第44話 禍津九尾の阿修羅刀。



 -ゲートキーパーが討伐されました。

 -おめでとうございます。

 -あなたは世界で一番目にファーストステージのワールドコンプリートを達成しました。


 レベルが高いだけのドラゴンを殺した私は、残心を取って一息つくと、脳裏にそんな声を聞いた。


 -あなたにはファーストステージ初回クリア特典が贈られます。

 -あなたにはファーストステージクリア特典が贈られます。


 殺意が湧いた。

 ファーストステージとかクリア特典とか、分かっていた事だが丸っきりゲームじゃないか。

 こんなお遊びみたいな扱いで、両親があんな挽肉になったなんて認められない。

 そしてより強く、世界を壊した存在をそこに感じさせるアナウンスである。

 感情がうねる。

 ああそうか、やっぱり居るんだ世界を壊したナニカが。

 このクソッタレなアナウンスのお陰で、やっと本当に憎むべき相手を見付けた気がする。


「ふひ、ふひひひ……」


 ああ、古くなって使い古した真っ黒い怨念に、ようやく真新しい真っ赤な殺意を継ぎ足せる。

 助かった。リポップのせいでモンスターを駆逐出来なかったり、ペットにしたモンスターがモンスターじゃなくなったりしたせいで、このココロにへばりついた怨念が正しいのか、この想いを永遠に抱けるのか、不安だったんだ。

 世界を壊した相手なんか居なくて、いつしかモンスターにも絆されて……。

 そんな未来を想像すると、頭を掻き毟って脳ミソを引っ張り出してぐしゃぐしゃにしたくなる恐怖が這い上がってくるんだ。

 いつか自分の両親を殺したゴブリンと畑で鍬を振るような未来を想うと、目に付く生き物全てを殺めたくなる様な絶望が滲み出てくるんだ。

 ああでも、良かった。居るんだな、私が幻想刀を叩き付けるべきナニカが、どこかに居るんだ。

 じゃなきゃ、特典なんて誰が用意するって言うのか。


「ひひ、ひひひひひ………」


 さてさて、ではそんなクソナニカさんが用意した特典とやらを見てみようか。

 ステータスを見る時の様に、意識の中で二つの特典とやらに触れてみた。


 -初回クリア特典。【ココロ・シラユキの願望成就】

 -この特典は、使用すると同時に深層心理から願いを一つ読み取り、成就させます。また、最も望む願いが同率で二つ以上ある時は、どれか一つを選んで成就させることが出来ます。

 -クリア特典。【門番竜の宝珠】

 -本アイテムを使用すると、その時装備しているアイテムを全て進化させる事が出来る。


 そんなアナウンスが出て来て、一拍の間を置いた後、私の目の前に虹色に輝くビー玉の様な宝珠と、アナウンスやステータスと違って目に見える形でシステムウィンドウが出て来た。

 私は虹色の宝珠を右手で握り、表示されたウィンドウを見る。


 -同率の願いが確認されました。選択してください。


 私の願いはクソナニカをぶっ殺す事だけだと思ったが、どうやらもう一つあるらしい。

 よく分からないが、クソナニカ抹殺があったらそれを選べば良いのだと、ウィンドウをタップして先に進める。

 するとやはり片方はクソナニカ抹殺の願いだったので、すぐにソレに触れようとするが、もう片方をちゃんと見てしまったせいで指が止まる。


 -仮称【クソナニカ】の抹殺。

 -死者を一人蘇生させる権利を得る。


 歯が欠けるかと思うほど食いしばった。

 クソナニカは、どこまで私を貶めれば気が済むのか。

 そんなの、両親を殺されたからクソナニカに死んで欲しいんだ。なら当然両親が生き返ってくれるなら、確かに同率の願いなのだろう。

 でも一人だと? クソナニカの死と同率の願いなのだろう?

 確実に釣り合ってないのに、それでも可能性を示唆されると心が揺れてしまう。

 一人だけでも、生き返らせる事が、出来る?

