第41話 男達の血涙。



「ホイコーローだぁぁぁぁあっ!」

「チンジャオースぅぅ!」

「お肉、お肉、野菜、野菜!」

「ポテトサラダおいひぃよぉ………」

「ドンキダンジョンでマヨネーズ生きてて良かったわ。ウェイパーもコチュジャンもトウバンジャンもあるし」

「……それよりあきな、おねーちゃんがお料理出来たことがびっくり」

「あ? 食べさせた事なかったっけ?」

「うん。お肉手に入るようになってからは、お母さんがお料理して、それより前は冷凍食品と缶詰とシリアルとカロリーメイツだったもん」


 時間にして午後二時頃。かなり遅めの昼食となったが、ドンキからアルファ米を大量に持って来てお湯で戻し、ワイバーン肉と野菜を水で戻し、タケノコはドンキのチルドを使って回鍋肉と青椒肉絲を作って振舞った。

 女の子達は涙を流しながら頬張り、ラジオ会館前には美味しそうな匂いを嗅ぎ付けたハイエナ達が群がって血涙を流している。


「獣耳美少女の、手料理!」

「しかも、肉と野菜盛り盛り!」

「くそぅ羨ましい!」


 このご時世、野菜は本当に貴重なのだ。お肉も貴重だが、野菜のレア度は凄まじい物がある。


「キャベツしゃきしゃきだよぉ……」

「タレが絡んだお肉おいひぃ……」

「私もうココロさんと結婚すりゅー!」


 私は、血涙を流す野郎達の前に来て、大盛りのボウルを差し出した。

 中に入ってるのは、持ってきたジャガイモを揚げたフライドポテトだ。


「ほれ、獣耳美少女の手料理だぞ。咽び泣いて食えや」

「うおおおおおおおお揚げ物だぁぁぁぁぁぁぁ!」

「フライドポティトゥー!」

「おお、本当に咽び泣いて食われると怖ぇな」


 差し出したボウルからはあっという間にフライドポテトが消え去り、食えなかった男達は更に血涙を流す。

 話しを聞き付けたのかポン酢とテンポコなど、この拠点の主力級も凄まじいダッシュで駆け付けたが、空のボウルを見ると崩れ落ちた。


「………拙者、間に合わなったでござる」

「でゅふ、超悲しいんだな」

「そんな、狐巫女の手料理………」


 あんまりにも男達の落胆が凄いので、なんだかコッチも悪い事した気になる。


「あー、流石に全員は無理だが、夕食は多めに作るから、食べたい野郎共はクジ引きでもしてくれや。十名くらいなら良いぞ」


 そう言うと、男達達は沸いた。

 全員が全力で抽選方法を模索して行き、クジ引きで五名、そした何故かカードゲーム大会を開いて上位五名が選ばれる事になった。

 なんでも終焉が始まった時点でカードゲームなどの私物を持ったままアキバに居て、そのままここで活動しているらしく、本気のデッキを持っている者は並々ならぬ気迫を放ち、そしてカードを持ってなかった奴も、急いで今からデッキを作る為に探索へ出かけた。

