第47話 恐怖。



 小次郎が蘇生されてから三日の時が過ぎた。

 アレから彼は、このクソッタレな世界に少しでも早く馴染もうと努力を重ね、今必死にレベリングをしているところだ。

 雪子達には彼を手伝って良いと言ってるのに、雪子は家と物資と畑の管理を放って小次郎にベッタリ出来ないし、チウとカナの世話もある。

 秋菜と春樹は任せた仕事なんて大してないはずなのに、私が心配だからと最近は必ずどちらかが私のそばに居る。

 今日は春樹の当番らしく、なので小次郎は秋菜に見守られながらレベリング中だ。

 チウとカナも本当なら戦闘要員志望なので、丁度いいからと小次郎と一緒にレベリング。当番の秋菜はゴブリンを捕獲して、様々なスキルを獲得する手伝いをしている。


「……なぁ、姉ちゃん、大丈夫か?」

「んー、なにがー?」


 そして私は、ファーストステージをクリアしてから少し気が抜けたのか、自宅の居間でボケーッとお茶を飲んでいる。

 三人掛けのソファーでグデーっとしている私は、まさに無気力な毛玉。

 そのせいなのか、最近は四谷親子全員に大丈夫か否かを質問される程に、私はポケッとしているのだろう。


「……くっ、ぽやぽやの姉ちゃんクソ可愛いじゃんか」

「んー、ありがとねー」


 相変わらず獣耳スキーな春樹は、未だに私の容姿にハートを射抜かれている様だ。

 私もココ最近は修羅の願いを聞いて、なるべく女の子らしい態度を取ろうと頑張っているのだから、春樹にとっては追い討ちかも知れない。

 知らない人、初対面の人に丁寧に接する時はそもそも敬語なので女の子らしくするのも難しくは無いが、普段から荒っぽい言葉を向けてた相手に急な態度の変化は難しく、まだまだ練習中だ。


「姉ちゃんさ、俺たちずっと世話になってるし、父さんまで生き返ってさ、多分姉ちゃんが思ってるよりもずっと、俺たち感謝してるんだよ」

「気にしなくていいよー。それが私の願いだったみたいだし」

「……じゃぁその、姉ちゃんは何で、使わないんだ? 蘇生権」


 居間のテーブルでぽやぽやとお茶を飲んでたら、春樹に核心をぶっ刺された。

 そう、小次郎の蘇生から三日経った今も私は、両親の蘇生を行ってないのだ。


「………なんかねー。怖いんだぁ」

「何がだよ?」

「お父さんとお母さんを蘇生してね、今の私を見られるのが怖いの」


 何だかんだ言いつつ、多分いま私がずっとぽやぽやして気持ちが定まらない一番の原因。


「な、なんでだよ。姉ちゃんは別に………」

「今の私はね、ケモミミ外せないんだよ。尻尾もさ」

「いやそれ、精霊が嫌がるからだろ?」

「前はね。でも今は違うの」


 幻想刀、幻双銃、二尾ドレス、足元装備。これらに宿っていた精霊は門番竜の宝珠が起動した時、装備品との接続が断たれた。

 装備品は阿修羅刀と修羅飾りに統合され、本来なら武器と精霊二つで一つだった狐たちは、みな宙ぶらりんな存在になってしまった。


「精霊達は今、全員が私に紐付けされてるんだ。精霊と武器が一心同体であったように、今の私は精霊と一心同体。殆ど同じ存在と言っても良いの」

「……えっと?」

「つまり、本当に耳と尻尾が生えてるのよコレ。切れば痛いし血が流れる、私の肉体なの」


 精霊が憑依して出てくるパーツは、あくまで精霊の一部であって肉体じゃない。

 だから触覚はあるが、例え切っても痛みは無いし血も出ない。精霊は痛がるが、憑依者にダメージは無い。

 だけど今の私は、毛並みや髪の色を変えられる特性はそのままに、切れば血が出る肉体としてケモミミと尻尾が生えてるのだ。


「端的に言えば、私はもう人間じゃないの」


 ファンタジー作品風に言うなら、今の私は人族じゃなく獣人なのだ。


「あ、勘違いしないでね? 別に私は後悔してない。この体になった事を悪いことだなんて思ってないの。普通に可愛いし、クラシカルロリータ良く似合うし、精霊達も可愛いし、耳も良くなったし、いい事づくめじゃない?」


