第45話 さよならお嬢さん。



 全てを託し終わった僕は、清々しい気持ちで朗らかに笑い、感じた気配に陽気な声をかけてみた。


「やぁ邪神。元気そうだね」

「………君、ずいぶん好き勝手してくれたねぇ」


 ここは黒いんだか白いんだか分からない世界。

 そこで僕は僕達が邪神と呼ぶ存在と対面していた。

 真っ黒いそれは辛うじて人型だと分かる何かで、僕が全てを託した少女に言わせれば【クソナニカ】さんに当たるクソッタレだ。


「お前がそれを言うのかい? 数多の世界で好き勝手してくれたくせに」

「私は最高神だぞ。好き勝手して当然だろ」

「はっ、究極のファザコンゴミ野郎が、よりによって最高神だって? お前のお父様が知ったら鼻できっと笑うんじゃないか?」


 体が末端から徐々に分解されて行く感覚は、滑舌に尽くし難い苦痛であるが、苦々しげな顔をする邪神の顔を見ればそんなものは吹き飛んでしまう。


 僕は原初の世界でプレイヤーだった者の残滓。

 壊され尽くした世界の仇を討つ為に、自分を分解してシステムに紛れ込んだ五人の【修羅】の一人である。


「只人ごときがお父様を語るな」

「はっはぁ、なーにを言ってやがるんだかこの邪神は。僕達プレイヤーはそのお父様の残滓からお前が練りあげようとした物の末路だろ? 僕達以上に元最高神を語るべき存在など居やしないだろ」

「黙れよ只人。お父様になれなかった癖に、こんな所に紛れ込みやがって」


 目の前の邪神クソナニカは、数多ある世界の内の一つを管理していた末端の神だったが、全ての世界を総べる最高神が副神の裏切りで殺されたおりに、父親と慕う最高神の死に狂ってしまった哀れなクソナニカだった。

 副神に報復を果たしたクソナニカは、他の神の静止も無視して自分の担当していた世界を大元から切り離し、更に担当世界を幾つにも分割した夥しい数のパラレルワールドを生み出し、その一つずつを改造して居るのだ。

 世界が滅ぶ度に新しい世界へシステムをブチ込み、レベルとスキルを世界に与え、人が神に近付く環境を作り上げる。

 レベルとは、人が神に近付くための仕組みであり、神に向かって歩いた歩数だけレベルとして表示される。

 全ての世界に生きる人類は最高神の分け身であり、その人類を神にまで押し上げることが出来たなら、最高神が蘇ると本気で思って行動してるのがこのクソナニカなのだ。


「だいたい、何に怒ってるんだよ邪神クソナニカ。僕はあの子のレベルアップを手伝っただけだぞ? お前の望みを手伝ってるとも言えるんだから咽び泣いて喜べよ」

「黙れ! 死ぬべき時に死ななかった脆弱な只人がお父様になれる訳が無いだろ!」

「そんな事いったらレベルを上げただけの只人が最高神に生まれ変われる訳が無いだろう。信じたい事しか信じず、気に入らないものから目を背け、それを盲信してる。お前は本当に狂ってるなぁ」


 今だって、ただ気に入らない僕を消せばいいだけなのに、わざわざ崩壊を遅らせて、ただ文句を言う為だけにここに居る。

 自分の行動が全て正しいと心の底から信じてるから、他の言葉を聞くことなどしない。

 そのくせ自分の言いたい事は言わないと、やらないと気が済まない。

 ただのワガママなクソガキなのだ、コイツは。


「現実を見なよ。たった二年でファーストステージを超えたプレイヤーなんて、過去に居たかい? 君の設定した世界が、今じゃ彼女に追い付いてない」

「うるさい五月蝿い煩い! あんなのは不正だ!」

「でも消せないんだろ? だから嫌がらせで心を折ろうとしたんだろ? そもそもシステムの大元を組んだのはお前が敬愛する最高神だもんなぁ? 今更動き出したシステムに干渉して一人のプレイヤーを殺せないよなぁ?」

「黙れぇ! どうせ君が居なくなったら、早々に死ぬに決まってる!」

「あははははははは! レベル五十も差があった門番竜の、よりによってソロレイドを一発クリアして見せた彼女が、そう簡単に死ぬもんかよ! 僕の使っていた阿修羅刀も渡せたし、彼女は絶対に神に至るよ。この僕が保証してやる」