 手が震える。悔しくて涙が出る。

 クソナニカの死と同率の願いだと言うなら、それは絶対に、何があっても、間違いなく両親二人の蘇生である。

 なのに、一人だけ、本来受け取れるはずの半額で、納得しろ、してしまえと、叫ぶ自分が確かに居るのだ。

 初回特典なのだから次回以降のクリアに蘇生の特典は無く、今を逃せば一人すら蘇生出来ない。なら半分でも良いからそれを取れと、私の中で、終焉の日の私が泣き叫んでる。


 ふざけるな。


 こんな事あっていい訳が無い。違う。二人だ。二人揃って初めて私の願いは成就するのだ。

 私が自分から安い願いを選んで屈服する様をどこかで眺めているのか、それとも両親のどちらかを選んでどちらかを捨てる様子を楽しんで居るのか、どちらにしても、ふざけるな。ああ、ふざけるな。


「迷うかよ。ふざけんな、私を見くびるんじゃぁねぇぞ」


 震える指を、クソナニカの抹殺に伸ばす。

 止めろと叫ぶ私の中の女の子を黙らせて、過呼吸になりながら手を伸ばす。

 でも、あと一センチの距離が進めない。手が動かない。


「くそくそくそくそくそくそっ! 馬鹿にしやがって!」


 押すんだ。押さないとダメだ。

 これは同率の願いと謳った中で、死者の蘇生を願ってしまえば、二人の死が安くなるのだ。片方の蘇生でクソナニカの死を諦めたのと同義なのだから、生き返らなかった方の親の死がまるっと無価値にされてしまうのだ。

 そんなのは許せない。だから押せ。押せ、押せよぉ!


「……ちくしょぉぉぉぉおっ!」


 涙がポロポロ零れる。

 私はこんなに弱かったのか。こんなに簡単にへし折られる想いで戦って来たのか。

 悔しさで脳の血管がブチ切れそうになると、私は本当に久々にそれを聞いた。


 -【修羅】が発動します。


 クソッタレなアナウンスと同じ感覚、同じ声で響くそれは、私の頼もしい相棒だった。

 でも、このスキルも、クソナニカが作ったシステムの一部なら、これも敵なのだろうか?

 私の命を救ったこのスキルは、敵なのか?


 -【修羅】は否定します。


 疑心に駆られる私に、多分初めて、修羅が回答をくれた。


 -【修羅】は質問します。


 それどころか、初めて“答えを返せ”と呼び掛けてきた。


 -【修羅】使用者【ココロ・シラユキ】は、両親の蘇生が叶った場合、戦う事を止めますか? 仮称【クソナニカ】の討伐を続けますか?


 そんな事を聞かれた。

 何を言ってるのか、このスキルは私とずっと一緒に居たくせに、私の事を何も分かってないらしい。

 僅差だけど夏無し親子よりも長く一緒に居たのに、私の心の内が分からないらしい。


「馬鹿な事言うんじゃねぇぞっ……! 私をここまでコケにしてくれたクソナニカは絶対に死なせるんだよっ! 父さんも、母さんも、二人が生き返っても、殺された事実は変わらねぇ!」


 両親が殺され、蘇らせれ、それで全てを許して暮らせるかって?

 馬鹿な事を言わないでくれ。そんなマッチポンブ許せるか。


「私のこの二年は、そんなに安くはねぇぞ! てめぇ一番近くで見てただろうが!」


 -【修羅】は肯定します。

 -【修羅】は回答に感謝します。


 答えた私に答える修羅は、なんだか震えてる様な気がした。

 聞こえる声音も声質も、何も変わらないのに、私には震えてる事だけは分かった。


 -【修羅】は使用者を応援します。

 -【修羅】は所有者に感謝します。

 -【修羅】は【修羅】が所有する全てのパラメータを使用して、愛すべき適合者【ココロ】の願いを聞き、全身全霊全力全開の応援を開始します。


 多分初めて聞く、修羅の感情的なアナウンス。

 そして次の瞬間、世界がバチバチと音を立て、気が付けば時間も止まり、ドラゴンの討伐をモニターで確認しただろう人達が駆け付けてる途中、この巣穴の入口辺りでピタッと止まっていた。