 何より、自称私の兄から贈られたプレゼントの一部なのだ。

 命懸けの贈り物くらい、大切にしてやらねば。


「でもさ、生き返ったお父さんとお母さんに、私はなんて言えば良いのかなぁ。おかえりなさい、私人間辞めたよって、そう言えば良い?」

「そんなこと……」

「人を辞めて、この身に暴力を宿して、平気で人を殺せる。………こんなの、化け物じゃなかったなら、なんなのさ」


 人外の化け物に殺された両親が長い眠りから覚めた時、自分たちの娘も人外のケモノになっていた。

 その時人は何を思うのだろうか。何を言うのだろうか。


「その答えが、小次郎さんが私を見た時に言った言葉なんだよ。別にもう彼に怒ってないし、気にしてないけどさ。でも、もし両親に同じ事を言われたら、たぶん私、折れちゃうと思うの」


 両親に対する愛情をモンスターに対する憎しみに変えてここまでやって来た。

 最愛の存在を奪われた現状を怨んでここまでやって来たのだ。

 例え両親と一緒にぬくぬくと暮らせて行けるとしても、私はもう戦う事を辞めない。

 でも、両親が戦う理由である事は間違いなく、その両親に拒絶されてしまった時、私は一回折れてしまう自信がある。

 時間があればまた戦えると思う。絶対にクソナニカを殺すまでは阿修羅刀を握る決意がある。だけど、多分私は弱くなる。


「だから、凄い怖いの。怖くて泣いちゃいそうなの」

「………姉ちゃん」


 気が付くと、春樹が隣に座って私の頭を撫でていた。

 いつもならノットセクハラと言って叩きのめすところだけど、今日はその手に私の頭を委ねてあげよう。

 普段と違って性癖が滲み出ていない少年の手は、幼子を撫でるように優しかった。


「なぁ姉ちゃん。俺はさ、姉ちゃんの家族見た事ないから、無責任な事は言えないよ。もしかしたら本当に、姉ちゃんが怖がってる事になるかもしんねぇ」

「……ふふ、慰めながら事実で落とすとか、春樹はなかなか酷いことするね」


 もしかしたら、傷心の私を更に弱らせてからゲットする作戦だろうか。ならば春樹は策士である。

 だって今は、本当に優しくされたら揺らぎそうなくらい不安定な自覚があるのだ。


「だけどさ、良く考えると、姉ちゃんの怖がり損だと思うんだよな」

「………なんですと? これが無意味な恐怖だと、春樹くんはそう申しますか?」


 予想外の事を言われてキョトンとした私は、自分でもお前誰だよと思う芝居掛かったセリフで問い返した。


「いや、だってさ、考えて見てよ姉ちゃん。例え生き返らせてすぐに嫌な事言われたり、誤解されたりしても、姉ちゃんが愛した家族が、その先もずっと姉ちゃんを嫌うのか? 言葉を重ねても誤解は解けないのか?」

「……嫌がられて、拒絶されても、その先………?」

「そうだよ。獣耳生えてても、姉ちゃんが姉ちゃんだって分かってもらえれば良いんじゃ無いのか? 姉ちゃんの家族は、姉ちゃんが姉ちゃんだって分かった後も、獣耳生えてるくらいで嫌がる人達なのか?」


 そう言われて、私は目から鱗どころか竜鱗が滝のように零れる想いだった。

 確かに全くその通りなのだ。

 なんで私は拒絶された瞬間に世界が終わる様な思い込みをしたのだろう?