 あんな馬鹿げた数の精霊に囲まれ、特殊進化ジョブまで生えて、あれだけの殺意を持続させ続ける彼女が、そう簡単に死ぬものかよ。

 彼女を選んだのは私情だったが、彼女で良かったのだ。

 彼女こそが神に至り、このクソナニカを殺して私たちの無念を晴らしてくれる戦士なのだ。


「それに、アナウンスちゃんにもクソナニカなんて呼ばせる彼女だ、きっと使徒全員が彼女を気に入ってる。あの子もノリノリで言ってたじゃないか、仮称【クソナニカ】って」

「そのクソナニカと呼ぶのをいい加減に止めろぉぉおっ! 私には、お父様に与えられし寵名があるのだ!」

「うるさいよクソナニカ。お前なんてクソナニカで十分だよクソナニカ。大人しくあの子に殺されなよクソナニカ。お前の企みで産まれるのは、新しいお父様じゃなくてクソナニカを絶対に殺したいお嬢さんだよ」


 神には下について仕事をこなす使徒が居る。が、この邪神クソナニカは使徒から嫌われて居るので、世界のシステムコールやアナウンスを担当しているあの子も、堂々と神をクソ呼ばわり出来て喜んでいる事だろう。

 それでもクソナニカは使徒を殺せない。使徒は最高神が組んだシステムだからだ。

 そもそも、原初の世界で滅びを止められなかった私たち【修羅】がこうやってシステムに潜り込めたのも、使徒が手伝ってくれたに他ならない。

 そんな事にも目を向けず騒ぐコイツは、本当に力があるだけのクソガキだ。

 ただその持った力が絶大な事だけが問題だが、このバカはわざわざレベルシステムで人類にも力を与えているのだから問題は無い。

 このシステムの根幹は最高神が関わっているので、気に入らなかったら力を取り上げるなんて権限はクソナニカには無い。


「………もういい、君はさっさと消えろ」

「おや? 言い負かさなくてもよろしいので?」

「うるさい。きえ--」


 その時、世界が震えた。


「…………は?」

「おいおい、まさか、うそだろ?」


 世界が揺れ、揺れる度に打撃音と破砕音が聞こえてくる。

 そして、僕が託した女の子の声も聞こえて来る。


「……くそっ!」


 何が起きてるのか察知したクソナニカは、忌々しげに僕を睨んだあと、遅延していた僕の分解コードを元に戻し、さらに加速させてから姿を消した。

 そしてクソナニカが姿を消したと同時に、一際大きい破砕音と共に女の子が世界に降って来た。


「修羅はここかぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!?」


 黄金に輝き、白銀に煌めき、黒に色めき、灰に彩られる髪と毛並みを靡かせた女の子が、白だか黒だか分からない世界の天蓋を叩き割って落ちて来て、動けない僕を見付けると天空侵犯で走って来た。