 アキバならそう言うアイテムが漁れる廃墟やダンジョンも有るのだろう。

 娯楽が死んかけてる世界で、物があれば永遠に遊べるカードゲームは貴重な娯楽なのかも知れない。


「ココロさん、ごちそうさまでした!」

「片付けは私達がやります!」

「あー、悪いね。昼から二時間も待った甲斐はあったかな?」

「もちろんです! 世界が壊れちゃってから、こんなに昔の様なご飯食べたの初めてです!」

「いや、さすがにレトルトくらいはあったでしょ」


 女の子の笑顔は煌めいていて、ちょっと頑張って良かったなと心から思った。

 秋菜も私の手料理と言うレアな物を食べれたからか機嫌が良い。食べ逃した兄の事など頭に無いのだろう。

 さて、ここまで喜んでくれるのなら、夕食は何を作ろうかなと考えていると、空からワイバーンの鳴き声が聞こえて、アッシュが帰って来た事がわかった。


「おーい、アッシュが降りるスペース空けてくれー。アッシュの邪魔すると夕食なしだからなぁー。あの子が食材運んで来るんだからなー」


 外に出て、ラジオ会館前で未だ騒いでる男達にそう言うと、凄まじい速度で場所を開けた。どんだけ食いたいんだコイツら。

 呆れながら空を見ると、私はその表情のまま固まった。

 アッシュが居るはずの空に、何故かピュアホワイトまで居るのだ。


「………は、なんで?」


 固まってると、ゆっくり降りて来るピュアホワイトから人影が飛び降りた。

 茶色と純白のコントラストが美しい雄大な翼を広げて降りて来るのは、何を隠そう雪子である。

 犬鷲のつゆりが憑依している雪子が地上五メートルくらいで羽ばたいて速度を緩めると、その姿はちょっとした天使みたいだった。

 そんな姿をみたら、まあ当然野郎共は沸く。騒ぐ。大いにはしゃぐ。


「……雪子、何してるん?」

「えへへ、寂しくて来ちゃいました」

「いやどちゃくそ可愛い未亡人がソレ言うと破壊力がヤバいから自重しな?」


 雪子はもう三十と言う数字に乗ってしまった女性ではあるが、この殺伐とした世界で必死に生きようとするあまり、逆に生命力に溢れて若々しく可愛らしい魅惑の未亡人になってるいのだ。


「天使っ子キタァァァァァァァァァァァアアアア!」

「子って感じじゃないけど小さくて可愛らしいからヨシ!」

「なんだか分からないがヨシ! 可愛いからヨシ!」

「なんだよ居るじゃん天使属性! 他にも居るだろ隠すなよぉ!」


 あまりにも騒々しい男たちに、びっくりした雪子はあらあらと頬に手を添えて首を傾げる。

 その仕草がまた色っぽくて、男達の何かを刺激する。


「あらあら、あの、ココロさん、これはどう言う……?」

「えーっと、雪子も秋葉原で騒ぐオタクって人達とその文化くらいは分かるでしょ? ここがアキバであの人達がそのオタク」

「……あれ、でもそういう人達って、アニメとかの可愛らしい若い女の子が好きなんですよね? 三十路の私がなんで……?」

「おおぅ、雪子あんた無自覚系なのか。言っとくけど雪子あんたまだ二十代で充分通る容姿だからね? それとつゆりの憑依した姿が、アニメのキャラクターみたいで、あの人達は尚更喜ぶんだよ」

「あらあら……。でもまぁ、こんなオバサンで喜んでくれるなら、それはいい事ですよね」


 ほにゃーって笑う雪子はやっぱり破壊力が凄い。

 今の私だって自分を美少女と言える容姿だと自負しているが、雪子は同じレベルで小柄で、可愛く、更にそこへ未亡人の色気と女らしさが加わり、魅力の核融合が起きている。

 そこに白の多い翼なんて生やして空から降臨してみろ。下手したら宗教が興るぞ。


「で、寂しくて来ちゃった雪子は、何するつもり?」

「あ、そうです。私、お夕飯作りに来ました! 今日はカレーなんてどうでしょう?」


 それを聞き、私が答える前に、それを聞いていた野郎共が吠えた。

 カレー食べたいと。

 天使の未亡人雪子の手料理である事を差し引いてもカレーが食べたいし、やっぱり雪子の手料理が食べたいと、魂からの絶叫がラジオ会館前に迸った。


「あらあら、皆さんも食べたいのでしょうか?」

「あー、うん。このご時世にちゃんとした野菜と肉がゴロゴロ入ったカレーなんて、超高級フレンチ並のご馳走でしょうよ。そこに天使の如く舞い降りた麗しの未亡人が振る舞う手料理なんて付加価値が付いたら、まぁ泣いて土下座するくらいは食べたいんじゃない?」

「あらあらあら、でも食材はココロさんの物なので、私の一存ではとてもとても……」

「あー、雪子の能力を越えないくらいなら振舞って良いよ。私も十人くらいなら食わせて良いって言ってた所なんだ」


 一応、優先がラジオ会館の中からコチラを覗いている女の子達で、男達はオマケであると雪子に伝える。

 すると雪子はピュアホワイトとアッシュを見ながら持ち込んだ食材を勘案し、料理の手間や振舞っても問題無い余剰分の食材、本拠点の蓄えなど考えを巡らせて、答えが出たのか一つ頷いた。


