! お腹もいっぱい、剣持つ救世主パワーもフル充填完了なのだわ!」
少女がお腹をさすりながら嬉しそうに言うので、青年も穏やかな笑みを浮かべる。
「ああ。オレより食べてたもんな、チルリル」
「きゅっ、きゅ~!」
「ははっ、モケも満足そうだ!」
モケの嬉しそうに鳴き声に、青年も快活に笑う。
彼の名はアルド。多くの仲間とともに世界中を、時空さえも超えて旅する冒険者である。
チルリルと呼ばれた赤い服の少女もその冒険の仲間の一人であるが、年端もいかない子供ながら、西方のゼルベリヤ大陸から奉仕活動のため中央大陸に派遣されてきたゲヴュルツ教会所属の祭官でもある。
アルドとチルリル、そしてチルリルのペット的存在であるモケ、合わせて二人と一匹は、この日の奉仕活動にひと段落ついたところで昼食を摂りにアクトゥールの酒場へやって来たのであった。
「メサイトマトの冷やしサラダも美味しいけど、特にあの最後に出てきた甘いお菓子が絶品だったのだわ!」
「ああ、『冷製のスフィアコッタ』か。そういえばチルリルっていつも町の人たちからお菓子をもらって喜んでるし、甘いものが好きなのか?」
アルドの質問に、チルリルが腰に手を当ててしかめ面をする。
「そんなの答えるまでもないのだわ! もちろん大好きなのだわ!」
「そ、そうか。答えてるけど……」
「甘いものが嫌いな人なんてこの世に一人もいないのだわ! 美味しいお菓子を食べると心がぽかぽかあたたかくなるし、優しくて幸せな気持ちになれるのだわ! そう、世界を救うのは剣持つ救世主の生まれ変わりであるこのチルリルと、あと甘いお菓子に違いないのだわ!」
「へ、へえ? すごいんだな、甘いお菓子って……」
大袈裟な台詞を自信満々にのたまうチルリルに、アルドが曖昧なリアクションをする――その時だった。
「まったく、相変わらず騒々しいわね」
聞き慣れた声がして二人が振り返る。
そこにいたのは、チルリルと同年代の少女――チルリルと同じゲヴュルツ教会の祭官にして通称『翼持つ子』、メリナだった。
「メリナ! メリナも食事に来たのだわ?」
「ええ。この近くで奉仕活動があったから寄ったのだけど……落ち着いて休めそうにないし、やっぱり別の店に行こうかしら。ね、ノア?」
メリナが足下のノアに声をかけると、ノアも同意するように「きゅっ!」と返事をする。
「いや、オレたちはちょうど店から出たところで……」
「ちょっと待つのだわメリナ!」
立ち去ろうとしていたメリナを呼び止め、チルリルは得意そうに目を細める。
「メリナもここのスフィアコッタが食べたくて来たのだわ? そんな風に誤魔化したって、チルリルにはお見通しなのだわ!」
「…………」
「遠慮はいらないのだわ! ……どうしてもっていうなら、チルリルも付き合ってあげてもいいのだわ?」
「まだ食べるのか!?」
背を向けたまま沈黙していたメリナだったが、ややあってチルリルに向き直った。
「なにか勘違いしているようね。確かにここのスフィアコッタは美味しいけど、そのためにわざわざ足を運ぶほど暇じゃないの。……誰かさんと違ってね」
「んなっ!?」
思わぬ反撃を受けて動揺するチルリル。
「ち、チルリルだって暇じゃないのだわ! 甘くて美味しいものを食べると元気になれるから、奉仕活動をがんばるために忙しい合間をぬって……」
「……はぁ」
あたふたと言い訳をするチルリルに、メリナは溜息をつく。
「美味しいものを食べれば頑張れるなんて、甘えたことを言わないでちょうだい。私たちは遊びに来てるわけじゃないのよ。口にできるものならなんだっていいわ」
「う……」
「さ、行きましょノア」
「きゅっ!」
ノアを連れ、来た道を戻って行くメリナ。その後ろ姿を見送りながら、アルドは感心していた。
まだ子供だというのに、常に毅然とした態度を崩さない……子ども扱いされることをメリナは嫌うので直接言うことはできないが。
「口にできればなんでもいい、か。相変わらずメリナはしっかりしてるよな……ん? どうしたチルリル?」
ふとチルリルを見ると、小さい肩をふるふると震わせていた。
「ど……」
「ど……?」
「どっかーーーーーん!! なのだわ!!」
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