「その真っ黒いてめぇが修羅かぁぁぁぁあっ!」


 おや、僕は今自分を見れないが、クソナニカみたいな真っ黒ななにかなのかい。


「やぁやぁ、初めましてだよココロちゃん。下着姿とは大胆だね?」

「てめぇが残した髪飾りの使い方がわかんねぇんだよちくしょう! あのまま時間が動き出したら私は一躍痴女だろうが!」

「アッハッハッハッハッ! その時はその時さぁ!」


 殆ど裸の状態で現れた彼女は、僕が全てを託した女の子は、わざわざ僕に会いにこんな所まで来てくれたらしい。

 まったく、嬉しいじゃないか。死ぬにはいい日だよ本当に。


「………てめぇが修羅だな?」

「そうさ。ずっと君の中に居候させてもらったスキルだよ」

「本当に、消えるのか?」

「ああ、消えるとも」

「せめて、もっとマシな消え方しろよ馬鹿野郎。別れも言えねぇだろ」

「まさか、お別れを言う為だけにここへ?」

「礼も言わせろ馬鹿野郎」


 複雑そうな顔で俯く彼女は、たったそれだけの為にスキルシステムに精神感応してまで来てくれたのか。

 いやもしかしたら、使徒の誰かが手助けしたのかも知れない。


「教えろ修羅。おまえ何なんだ? 何が目的だったんだ?」


 せっかくここまで来てくれたココロちゃんに、僕は時間の許す限り全てを語った。


「じゃぁ、あんたの望みも、クソナニカを殺す事であってるんだよな?」

「そうそう、是非ブチ殺してやってくれよ! 家族も友達もみんな殺されて恨み骨髄なのさ!」

「………他に望みは無いのか?」


 全てを語ってもう殆ど時間が残ってない僕の体は、ここから巻き返して復活なんて奇跡が起きない事を物語っていた、

 なにせもう顔と首くらいしか残ってないからね!


「他の望み? あ、あるある! 超あるよ! 聞いてくれるのかい?」

「……言ってみろよ」

「ココロちゃんが女の子っぽく戻ること! ココロちゃんが両親と幸せになる事! 秋菜ちゃん達といつまでも仲良く楽しく暮らすこと! あとはねぇ……」


 聞いてくれると言うので、望みをありったけぶちまける僕に、ココロちゃんは崩れそうな顔に手を添えて悲痛な顔をする。


「自分の望みは無いのかよ」

「いや、これが本当に望みなんだって。僕、ココロちゃんにお洒落勧めてたでしょ?」

「……そうだな。めっちゃプッシュされたわ」

「僕は君に、あのクソボケゴミカス邪神クソナニカの討伐を託すけど、それと同時に君に幸せでいて欲しいんだよ」


 これは僕の私情。僕が彼女を選んだ理由。


「僕にはとっても可愛い妹が居たんだ。もう可愛くて可愛くて、お嫁に出したく無いくらいの妹さ」

「……クソナニカに殺された?」

「そう! 最愛の妹だったけど、僕はあの子を守れなかったよ」

「もしかして、私に重ねてるのか?」

「あははは、ちょっと違う。重ねてるんじゃないんだよ」


 だって、本人なんだもんな。


「僕の妹の名前は、ココロ。姓は白雪。可愛い名前だろ?」


 白雪ココロ。それが僕の妹の名前。


「………もしかして、例のパラレルワールドで家族だったとか言うんじゃねぇだろうな?」

「そう、まさにそうなのさ。僕はココロちゃんに兄が居たパラレルワールドの出身なのさ。だから君が馬鹿みたいな数のモンスターに単身突っ込んだ時は悲鳴上げながらココロちゃんの中に入ったし、腐肉に殺されそうな時は慌てて色々スキルを弄ったよ」


 だってそうだろう?

 最愛の妹が、家族全員失って生き残って、血にまみれながら自殺紛いの行動を重ねるんだから、お兄ちゃんとしては気が気じゃないよ。


「強さと引き換えに女の子らしさを捨てて行くココロちゃんを見るともどかしかったし、もっとロリータ服着ろよって叫びたかったさ! 僕のどちゃクソ可愛いココロはもっともっと可愛い服が似合うんだって」

「……でも私には、兄は居ないんだぞ」

「そう、僕とココロちゃんは他人さ。なにせ世界を隔てるくらいには血の繋がりが無いんだからね。DNAが近縁だったとしても。でも、それでも、僕の妹は白雪ココロなのさ」


 もう口の周りの肉しか残ってない。

 いや、そもそも肉なのか? システムの世界で構築される情報は肉なのか?


「そろそろ、さよならか?」

「そうだね。最後に妹の幸せを願って、妹に見送られるなんて、今際としては最高じゃあないかい?」

「………もう、口の減らないお兄ちゃんだね」

「おおおお、そう、そんな感じ! 早速願いを叶えてくれるなんて、やっぱり僕の妹は最高だなぁ。……やっぱりココロちゃんは女の子っぽい方が可愛いよ」

「すぐには、無理だよ。私はいろいろポイポイ捨てて来ちゃったもん」


 もう、残ったのは残りわずか。


「お兄ちゃんと呼んであげる。でも、妹とは呼ばないで」

「………ああ、分かったよ」


 最後が、解ける。


「さよなら、お兄ちゃん」

「さよなら、お嬢さん」


 ああ本当に、死ぬにはいい日だなぁ。


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