第46話 初心者ムーヴ。
その日私は、レベル二百のドラゴンを殺し、世界の真実を垣間見て、居ないはずの兄の死を看取り、兄の愛が形になった髪飾りが身を包む衣を成し、兄の殺意が形になった刀を抱いて、ただ涙を流した。
突然泣き始めた私に困惑する秋菜と春樹、そして他の面々の目すら気にせず、私は力の限り慟哭を上げと涙を流し、修羅がいた事と成したことを世界に刻み付ける為に、想いを振り絞って声と涙を出し続けた。
明けて翌日。
私はアキバの拠点メンバー総員から引き留められまくったがやんわりと断り、遠征の目的は達成したと宣言して帰って来た。
何故なら私は今、サブジョブを獲得しているから。
【ココロ:Lv.165】
【メインジョブ:禍津九尾の刀術師】
【サブジョブ:妖狐の姫君】
【パッシブスキル:禍津刀術-九重姫の舞-超戦闘術-絶対感覚-神眼-不撓不屈-魔力超強奪-魔力超回復-生命超回復】
【アクティブスキル:妖術-ココロ・オーバードライブ】
【マジックスキル:九尾の魔術-祈祷】
【ウェポンスキル:無限武装-空操無双-九重変化】
現在ステータスはこんな感じである。
レベルは百五十を突破したし、元々あったウェポンスキルは全て武器から外れて精霊に紐付けされた後、精霊が武器では無く私に紐付けされてしまったので、無くなったウェポンスキルは殆どが【妖術】に纏められ、一部は変化したり強化されたりしてパッシブスキルに生えた。
新しいウェポンスキル【無限武装】と【空操無双】は【禍津九尾の阿修羅刀】のスキルで、無限武装は特定の武器を魔力が許す限り無限に生成する効果を持ち、【空操無双】はそうやって増やした武装を空中で好きに操る効果を持っている。
そして【九重変化】は【禍津九尾の修羅飾り】のスキルで、服や靴や下着や、身に付けられる物全てを自由に魔力で編み出して変身できる。
「あの、お話ってなんですか?」
「……なんか姉ちゃん、ドラゴン倒してから変だぞ」
「おねーちゃん、どうしたの?」
そんな力を手に入れて来た私は、帰って来てからイの一番にやるべき事があった。
それは、蘇生権の行使だ。
「三人に、これあげるね」
私は別世界で私の兄だったらしい男の願い通り、なるべく女の子らしく振る舞いながら、そっと桃色のビー玉を一つ差し出した。
この蘇生権が三つある事が、私の願いだったらしい。ならば余分な一つはなんかのかと考えると、その答えがこれだった。
「……これは?」
「蘇生権って言うアイテムなの。死んだ人を蘇らせられる効果があるんだって」
「…………は?」
女の子らしい言葉って難しいなって思いながら、私は簡単にそれを説明した。
ドラゴンを世界で一番最初に討伐した特典で手に入ったから、三人にあげるねって言うと、雪子は顔を真っ青にしながら首を振った。
「そんなっ、そんなの頂けません……。ココロさんがどれだけご両親を愛していたか、私たちは全員が良く知ってます。そんなココロさんを差し置いて、主人を蘇生なんて……」
本当に、心底恐れ多いと言った感じで、雪子は泣きそうになってしまった。
「あ、あー。私が言葉足らずだったね。そのアイテムは三つ貰ったから、一つは旦那さんに使って大丈夫なんだよ。遠慮しないでね」
本当ならカナとチウのご両親も蘇生してあげたいが、さすがに優先出来ない。
その事を心底申し訳なく思うが、だから今二人がお昼寝中にこの話しを切り出してるんだ。
「じゃぁ、本当に? 本当に使っても、良いんですか? 本当に主人が、生き返るんですか……?」
「正直ね、分からないの。それがタチの悪いジョークグッズなのか、本物の死者蘇生が出来るアイテムなのか、分からないの。ただ、その可能性はあると思うの」