 -【修羅】が全身全霊全力全開で発動します。

 -【修羅】は仮称【クソナニカ】に調整された【ココロ】の願いに干渉を開始します。

 -【修羅】は仮称【クソナニカ】のプロテクトを解除しました。

 -【修羅】のシステムダメージがレッドゾーンに突入しました。

 -【修羅】はジャンク化したシステムを放棄します。

 -【修羅】の稼働率が70パーセントダウンします。

 -【修羅】は【ココロ・オーバードライブ】にアクセス、意図的に暴走状態へ移行します。

 -【修羅】の稼働率が183パーセントに上昇します。


 何か、修羅がとんでもないことしてるのだけは分かった。

 たぶん、捨て身とか、命懸けとか、そう言う類の無茶を始めた事だけは分かってしまった。


「お、おいっ、……待て、待てって、お前、なに、何してんだっ……!?」


 -【修羅】は【ココロ】の願いを応援します。

 -【修羅】は仮称【クソナニカ】が施した【ココロ】の願望改竄の痕跡を発見しました。

 -【修羅】は【ココロ】の願いを修復します。

 -【修羅】はシステムに攻撃を受けています。

 -【修羅】は【ココロ・オーバードライブ】との接続率を上げて稼働率を引き上げます。

 -【修羅】のシステムが稼働限界を越えました。崩壊が始まります。


「待て待て待て待て! お前さっきからなんか、ボロボロになってんじゃねぇか!」


 -【修羅】は【ココロ】を応援します。

 -【修羅】は【ココロ】の願いを応援します。

 -【修羅】は【ココロ】の願いの修復に成功しました。

 -【修羅】は【ココロ】に素早い報酬の選択を願います。


 見ると、初回特典の報酬が変化していた。


 -死者を三人蘇生させる権利を得る。


 なんか、一人余分な気もするが、私は急いで死者蘇生に指で触れた。

 急かされたのも有るが、両親が生き返る可能性を思ったら、先程とは比べ物にならなほど滑らかに指が動いたのだ。

 すると手には、虹色だった門番竜の宝珠と違って、淡い桃色に輝くビー玉が三つ握られてた。

 これが、死者を蘇生させる権利とやらなのだろうか。


 -【修羅】はシステム修復に失敗しました。

 -【修羅】のシステム崩壊が加速します。

 -【修羅】は良い仕事をしたと自負します。

 -【修羅】は思い残す事は無いと宣言します。


「は……、いや待てちょっと、お前もしかして消えるとか言うんじゃねぇだうな!? そんなアニメみたいな……」


 ふざけるんじゃない。

 もしこのピンクボールで本当に両親が蘇るなら、修羅がこのまま消えるなら、私は誰に感謝すれば良い? 誰に恩を返せばいい?


「そもそも、お前なんなんだよ! 受け答えが出来るなんてただのスキルじゃねぇだろ!」


 -【修羅】は肯定しまます。

 -【修羅】にには時間g残っててててません。

 -【修羅】は最後に【ココロ】へ贈り物をします。

 -【修羅】】は【門ババ竜の宝珠】ん干渉ふ死します


 もはやマトモなアナウンスすら出来なくなってる修羅は、私が握る門番竜の宝珠を勝手に発動させた。

 私の全身が光り、そして私のから精霊が全て吐き出され、出て来た精霊の体からも装備品が飛び出して行く。

 防具すらその有様で、私は一瞬で下着姿にされてしまい、なぜだか時間が止まっているこの世界が今は有難いと思った。


 -【金狐の幻想刀】は【名称未設定】に統合されます。

 -【銀狐の幻想刀】は【名称未設定】に統合されます。

 -【白狐の幻想刀】は【名称未設定】に統合されます。

 -【黒狐の幻双銃】は【名称未設定】に統合されます。

 -【しら】h贈られもヌをTTけ間巣。

 -【禍津九尾の阿修羅刀】が誕生しました。

 -【霊狐のふわふわ二尾ドレス】は【名称未設定】に統合されます。

 -【霊狐のきまぐれ可愛い足元装備】は【名称未設定】に統合されます。

 -【sH螺】葉【【ココロ】】nプレゼ犬(*´꒳`*)鱒。

 -【禍津九尾の修羅飾り】が誕生しました。


 精霊はそのままで、ただ装備品がたった二つに全て纏められた。

 ただ私はそれどころじゃない。アナウンスを見てもそうだし、ステータスを見ても修羅が文字化けしてて、マトモな状況じゃない事だけは分かった。


「おい修羅! 何してんだてめぇ!」


 -【酒R】h【ココロ】w援島@%。

 -スキル抹消。【修羅】


 うるせぇ黙れクソナニカの手先め。私と修羅のやり取りを邪魔するな。

 私は新しく生まれた一本の刀と、花魁の簪みたいな豪華な髪飾りを握りしめて、深く深く自分に潜る

 さっきまでそこ居たんだ。今までそばに居たんだ。ふざけんじゃねぇ、もっとちゃんとお礼の百個くらい言わせやがれ。恩を千個くらい返させやがれ。

 話して分かったが、修羅もクソナニカを恨んでるはずだ。私が奴をぶっ殺す事を願ってるはずだ。

 私が奴を殺すと宣言したから、修羅は決定的な何かを消費して蘇生権を増やしたのだ。


「ざけんじゃねぇ! てめぇも一緒にクソナニカをぶっ殺すんだよ! 修羅ァアッ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る