 優しいお父さんもお母さんも、私がちゃんと私だと理解してくれれば、たとえ時間がかかってもきっとまた愛してくれる。

 私が人外の仲間入りをしたのは事実でしか無いが、恐ろしい化け物になったと誤解されたなら、時間をかけて誤解を解けばいいだけの話なのだ。

 恐ろしい化け物になったのが事実でも、誤解じゃなくても、必要な事だったのだと理解してもらえば良い。

 それは凄く当たり前で、とても一般的で常識的な考え方のはずだ。


「……怖くて視野が狭かったのかなぁ」

「お、姉ちゃんちょっと元気でたな! やっぱり姉ちゃんに元気がないと、俺ら寂しいぜ!」


 両親に拒絶された瞬間に、私と言う存在が砕け散るなんて妄想を吹き散らした春樹は、最後に私の頭をポンポンしたあとニカッと笑う。

 まったく、頭ポンポンはイケメンにだけ許される秘奥義ぞ?


「ふふ、元気出させてくれた春樹にはお礼をしなくちゃね」

「なんだ、久々のパイン飴か?」

「それでも良いけど、……そーれそれそれ!」

「ほっ、ほわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!? 唐突な天国!?」


 ソファーの隣に座る春樹に、ありったけの尻尾爆撃をお見舞する。

 なんなら、春樹を尻尾で包んだまま抱き締めて、ソファーに押し倒してもふもふから逃げられない様にする。


「うりうりー、尻尾と耳の同時攻撃だぞー?」

「ふわぁぁぁっ、なんだコレ!? 何この幸せ! 俺もしかして明日死ぬのかっ!?」

「それそれ、お姉ちゃんのおっぱいに埋もれて尻尾の暴力に屈するがいいー」

「あぁぁぁっ!? ダメだって姉ちゃん! 思春期におっぱいはダメだって! 堕ちちゃうから!」

「もう堕ちてる癖にー」


 私は春樹の感情が振り切れて気絶するまで、ふわふわともふもふの暴力で彼を虐げると言うお礼をしたのだった。

 めっちゃ幸せそうに気を失ってる。


「…………おねーちゃん?」

「あら、秋菜。今の見てたの?」

「……うん」


 いつ帰ってきたのか、リビングを壁チラ状態で覗いている秋菜が居て、困惑した面持ちで私と春樹を見ていた。端的に言うと若干引いている。


「おねーちゃん、お兄ちゃんが好きになったの?」

「いや、嫌いじゃあ無いけどね。でも恋人になりたいとか、そう言う気持ちも無いかな。今のは、落ち込んでた私を元気にしてくれたお礼だよ」

「……でもおねーちゃん、おっぱいはやり過ぎだと思うの。あきな、おっぱいはダメだと思うな? ほら、お兄ちゃんのお兄ちゃんがお兄ちゃんしてるもん」

「………うん。見なかった事にしてあげてね」


 秋菜に言われて、ソファーで寝る春樹の腰より下を見ると、立派なテントが出来上がっていたのだった。ビンビンなのだった。

 そっか、おっぱいはやり過ぎか。ごめんね。

 

「それより、おねーちゃん元気になったの?」

「ああ、うん。元気になったよ」

「良かったぁ。お兄ちゃんでも役に立つ事あるんだね!」

「…………秋菜、もしかしてちょっと、機嫌悪い?」

「ソンナコトナイヨ?」


 私の回復を喜ぶ一方で、不機嫌そうに兄へ棘を見せる秋菜。

 何があったのか、なぜ秋菜が不機嫌なのか考えて、ふと思い付く。


「もしかして、羨ましかった?」

「………………ソ、ソンナコトナイヨ?」

「秋菜もおっぱいに挟まれて、もふもふされたかった?」

「…………違うもん。あきな、もう大人のレディだもん」

「ふふ、秋菜は可愛いなぁ。そんな秋菜にもほーら尻尾爆撃だー!」


 図星をつんつんされてそっぽを向く秋菜に、私は苦笑しながら抱き着いてもふもふ地獄へ案内する。

 この地獄は本当に辛く、相手が限界を迎えようと延々ともふもふが続くのだ。


「そーれもふもふもふもふもふもふもふ!」

「はにゃぁぁあっ………!」

「もーふもふもふもふもふもふー!」


 私は可愛い妹分がその兄よりも腰砕けになるまで、スーパーもふもふタイムを続けたのだった。


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