「男性が多いみたいですし、野菜を少し減らしてお肉を増せば量は増やせますね。その方がきっと皆さん嬉しいでしょうし。お肉ならいくらでも手に入るようになりましたし、お野菜も良く育つジャガイモをメインにして、分量を調節しましょう。問題は持ち込んだカレールウですが……」

「ルウ以外は問題ないの? 米は?」

「お米等は、アチラで食べたい人が自分で準備するって事にしましょう。最悪カレーだけでも栄養満点でお腹もふくれますし、小麦粉練って焼いたナンもどきでも食べれますから」

「おっけ。それで、ルウを無視したら何人分いける?」

「そうですねぇ。遠征組と女の子を除いて、余裕を持って四十人でしょうか?」

「おっけ、あとは任せろ。雪子は必要なら今から準備しちゃって良いから、お願いね」

「はい。任せてください! あ、ごめんなさい。お鍋も足りないです」

「それも任せろ。ここの抱えるダンジョンが特殊だから何とかなる」


 私は雪子をラジオ会館に送り出し、期待に満ち満ちた野郎共に宣言する。


「おまえらー! 天使雪子様が、先の十人に追加で三十人分の枠を用意してくださったぞぉ!」


 私の叫びを聞いた雪子がぎょっとして振り返る様子が超感覚で分かるが、あえて無視。


「しかーし! その人数にカレーを作るには、ルウが足りない! そして鍋も足りない! 主食も無いから欲しい奴は自分で用意しろ! さっさと四十人分の枠決めて、その四十人はダンジョンから大容量鍋とカレールウをありったけ持ってこーい! 働かねぇ奴に食わせるカレーはねぇぞ!」


 直後に起きたそれは、人の津波だった。

 私が叫び終わると、男達はまず枠を決めるより先に必要物資の調達を行うようで、鍋もルウも準備出来た後にゆっくりと幸せ者四十人を決めるようだ。

 ラジオ会館前に居た野郎共は一人残らず全員がダンジョンに向かって駆け出して行った。


「あ、そういやチウとカナは?」

「いま藤原さん達が家に居るので、お願いしてます。料理が出来たらピュアに乗って迎えに行きますよ。二人もココロさん達が居なくなって寂しがってますから」


 藤原さんとは畑の開墾を大いに助けてくれた農業の有識者夫妻の事である。

 あの人達なら安心か。

 ただ、そうすると今家にワイバーンが一体も居ないので、拠点への出入りが完全に出来ない状態だろう。大丈夫なのだろうか?

 

「あ、作ったカレーは一部持って行って、藤原さんご夫妻に差し上げても良いですか?」

「それはもちろん。あの人達のお陰で食べれる料理でもあるんだから」


 その後、野郎共は十分もせずに戻って来て、バックヤードまで漁って来たのか五つの大容量圧力鍋と、その中にぎっしり詰まった様々なメーカーのカレールウがあった。


「わぁ、ありがとうごさいますね! きっと美味しいカレーを作るので、楽しみにしててください」

「はい! よろしくおねがいします!」

「ふふ、頑張りますね」


 今の雪子の未亡人スマイルで、一体何人の男が落ちただろうか。

 雪子は早速調理に取り掛かり、レイジと春樹は夕方五時頃に帰って来て、周りの安全を確認しながら姿を見せたアユミンは、多分モンスターじゃなくて人間を警戒してたのだろう。お詫びの尻尾爆撃を浴びせて許してもらった。

 夜七時頃になると、カレーが粗方完成して、雪子は一度ピュアホワイトに乗って帰り、その間鍋の火加減を見ていた私は、ラジオ会館の前でニッコニコしている四十人の男と、やっぱり血の涙を滂沱と流す野郎共を眺めていた。

 姿が見えなかった忍娘とシズクがやっと帰ってきた辺りで、雪子も帰って来たのだった。


 ちなみに、一部の男は比喩じゃなくマジで血涙を流してて、私はとても引いた。


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