雪子は事実を少しずつ飲み込んだ後、使い方の分からないアイテムを血相を変えて検分し始めた。
そしてしばらくしたと後に、蘇生権の玉を手に握った雪子が天に祈ると、雪子の手から桃色の煙が吹き出して形を作り、私と雪子達の間に、いつの間にか全裸で痩身の男性が立っていた。
「…………な、にが、ここ、は……?」
私からはその引き締まったプリッケツしか見えない男性は、少し頭を振って自分の正気を確かめたあと、目の前にいる家族を見て安堵の息を吐いた。
「あ、アナタ………、アナタぁぁぁあっ!」
「おと、おとうさっ……、うぁぁぁぁぁぁあああああん……!」
「父さん、ほんとに生き返った……」
雪子は泣いて男性に抱き着き、秋菜もギャン泣きして男性の腰に抱き着き、春樹は抱き着かずに男泣きをしている。
「ど、どうしたお前たち、何があった? ……そうだ、あの化け物達はどうしたんだっ!? 秋菜おまっ、頭に角が生えっ!? 尻尾!? 羽ぇえ!? なにが、ほんとに何がどうなったんだ!? 私はなんで生きてるんだっ!?」
男性とっても混乱しているが、死ぬ直前までの記憶を有しているらしい。
意識がハッキリするやいなや、おぞましい記憶がフラッシュバックしたのだろう。彼は今混乱の極地にいる。
モンスターに咀嚼されながら死んで、目が覚めたら全裸で見知らぬ場所に居て、家族は全員号泣してて、娘には角や翼や尻尾が生えている。
うん。混乱しない方が無理ですわ。
「よかった、良かったぁ……、ぁぁぁああああ!」
「雪子、おい雪子! 頼む、何があったか教えてくれ!」
「もう、もう良いんだよおとーさん! もう危ない事は無いんだよぉぉお……」
「秋菜も、春樹も、誰かなにか教えてくれって! って言うかおまっ、春樹も秋菜もかなりデカくなってないか!?」
なるべく家族水入らずの瞬間を壊したくない私は、極力気配を消して気並みの一本すら動かしていない。
ただここまで混乱が加速すると、いっそ私が声を出して収拾をつけた方が良いのかと考えてしまう。
とは言え、私は男性の真後ろに居るわけで、いくら私が気配を消してても、振り返ってしまえばこんな派手な女は一発で見つかってしまうのだ。
「はぃっ!? え、誰っ!? 化け物か!?」
「お、おぉ、おとーさんの、バカァァァァっ!? おねーちゃんを化け物扱いなんて、あきなぜったい許さないんだからぁぁぁぁあっ!」
「……そりゃねぇよ父さん。姉ちゃんは、父さんが居ない間、ずっっっっと俺たち助けてくれた大恩人なんだぞ……?」
今だ全裸のお父様は感動の再会直後なのに、娘にマジギレを超えるガチギレを頂き、息子にも心底困った顔でダメ出しをされ、最後に妻を見れば儚げな笑顔で子供二人を肯定する。
その後、落ち着いた雪子がゆっくりと何があったのかを説明し、五分くらいかかってある程度理解した男性は、ビシッと私に土下座をした。
「妻も、息子も、娘も、そして私の命まで! 全て救って頂いたお方に、大変失礼致しましたっ! 心よりの謝罪を!」
「いえ、私の見た目が普通で無いのが原因なのです。お気にせず、お顔を上げてくださいな」
折目正しく、ビシッと謝罪する様はとても好感が持てる男性だと思う。
ただ彼は未だ全裸なのだ。
「……春樹、お父様に何かお召し物を取ってきてあげて? このままだとお父様のお父様がとってもお父様だわ」
「……うん。言いたい事は分かったよ姉ちゃん。でも何か、しゃんなりしてる姉ちゃんイイな」
「はよ取ってこい」
私がお父様のお父様について言及すると、お父様は土下座の姿勢から復帰出来なくなってしまった。
体を起こすとお父様のお父様がコンニチワしてしまうから。
「……私は一度部屋に戻ってますので、着替えたら秋菜を寄越して頂けますか?」
「はっ! 気を使わせてしまい、重ね重ね申し訳なくっ!」
私はリビングから出てダイニングを通り、一度自室へ戻る。
さすがに全裸のお父様がお父様をブラブラさせている状況じゃマトモに会話など出来やしない。
自室へ戻った私は今、飾り気の無い天井を仰いで、一つ息をこぼした。
「……そっか、本当に生き返るんだ」
体感にして数分、控え目に扉をノックさてれ外へ出ると、モジモジした秋菜が私を待っていた。
「終わった?」
「う、うん! お父さん、着替えたよ! バスローブだけどね!」
「服、ないもんね」
着替えと言っても物がない。秋菜達は私が両親の遺品を大事にしてるのは知っているので、私のお父さんの服を貸す事はなく、ダンジョンから持ってきたバスローブくらいしかなかった。
秋菜を連れてリビングへ戻ると、また折目正しくビシッと正座する秋菜達のお父様が居て、その視線はまっすぐ私を射抜いていた。
「改めまして、四谷小次郎と申します」
「ご丁寧にどうも。白雪ココロと言います」
厳粛な空気の中で名乗り合うと、私は名前に夏が付かないんだと関係ない事を思った。
それから、先程も雪子があらましを説明していた今までを、私の口から改めて詳しく語る。
それが終わると、小次郎は深々と頭を下げた。
「本当に、どれだけ言葉を尽くしても感謝の気持ちを表し切れません……!」
「頭をお上げくださいな。私も皆さんには助けられているのです」
「それでも、この頭を下げるしか気持ちを伝える術が無いのです。そして、知らなかったとは言え、大恩あるココロさんに対しての暴言、伏して謝罪申し上げます……!」
「……分かりました。小次郎さんの謝罪を受け入れます。なのでどうか、お顔を上げてくださいな」
本当に、嘘偽りの無い謝罪である。
きっと、凄く良いお父さんなのだろう。
私の願いの一部が彼の蘇生だったのだと思うと、なんだか誇らしい気持ちさえ湧いてくる。
「小次郎さんのご自宅などは、もうとうの昔に壊されてしまっています。なので、もしご迷惑でなかったら御家族と一緒にここを使ってくださいね」
雪子たちの家が既に無いことは確認してあった。
「本当に、本当にありがとうございます! この恩は必ず返します! 力仕事でもなんでも、申し付けてください!」
とても感謝されている事が分かるが、私も困ってしまう。
なにせ普通のサラリーマンだった彼に任せられる仕事が、ウチには無いのだ。
雪子も秋菜も春樹も似たような顔をして、それに困惑する小次郎に私が分かりやすく説明する。
「小次郎さんは、ゲームなど嗜まれますか? オンラインゲームなどご経験は?」
「こ、これでもそこそこのゲーム好きでしたよ。妻と一緒になる前は、オンラインゲームでもかなり課金して遊んでました」
「では、そのオンラインゲームで例えますと、私はベータ版から二年間、ずっとプレイしてる最古参の重課金廃人ガチ勢だとお考えください」
「………そ、そこまでですか」
「はい。そして、小次郎さんの細君も、ご子息も、全員がその最古参の重課金廃人ガチ勢の私とパーティを組めるトッププレイヤーでして……」
「………えっと、つまり?」
「端的に言いますと、力仕事を任せろと仰る小次郎さんは、二年間プレイし続けたガチ勢に仕事は任せろ、役に立つぜと言い放ったピカピカ初心者でありますね。なにせレベルが実在する世界なので、今や小次郎さんは娘さんにも腕相撲で瞬殺される立場なのです……」
私が言い切ると、小次郎は自分の体を抱いて悶え始めた。
私も終焉前はオンラインゲームもやっていたので、気持ちは分かる。
「私は、イキリ初心者ムーヴしてしまったのか……っ!」
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